【中編】乙女たちは夜を駆ける

 怨魔おんま浄忍じょうにん。この国において、古代より続く闇の闘争。

 書いて字の如しではあるけれど、怨魔とは人間の恨みや憎しみなどから生まれる魔とされ、浄忍はこれと戦うために特殊な忍術を修めた忍びを指す。

 その始祖は、衆生を怨魔から救うために神をその身に降ろした巫女とされ、その血筋を現代に伝えるのが私達忍者の家柄だ。



「……って話しても、信じてもらえないよねぇ」

 スポーツドリンクの蓋を閉めながら、葵は答えた。まったくもってその通りだ。

「……現実と妄想が曖昧になってるオカルトマニアか、設定こじらせた痛い子って思われるのがオチ、ってとこか」

 ……いくらイヤになって、秘密をバラして弁明しても、何も得られる物はないんだよな。


 嫌々だったとは言え、なんだかんだ特待生みたいな言い方されてたから、入学に悪い気はしてなかったんだけど、入学即、最下層への転落はひどすぎる。尊厳を感じない。

 あの狸ババア、知っててこの学校勧めたんだとしたら、許せないな。絶対仕返ししてやる。……十年後ぐらいに。


「ただでさえ、夜ほっつき歩いてる不良扱い、表向きには落ちこぼれ補講クラス、本当のことを話せば中二病のレッテルまで加わるなんて……まったく、働きに対してひどい扱いだよ」

 円形の的の中央をクナイが射貫き、「地下修練場」全体に軽快な音が響いた。もうそろそろ刺すスペースも無くなってきた。投擲の自主練はこんなもんでいいだろう。

「ジジババどもはさ、御三家だなんだと持て囃すけどさぁ、やりたいことも制限される、がんばっても褒められない、青春も満喫できない、踏んだり蹴ったりだよ……」

 葵は「そうだね」と相槌を打ちながら、私の投擲スコアを用紙に記述した。……中央以外当たってないし、カンストしてるから真面目に書く必要ないと思う。プロのダーツ選手目指そうかな。



 水切みずきりあおい。中学校の同級生で、一緒に門森に進学した友達。私的には、一番付き合いも長く、気の置けない友達になる。

 というのも、葵の実家の水切家は、私と同じ忍者の家系。その中でも特に『由緒正しい』御三家の出身であり、私の境遇に最も近い子だからだ。


 お互い実家のことでは気苦労しているので、その手の愚痴を話したり聞いたりできる葵は、同級生への秘密に負担を感じていた私にとって、得難い相談相手だった。

 とはいえ、彼女を灰色の青春の道連れにしてしまったことには心苦しさもある。葵も私と同様、実家からの圧はあったようで「気にしないで」とは言っていた。だから私は、そんな葵の存在に、いささかの申し訳なさと、感謝や心強さを感じていた。



「火走さん」

 後ろから声をかけられた。竹刀を持った、私より身長の高い強面の女性。緑がかったサラサラの長い髪を、後頭部で結って総髪ポニーテールにしている。

「げぇ……っ」

「なんですかその反応」

 厄介なやつに絡まれた。始まる。面倒くさいやつが。


「あまり、自身の産まれを悪く言うものではないですよ。我々『浄忍御三家』は、市井の民を守る使命を持って家を繋いできた、誇り高き家柄なんですから。理解や名声を求めるのではなく、護るべき市民の平穏のために心身を捧げることこそ、私たちの本懐でしょう。あなたも、浄忍御三家の末裔として、その家名と血筋に恥じぬ振る舞いを……」


 ダッッッッ……ルいな。本当に。話が長い。早口で捲し立てるな。学級委員長かお前は。もし次のHRで決めることになったら、お前に押し付けてやるからな。



 こいつは、木隠こがくれ柚葉ゆずは。御三家のひとつ、木隠家出身のお堅い女だ。

 御三家と言ってもそこまで面識が深いわけではない。けど、軽く話しただけでも馬が合わないと分かった。

 四角四面というか、旧態依然というか、時代錯誤というか、私や葵とは相容れないタイプだということはわかる。前時代的なご高説は、そのままSNSにでも投稿して炎上してて欲しい。


「アンタさぁ、他人の産まれに口出すの、現代だとハラスメントになるから本当辞めなよ。木隠って世間知らずの集まりなの?」

「呉奈ちゃん、人のお家のこと悪く言っちゃだめだよ」

 木隠が、はぁーっとため息をつきながら文句を続ける。


「……世間知らずは重々承知です。だからこそ、世情を学び、使命を全うするため、進学を選んだんです。あなただって門森学園を選んだのは、火走の末裔として浄魔の使命を全うすべきと思ったからでしょう?」


 ……たしかに、自分で選んだには選んだ。けど、それとこれとは話が違う。そっちの尺度で私の気持ちを代弁しないで欲しい。

「好き好んで来たわけじゃない、選択肢がそれしかなかった、って人もいるでしょ。どうあれ、護る相手から陰口なんて言われてたら、気持ちも萎えるって」

「あのですね……今からそんなことじゃ、今後の任務も……」

 あー、うるさい。その「やれやれ」みたいな顔も、マジで腹立つな。同じ御三家でも、こいつとは仲良くなれる気がしない。御三家としての自意識が高すぎる。勝手に同族扱いして、勝手に失望なんて、独り相撲に私を巻き込むなよな。

 ……コイツと比べると、葵は本当可愛いな。あとでドーナツおごってやろう。購買の小分けのやつ。


「は~いっ、注目!!」


 眼鏡の担任が手を叩いて生徒を呼んだ。授業にモチベーションが高いわけじゃないけど、目の前の堅物お小言女と話すよりは、幾分マシだ。話を中断させられて、さぞ悔しいだろう。ざまみろ。

「これから親睦も兼ねて、みなさんには二人一組で組手をやってもらいまーす!!そうですね……まずは火走さんと、木隠さんでペアになって……」


 大人なんて嫌いだ。


* * *


「すごいね、火走さん、倍速でスタントアクション見てるみたいだったよ!!」

「流石は御三家、ですね」

 組手を終えた私の元に、数人の女子が近づいてきた。この子たちも、同じクラスということは、忍の家系で生まれた浄忍候補生だろう。

 ……沢山の女の子に囲まれて、腕っぷしを褒められる。男子だったら憧れるシチュエーションだろうな。


「ありがと。……本当は、顔面にグーパンお見舞いしてやるつもりだったんだけど」

 ……同級生の女の子は少し怯んだ顔を見せた。ちょっと過激だったかもだけど、「王子様」になりたいわけじゃないからね。俗なところも出していこう。


「……流石に相手は木隠。一筋縄ではいかない、か」

 結構本気で動いたつもりだった。しかし、組み手を終えて竹刀の素振りを再開した木隠は、汗ひとつかいていない。組手の上での実力はほぼ互角だった。けど、持久力の面ではむしろあいつに分があるかもしれない。


「私たちも体術はそれなりに特訓してきたんだけどね、やっぱり大家たいかの身のこなしには叶わないなぁ」

 女の子の一人は言った。褒められること自体はイヤな気持ちはしない。

 けど、まあ、……なんだなぁ。


「……私達の実家なんて『脳筋御三家』って感じだと思うけどね」

「呉奈ちゃん、私の実家も巻き込んでるよ」



 火走・水切・木隠が「浄忍御三家」と呼ばれる理由はとてもわかりやすい。体術との相性が良く、火力が高いのだ。

 それゆえに、大型の強大な怨魔の討伐では、他家よりも活躍の機会に恵まれた。そんなこともあって、時の幕府からも優遇された結果、その名残で今でも御三家と呼ばれている。


 けれど、都市圏に人口の増えた現代、怨魔の討伐にこれは必ずしも有利というわけではない。ビルが林立し、監視カメラの網が張り巡らされた現代では、御三家は不要に目立つばかりで、他家の術の方がはるかにスマートに敵を討伐出来る場面も多い。

 忍具開発にも用いられる「機遁」、都市圏の動物を活用した情報収集に優れる「獣遁」、敵の無力化や目撃者の忘却措置も可能な「房遁」など、サポートの面から怨魔を殴り倒す以上の意義を持つ場面も多い。 


 とはいえ、木隠に負けたと思うのもシャクではある。次までに自主練してぶっ飛ばしてやろう。そう思い、木隠の方に視線をやった。



 ――木隠はこちらを凝視していた。滅茶苦茶凝視してた。凝視しながらめっちゃ素振りしてた。


 えっ、何……?こわ……。

 私と引き分けたのそんなに悔しかったのか?意識し過ぎで引くわ。同級生の子たちもビビってるだろ、やめろよ。


「……ライバル成立って感じ?」

 そういう、暑苦しい青春は求めてないんだよなぁ……。



* * *


 日没に合わせ、私たちは私たちは忍装束を着込み、最寄りの繁華街のビルの屋上に集合していた。テナントにはオフィスが入居しているということだけど、おそらく門森学園と提携した対怨魔関連団体と思われる。

 集合場所が屋上なのは、女子高生の集団がぞろぞろとオフィスビルにエントランスから入っていくのも、日常の風景としては不自然なためだろう。これから、下の階に移動して説明を聞くという流れらしい。

 ……門森への進学に気後れしていた理由は、やはりこれだ。私たちは夜間はこの都市のパトロールと、指導教官の同行の元で怨魔退治を求められる。実地での戦闘を通しての訓練……OJTってやつだ。

 怨魔の活動は基本的には夜間だ。そのため、黄昏時には既に忍具と装束を用意して、いつでも出撃可能な状況になっている必要がある。放課後、ろくに遊べないのだ。

「やっぱり、この学校で青春ってのは、無理あるよなぁ……」 


「呉奈ちゃん……その恰好……」

 葵が、私の格好を見て何かを言いたげだ。私の忍装束。黒い上着に、炭素繊維の網帷子。セーラー襟にプリーツスカート。敵の視認を惑わせる赤い襟巻マフラー。特注のブーツに忍籠手。動きやすさ重視で私がデザイン・発注した、私専用の忍び装束だ。

「それ、豊徳高校の改造制服じゃ……」

「……忍装束だよ」

 ……たまたま、デザインが似ただけだし。未練とかじゃないし。もう、全然。


「葵こそ、上衣に野袴って……現代でそんな、如何にも忍者な格好してる方が目立つでしょ」

「会敵時にしか見せないんだから、見た目なんてそんなものでいいんじゃないかな……。闇に乗じる恰好なんだし」

 葵本人はともかくとして、水切家はうちより古風な家というところもあり、邸宅では和服を着る事が多いらしい。「お人形さんみたい」という所感も、それに因るところはある。火走はその辺ルーズなので、私は好きな格好で過ごしていた。


「……まあ、私としてはアレが一番気になるんだけど」

 私の視線の先。黒い紳士向けスーツに黒ネクタイ、総髪ポニーテールをたなびかせる木隠の姿があった。似合ってないとは言わないが、どう見ても喪服か、マフィアのそれだ。

 もっとも、アイツだけではなく、忍び装束のスタンスは個々人でまちまちであり、ちょっとしたコスプレ大会の様相を呈している。そういう意味では、葵の格好もそのコスプレ集団の一人としては自然だ。そんな中にあって、私の学生服はむしろ身の丈にあっている格好として、普通と言って差し支えないだろう。

「いくら宝徳が自由な校風って言っても、へそ出しミニスカ網タイツの改造してる子はいないと思うけどなぁ……」



「定刻通りに集まったようですね」

 音もなく、彼女は現れた。片手にタブレットを持ち、女性向けのタイトなスーツを着用した、いかにも仕事が出来そうなキャリアウーマンって感じだ。彼女が私たちを監督する教官と思われる。多くを語るまでもなく、真面目で厳しげな人格が伝わってくる、プロの忍びとしての圧を感じる目つきだ。


「私が、あなた達の対怨魔治安維持活動を、監督教育する教官であり、門森学園社会科担当教師……」

 ……ん?教師って言ったかな今。

「特務クラス一年九組担任、守谷もりや京香きょうかです」


 ……ああ、眼鏡の担任かぁ。

 なるほどね。いつもは昼行燈だけど、いざ任務に際して眼鏡をはずすと、実はキリっとした美人とかイケメンで、有能ムーブするっていうやつだ。漫画とかでよく見るよね。

 そんなの、現実で見たことないって。というか、度の入ってない伊達メガネで目つき変わるわけないだろ。周囲もざわついてるぞ。


「私語は慎んでください。ここは昼の学び舎ではなく、人命にも係わる夜の戦場です。その心構えを忘れることの無きよう」

 先生は、大きな声を出すでもなく、諭すように口にした。しかし、その内容は高校進学での新生活に、どこか浮かれていた私たちに、戦いの緊張感を呼び起こさせた。


「……では、これより貴女たちの担当区画の説明と、怨魔出現時の流れを説明します。階下のオペレーションルームに向かいますので、着いてきてください」

 私たちは、空で輝きを増していく半月に背を向け、先生に導かれるままに、ビルの塔屋へと足を踏み入れた。



* * *



 七階のオフィスの中央。窓に接さない部屋の中央は、六階からの吹き抜けになっており、その壁面には市街の地図と、各所の監視カメラの映像が、多数のモニターに映し出されていた。

「まず、私たちの警邏けいら担当区画は、雨宮あまみや市の全域となります。その中でも、各所に設置されたセンサーで観測された、その日の怨魔発生が懸念されるポイントを中心に見回りを行って頂きます」

 市街地の地図は、サーモグラフのように不定形に色が塗り分けられており、ほぼ黒に近い地区と、その中で突出して緑、黄、橙とカラフルなグラデーションとなっている地区がある。お天気レーダーみたいだな。


「『怨魔おんま』の発生メカニズムは、通常の生物とは異なります。一箇所に集中した『怨霊おんりょう』が一定の閾値しきいちを超えた際、それらは融合し、肉体として顕現します」

 地図の左下にウィンドウが開き、映像が流れ始めた。路地裏に漂う薄暗い靄。それが一点に吸い込まれるように集まり、次第に赤黒い肉の塊が生まれ、やがて眼球や歯が形成され、異形ながらも生物的な様相を呈していく。この映像は「中型」の発生過程の録画のようだ。

 中型の危険性は野生動物程度。忍者として一定の練度があれば、後れを取ることはない。研修の段階において中型は妥当な課題設定だ。


「これまで、大型の怨魔との戦闘経験があるのは、火走ほばしりさん、水切みずきりさん、木隠こがくれさんの三名です。ですが、現時点で大型の怨魔の単独討伐は時期尚早と見ています。発見時は、必ず本部に無線連絡を入れ、指示を仰いでください。」

 ……同級生もまた、忍者のエリートの家系である。何人かはプライドを傷つけられたのか、先生の言葉に少しムッとした表情が浮かんだ。しかし、先生から睨むような視線を送られ、言葉を飲み込んだ。

 先生の見立ては正しい。大型の怨魔は、建造物すらも破壊可能なものと規定されている。私でも、単独戦闘は未経験であり、既に一人前の浄忍として認められている火走親戚との共同任務で、これを倒したに過ぎない。


「それではまず、担当の区画分けを行います。本日の修練場で見た皆さんの実力を元に、警邏の班分けを――」

 先生がタブレットに手を触れようとしたその時、突如として警報が鳴り響き、オペレーションルームの照明が赤く明滅した。


――怨魔の出現が確認されました。

――雨宮あまみや中央に等級「大型」二体

――川郷かわさと町西部に「大型」一体、「中型」六体

――各員はオペレーションを開始、稼働可能な特務戦闘員は直ちに現場に急行してください。


「……予定変更です。これより、実地にて監督官随伴で怨魔討伐任務を行って頂きます」

 一同に緊張が走った。怨魔はこちらの都合など慮ってはくれない、ということだ。


「火走、水切、木隠の三名は私と共に雨宮中央へ、それ以外の人員は仙堂せんどう監督官と川郷町へ。被害の出る前に、迅速に現場に急行します」

「了解!!」

 一同は、一糸乱れぬ所作で京香先生に片膝をつき、声を揃えて命令を受領した。


 オペレーションルームを出ると、既に私たちのいる階の窓は、一面開放されていた。まだ肌寒さの残る夜風が、頬を撫でる。私たちは、音を立てることもなく、無人の執務室を駆け出した。

 ある者は動揺を振り払うように、ある者は闘争心を振るい起こすように、ある者は使命感を燃やし、そしてある者はただ淡々と――


 それぞれが、異なる想いを瞳に宿しながらも、見据える先はただひとつ。人に仇成す怨魔を討つ。

 今、まさに、忍び装束で身を包んだ女子高生の影が、夜の街へと一斉に放たれた。



 門森学園女子高等学校、一年九組、総勢十二名。

 私達の初陣が、幕を開けた――


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