【短編版】くのいちJK! ~名門忍者の高校デビュー失敗話~

CarasOhmi(からすおおみ)

【前編】火走 呉奈

【タイトルイラスト】

https://kakuyomu.jp/users/carasohmi/news/16818792436396018692


 薄暗い路地裏が、激しい光と轟音に包まれた――。


 暗闇に映える桜色の髪と、赤い襟巻きマフラーを棚引かせながら、私は空中に跳ね上がり、大きく脚を振り上げた。

 辺りに散らばるのは「怨魔おんま」の破片。


 ブーツのかかとから爆炎と轟音を散らしながら、私は残っていた大きな一塊ひとかたまりを踏み砕いた。

 やがて、辺りに散らばった赤黒い肉片は、鉄板の上に乗った水滴のように、ほの暗い蒸気を霧散させていき、消えた。


「これが……、『浄忍じょうにん御三家ごさんけ』の実力ちから――」

 私の闘いを見分していた巫術師ふじゅつしのおねえさんは、ただただ呆然としていた。……まあ、無理もないよね。私、まだ「小学生」だし。

 忍者の家系って言っても、十一歳で怨魔おんま退治の任務に関わるなんて、ほとんど聞いたことない。分家の親戚だって、ほとんど大人の忍者だしさ。


「……ふむ、やはり問題なかったようだね」

路地の入口から、静かな足音と、聞き馴染みのある声が聞こえた。……ばあちゃんだ。

「……ばあちゃん、今日は多分出ないって……現場をるだけでいいって言ってたじゃん」

「悪かったね。どうにも私の勘はあてにならないみたいだよ」

 婆ちゃんは苦笑いを浮かべる。……一人前と見てもらえるのはいいけど、それでも孫娘が危険な魔物と戦ってるんだから、少しぐらい心配して欲しいもんだよ。


「まっ、いいや。それより、約束通り新しい服買ってよ?欲しいのもう選んでるんだから。黒とピンクのフリルのやつでね……」

「わかってるよ。子供と言えども、働きには対価を与えないとね」

 ばあちゃんは私の頭を撫でた。ご褒美がなきゃ、こんな大変なことやってられないよね。


 ――ばあちゃんは、私に優しい。けど、修行や任務に関してはすごく厳しい。

 最初の内は、何度も怪我をしたし、その度ボロ泣きした。けど、体の動かし方がわかってきてからは、あまりお小言を言われることも無くなった。

 それで、ようやくわかった。ばあちゃんだって、好き好んで孫娘をいじめたいわけじゃなかったこと。そこでようやく、私はばあちゃんが「家族」に戻ってくれたようで安心できた。


 私には、お父さんもお母さんも居ない。……なんでかは大体想像つく。怨魔との闘いの中で死んだんだと思う。物心のつく前のことだから、よく知らないし、悲しいとかってことはないんだけど。

 ばあちゃんには、歳の近い友達とかもいない。修行をしていない時は、ぼんやりと縁側に座り、考え事をしてばかりいる。時々、ボケたんじゃないかと心配になるけど、第一線で闘う現役忍者なので、まだまだ心配はなさそうだ。


 ……ただ、「メチャクチャ強い」ってことは、ばあちゃんにとって幸せなことなのかは、わからない。

 ばあちゃんは一人生き残り、私のお母さんも、一緒に戦ってきた戦友も、大切な人を沢山失ってきた。今、ばあちゃんに残った家族は私だけ。私の家族もばあちゃんだけだ。

 そう思うと、これまでばあちゃんには、沢山つらい目にも合わされたけど、それでもやっぱり、元気で長生きして欲しいと思う。


「まだまだ、夜は長い……行くよ、呉奈くれな――」

「うん!」

 私は、大きな声で返事をして、ばあちゃんの後を追った。

 これからも仲良くやって行こうね、ばあちゃん。……あと、服とアクセもいっぱい買ってね。

 

* * *


 ――これが、初めての闘いの夜の記憶。この時の気持ちは今でも変わらない。けれど、それでも大きくなるにつれて、ままならない現実とぶつかることは多い。

 そんなわけで月日は流れ、あの夜からだいたい五年後の現在。今年の春から、私はお嬢様女子高である門森かどもり学園女子高等学校に通い始めた。


 ……「ご入学おめでとう」?

 いや、全然めでたくない。今の私は、ばあちゃんに対して、だいぶんブチキレ中だ。


* * *


「ねえ、知ってる?九組ってさ……」

 廊下の向こうで話し声が聞こえる。女子生徒が数人でたむろしている。

 私と同じ門森かどもり学園女子高等学校のブレザーの学生服。襟には「1」と書かれた学年章。私と同じ年度に入学した同級生だ。


「……九組?そういえば、あそこのクラスだけなんか人数少ないよね」

「入学から今日まで特別補講ってことで、夜まで帰らず残ってるんだって」

「えぇ~っ?かわいそーっ……」


 半笑いでかわいそうと言われては、全然同情されてないのがよく伝わってくる。むしろ楽しんでるな。

「それがさぁ、実はあのクラスの生徒って『特別』らしいよ?」

 ……ん?

 まさか、とは思ったが、聞き捨てならない展開だ。

 杞憂と分かっていても、万が一にも「知っている」可能性を考えると、一応確認する必要はある。


「なんでもね……あのクラス……」

 私は、改めて彼女たちの話す一言一句を聞き漏らさないよう、聞き耳を立てた。



「入学前に問題行動を起こした不良生徒を集めた、問題児矯正クラスなんだって……」

「ええっ!?本当?」

「だから、他の一年と教室が離れてるって聞いたよ」

「他の生徒から隔離までされるなんて、いくらなんでもヤバいでしょ!!」

「それが、入学前に九組の金髪の子が、夜の街で問題起こしてたって話もあってさぁ……」

「……ちょっとぉ、やめなさいよ。イジメみたいで悪趣味よ」


 杞憂だったようだ。彼女たちは、私たちのことは、何も知らない。本当に何も知らない。

 ……だから、腹が立つんだよなぁ。誰が好き好んで、こんな扱い受けたいって言うのか。私の気持ちも知らないで。


呉奈くれなちゃん?」


 後ろから声をかけられた。青みがかったおかっぱ頭の、こけし……もとい、お人形のような少女が私の顔を見上げていた。

「そんなところで立ち止まって……移動教室遅れちゃうよ?何してるの?」

「……盗み聞き」

 私はため息をつきながら返答した。……陰口を叩いてた相手の前なんて通りたくないんだよなぁ。


「……そういう悪さに使っちゃだめだよ」

「あーハイハイ。わかってる、わかってるって、あおい。遅れちゃうから、早く行くよ」

 私は、百メートルほど先でゴシップに花を咲かせる、キラキラのJKじょしこうせいどもが、さっさと解散してくれることを願いながら、のそのそと歩みを進めていった。


 私の名前は火走ほばしり 呉奈くれな。家の意向で望まぬ進路に進み、「落ちこぼれクラス」のレッテルを負うことになった、くのいちJKじょしこうせいだ。

 


* * *



「えぇ……ばあちゃん……。わたし、宝徳ほうとく高校行きたかったんだけど……制服もあっちの方がかわいいし……」

 ばあちゃんは茶をすすりながら、私の文句に耳を傾けている。傾けてるはず。……本当に聞いてるのか?このババア。


火走ほばしり家の使命より、やりたいことがあるのかえ……?」

 ……聞いてたようだ。むしろ、しっかり答え辛い所を突いてきた。やりたいこと……ね。中学生でそんなハッキリしてるかよ。


「いや、まあね。私も一応、世間的にはお嬢様ってことになるけどさぁ。割と世俗的じゃん。門森かどもりなんて絶対合わないって……。校舎も古臭いし」

「……どうせ、顔立ちのいい殿方のケツを追いかけたいんだろう」

「男子のケツなんか興味ないっての」

 ……ケツには興味ないけど、そろそろ私もメイクや髪も気合入れて高校デビューしたいとは思ってる。あわよくば、イケメンとラブコメもしたい。


「……きょうび、恋愛も職業選択も、自由な時代だよ?行く高校ぐらい好きに選ばせてよ」

 私は正座を崩して湯飲みを持ち上げた。



 瞬間、湯飲みは縦にふたつに割れ、淹れたての緑茶は不定形に散らばりながら、私の眼前に降り注いだ。

 私は、半身を捻って熱湯の雫を回避し、湯飲みを貫通し飛来したクナイを素手でつかんで止めた。ばあちゃんの手元から延びた鎖は、私の掴んだクナイに繋がり、二人の間で水平にぴんと張っている。



「死にたいのかい?」

 ばあちゃんはドスの効いた声で問いかけた。

「……孫を脅迫するの?」

「そういうことじゃないよ」

 ばあちゃんは、鎖の持ち手をパッと離した。私は、クナイを掴んだ腕を旋回させて鎖を巻き取り、畳の上に置いた。



「今の生半可な実力のままじゃ、『怨魔おんま』に殺される……そう言ってるのさ」

 ばあちゃんは立ち上がり、縁側から庭を眺めた。私も、片膝立ちから立ち上がり、ばあちゃんの方を向いた。


「ばあちゃん……、私はまだ、『浄忍じょうにん』になるって決めたわけじゃ……」

「……他の道を選ぶなら、なおのことさ」

 ばあちゃんは、懐から麩を取り出し、握り砕いて庭の池にばらまいた。……湿気ってないのかそれ?


「望む望まないとに関わらず、アンタは火走ほばしりの家に産まれた。そして、『怨霊おんりょう』をはっきりと視認し、戦う事の出来る力も持って産まれてきた」

「その責任を、果たせってこと?」

「……実際のところはね、『責任』なんてないのさ。産まれは選べないんだからね。やめたって誰もアンタを責められはしないよ」

 ……これまた意外な返答。古風で因習の多い家だと思ってたけど、ばあちゃんの考え方、結構現代的かも。


「呉奈。アンタは人並みに正義感をもって生きてきた。私たちがそう育てたからね。世俗も知った上で、生き方を選んで欲しい、そう思ったのさね」

 荒々しく水しぶきを上げながら、池の鯉は口をぱくぱくと開閉しながら麩を奪い合っている。なんかこう、ペットとしての可愛さというか、悪趣味さを感じる光景だ。

「けどね、それは家ではなく、アンタ自身が進むべき道を選択しなくてはならない、その責任を持つということなんだよ」

 ばあちゃんは、麩を片手で器用に割りながら、私に視線を送った。

「呉奈は産まれながら非凡な才を持っている。そんなアンタが『力なき市井しせいの人』が怨魔に襲われているのを知りながら、素知らぬ顔で生きていくことはできるのか」

「………………」



 鯉は、一通り腹を満たして、また池でゆったりと泳ぎ始めた。奪い合いの喧嘩など、まるで無かったみたいに。

「呉奈が、これから世俗的な進路を望んだとしよう。その上で、親しい人が強力な怨魔に襲われた時、十分な浄忍としての鍛錬を積んでいなかった場合どうなるか」

 ばあちゃんは、手元に残した麩をつまみながら、こちらを見る。麩は逆光を透かして、うっすらと黄色がかったシルエットを見せた。

「アンタは、正義感にかられ無謀な戦いを挑むだろう。けれど、今のままでは『助ける』ことだって満足にできやしない」

 ばあちゃんは麩の欠片を口に放り込み、噛み砕いた。

「……『死ぬ』のさ」

 ばあちゃんは、ザクザクと音を立てながら麩を噛み砕き、飲み込んだ。



 ……一瞬、ばあちゃんの口元がマズそうに歪んだ。味ついてない麩なんだから、そりゃそうだよ。

 言いたいことはよく伝わってくるけど、演出に力入れ過ぎというか、側仕えの人もちょっと引いてるじゃん。


「……わかったよ。それで、特務訓練課程のある門森高校に進んで、技術を磨けってことね」

「物わかりのいい孫はかわいいね。小遣いやろか?」

 わざとらしく懐からがま口財布を取り出した。……さっきまで麩と一緒に入ってたんだろうな。

「十分もらってるから、もう要らないよ。それより、共学行って彼氏作って、青春したかったなぁ……」

「こんなヤクザの屋敷みたいな家に、彼氏を呼んで『おうちデヱト』でもするのかい?」

「……自分で言う?」

 実際ヤクザと思われて引かれたことあったから、滅多に友達呼べなかったんだよ。知ってんだろこのババア。


「……でも実際、ウチが暴力集団なのは否定できないんだよなぁ。あ~あ、産まれを嘆いて良い?」

「婆やで良ければ、存分に聞いてやるさ。けどね……」

 ばあちゃんは「門森学園女子高等学校」と書かれたパンフレットと願書を手に持って続けた。

「恋人を作るのは難しいだろうがね、面倒な産まれの不満を共有する友人ぐらいは作れるだろう。私もかつてはそれで救われたもんさ。華やかさだけが青春のすべてではないんだよ」

「ばあちゃんの青春時代ねぇ……どのあたりの地層から出てくるの?」


 飛んできた湯飲みの欠片が、私の額で割れた。

 ――老いてなお、手の早い暴力ババアだよ、まったく。

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