第2話 姫若の誕生 壱

 今年、15歳になった朔弥は強くさらに美しく育っていた。朔弥は琴や生け花などには興味を持たず剣術や体術ばかり、色恋などには全く興味がない。そんな朔弥が花嫁修業などするわけもなく、今もまさに剣術修業の真っ最中。

「鴉(からす)!どうだ?昨日、君に言われたところを意識したんだが…」

「昨日より格段に良くなっていますよ。しかし、言われたところばかり意識しているせいで他が御座なりです」

仮にも自分が勤めている屋敷の姫に対して物怖じせず話しているのは、鴉(からす)という隻眼の男。鴉は幼き頃に村を神守たちの軍勢に村を焼き払われ孤児となったところを朔弥の父である宗芳に拾われ育てられた。右目の傷はその時についたものでいつも布で隠している。朔弥は鴉の事を実の兄のように慕い、鴉もまた主従関係はあるものの朔弥の事を実の妹のように思っていた。

「鴉には適わんなぁ。私はお前に勝てる日が来るのだろうか?その右目、実は見えているのではないか?」

「何をおっしゃっているのですか?見えませんよ、潰れているんですから。ご安心ください、確実に強くなられていますよ。鴉などすぐに追い越しますとも」

 朔弥と鴉が休憩をしていると、屋敷に疾風のごとき速さで馬が入ってきた。馬に乗っていたのは、朔弥の叔父で宗芳の弟である宗久(むねひさ)だった。宗久は馬を預けると足早に屋敷の中へ急ぐ。

「叔父上だ。父上に用か?なにやら急いでおられるようだったが、なにかあったのだろうか?」

「そのようですね。なにか早急に親方さまにお伝えしたいことがあったのでしょう」

「…私、行ってくる!」

「え、あ!ちょっと!姫!行ってはなりません!」

言うな否や走り出す朔弥とそれを追う鴉。朔弥が産まれてからというもの鴉の気苦労が絶えない。

 宗久は屋敷の者たちや宗芳の妻、藤への挨拶もそこそこに急いで宗芳の部屋へと向かう。神妙な面持ちで襖を開けると、そこには書物に目を通す兄の宗芳が居た。

「どうした?宗久。そんな顔をして」

「…兄上。急ぎお伝えしたいことがあります」

「なりません!姫!大事なお話をしているのです!邪魔をしてはいけません!」

「人聞きが悪いぞ、鴉。私は邪魔などしない。ただ少し近くで聞くだけだ!」

「なんと!盗み聞きとは、なおのこといけません!」

 朔弥と鴉が言い争いをしているうちに宗芳の部屋に着き、中から二人の話し声が聞こえた。

「兄上、こちらをご覧ください。先日我が屋敷に届いた書状でございます。これを読むかぎり近く戦が起きるやもしれません。この村も戦に巻き込まれるかもしれませんぞ」

「…どれ、拝見」

書状に目を通す宗芳。

「なるほど。…どうすれば良いか考えねばならんな。儂はお抱えの兵はおらんからな…まずは兵を集めねばならん…宗久、お前にも手伝っ…」

 「父上!何も悩むことなどありません!その役目、この朔弥が努めましょう!」

 勢いよく襖が開いたかと思うと、自分の娘が目を輝かせながら突拍子のないことを言う。宗芳は言葉が出てこなかった。

「申し訳ありません!親方様!…姫!行きますよ!」

その場で朔弥の代わりに謝る鴉、言葉が出ない宗芳、笑いをこらえる宗久を横目に朔弥は構わず言葉を続ける。

「父上、叔父上。私が国一番の仲間を見つけてみせます!口で説得できねば、この腕っぷしで説得し必ずや強者たちを連れてきましょう!」

 自分の娘に言葉で押され何も言えず、何とも言えない表情をしている兄を見た宗久は堪えきれず笑いだしてしまった。朔弥の方に体を向け問う。

「くっ、あははは!流石だな朔弥。お前は幼き頃より変わらんなぁ。…本当に共に命を賭して戦ってくれる仲間を探し出せるか?」

「叔父上、私が戯言を言っていると御思いですか?」

にやりと得意げに笑う朔弥を見て宗久はくすりと笑うと宗芳に向き直り、諭すように話し出した。

「兄上、朔弥がこうなっては我らの言葉など聞きませんぞ?思い切って朔弥に任せてみてはいかがですか?もちろん、私も手を貸しましょう。どうです?」

「し、しかし!朔弥は女子(おなご)だ!そんな危ないことをさせるわけにも、もちろん戦にも連れてはいけない。もし、朔弥になにかあったらと思うと…」

 宗久の言っていることも理解はすれど、一人娘をわざわざ危険な目に合わせることを容易に承諾できるものではない。考えあぐねていると「では!」と鴉が手を挙げた。

「では、私が姫と行動を共にします。姫を命を懸けて守り抜くと誓います」

 鴉が真っすぐな目で宗芳を見ると、宗久も「これでも心配ですかな?」と再び宗芳を諭すと“参った”というようにため息を一つもらし、了承の意として静かに頷いた。

「よし!思い立ったが吉日!さっそく町へ出て強者を見つけに行くぞ!」

 そう言うと軒先に勢いよく降り空に向かい両手を突き上げた。

「あれでは、姫ではありませんね。どちらかと言うと“若”とお呼びした方が良いのでしょうか?…」

「うむ、確かに姫という感じではないな…ならば“姫若”とでも呼ぶか?」

 少し楽しそうに笑う宗久をみて鴉も宗芳も再びため息がもれるのであった。

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姫若、天下統一物語 孝彩 @ko_zai

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