第二十一話 天職(お題:海水浴)

 海は嫌いだ。色々と見えてしまうから。どこでも死者がいるけれど、海は特に多い。生者と死者が混じる場所だ。死者なんぞ見たくないから、極力水特に海には近づかないようにしている。

 そんな俺が、海水浴場でライフセーバーのバイトをしてるのは、我ながら不思議なもんだ。

 俺は、目の前に広がる穏やかな光景を、目をすがめて眺める。

 笑顔の家族連れ、大はしゃぎしている大学生くらいのグループ、ずっとお互いの顔ばかり見ているカップル。

 至って平和な光景だ。しかし実は、潮の流れが複雑で溺れやすい。本当は海水浴場にすべき場所じゃない。

「兄ちゃん! あっちに流されてる人がいる!」

 突然、必死の形相のジジイが俺の前に現れた。彼が指差す方向を見る。

「あの浮き輪だ、見えるだろ!」

 見える。海面に、ぷかぷかと浮かぶ、誰もつかまっていない浮き輪がある。

 俺は無線機で他のスタッフに連絡した後、海に飛び込んだ。

「兄ちゃん、あっちあっち!」

 海面で泳ぐガキやおっさん、おばさんが、同じ方角を指差す。サーフボードを使ってその方角へ行くと、確かに溺れている子どもがいた。パニックを起こし、両手をばたつかせている。俺は訓練通りに動き、子どもをサーフボードに乗せて、陸へ戻った。子どもの意識はある。親に引き渡し、念の為病院へ行くよう説得した。

 事が済むと、監視の定位置まで戻る。

「よお兄ちゃん。大活躍だったな! すごいぞ!」

 浮き輪の位置を教えたジジイが俺の周りで騒ぐ。俺はジジイを無視し、仕事に集中する。

 その後、二件の事故が発生した。だが手遅れになる前にジジイ達が知らせにきたので、救助できた。

 夕方。海水浴場を閉めるアナウンスが流れ、徐々に客が減っていく。俺も帰る準備をする。

「よお、兄ちゃん! 今日もお疲れ様! 毎日ありがとうな!」

 ジジイが言った。ジジイの背後には、今日一日、異常や要救助者のいる方角を知らせたガキや大人が勢ぞろいしている。

「じゃ、またな!」

 ジジイ達はすーっと消えていった。

 俺は誰もいない海岸に背を向ける。

 このバイトが俺ほど向いている奴もそんなにいないと思う。

 それでも、海は嫌いだ。色々と見えてしまうから。

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