青い炎
斬撃がベンチをバラバラにし、地面を抉り、周囲に砂煙が舞った。
「っそ、マジかよ……」
甘かった。
人目があれば襲ってこないとか、ここまでくれば大丈夫とか。
考えが甘すぎた。
「……おい、大丈夫か玉藻」
「何とか無事じゃ、それよりお前……その傷……」
俺達はお互いに地面に転がりながら安否確認をする。
玉藻はどうやら大丈夫そうだったが、
「……ああ、やっちまった」
俺は斬撃の一つが腹を掠めてしまった。
感覚が麻痺してしまってるのだろうか、血がドクドクと溢れて、痛いというより熱い。
掠めただけでこれなら、直撃していたならばどうなっていたかは想像に難くない。
「な、なぜわっちを庇ったりなんかしたんじゃっ」
「……別に庇ったとか、そんなんじゃ、ねぇよ」
そう、庇ったわけではない。
斬撃が迫る直前、咄嗟に体が動いて玉藻を思いきり手で押し飛ばしただけだ。
二人とも斬撃によって切り裂かれるのなら、せめてこいつだけでもと、そう思っただけ。
「……よくわからないけどよ……何かこう、お前を助けなきゃって体が反射的に……動いたんだ……おかしいよな、今日会ったばかりなのに、玉藻、お前に泣いていてほしくなくて、お前を放っておけなくて……そんな感情が俺の中に……」
どうしてだか、こいつに死んでほしくない。
こいつを死なせてはならない。
そう、俺の中で何かが強く必死に訴えかけてくるのだ。
それが、俺の体を無意識に動かしたのかもしれない。
思えば今日の俺は変だった。
帰り道におかしな気配を感じてから、ずっと。
こいつと関わってしまった結果、これから命を落とすかもしれないというのに、自分のことよりも玉藻が無事でよかったと思ってしまってる辺り、本当に俺はおかしくなってしまったのかもしれない。
「仕留め損なったか」
砂煙が収まり視界が晴れると、大男が俺達を見下ろすように立っていた。
その顔つきはとても冷たく、およそ感情というものが読み取れない。
「……逃……げろ、玉藻、お前、だけでも」
何となくわかってしまう。
自分はもう、助からないと。
腹の傷は決して浅くはなく、血は今も止まらずにドクドクと脈に合わせるようにして流れ出ている。
せめて玉藻だけでも助かってほしいと、俺はそばで固まったように動かないでいる幼女に逃げるように促す。
「会ったばかりの者に何故そこまでするのかはわからんが、安心しろ。ちゃんとこいつも殺してやる」
「早、く逃げ、ろ」
俺は最後の力を振り絞って、大男の足首を掴んだ。
どうせ死ぬんだ、死んでも離すものか。
「哀れな」
大男は俺のことなどまったく気にもとめず、剣を振り上げ、
「や、めろ、ォォッ!」
死にかけの俺の制止など無視して、剣を無慈悲に振り下ろした。
「――――《青ノ狐炎》」
「……なに、っ!?」
初めて大男の声に感情が宿ったような気がした。
それは驚愕。
しかし、同様に俺も驚きを隠せないでいた。
何故なら大男の振り下ろした剣は、青い炎によって受け止められていたからだ。
「くっ……」
しかもそれだけに留まらず、青い炎は剣を伝って大男の腕に絡みつくように燃え移った。
大男は堪らず後方へと退いた。
「玉、藻?」
這いつくばりながら、何とか目線だけを玉藻へと向ける。
「至明、わっちはお前を死なせはしない」
玉藻の後ろ姿が見える。
二本の尻尾を揺らし、その尾の先には青い炎が浮いていた。
「《癒シノ狐炎》」
玉藻が何か呟いたかと思えば、尻尾の先で浮遊していた炎の塊がフワッと、俺へと燃え移った。
厳密に言えば、俺の腹の傷へと。
「なんだこれ……」
青い炎は確かに俺の腹で燃え盛っている。
なのに、全然熱さを感じない。
それどころか心地良さすら覚える。
死ぬ直前になると脳が防衛本能で感覚を狂わせる、なんて話を聞いたことがある。
よく聞くのが寒いはずの雪山で裸になって死んでいたりとかが有名だろうか。
これがその感覚なのかと、やけに冷静になっている自分がいた。
「癒しの炎を灯した。傷はすぐに塞がるはずじゃ」
俺には玉藻が何を言っているのかよく理解できなかったが、腹の傷を手で確認してみると既に血は止まっていて、痛みも感じなくなっていた。
「お前はいったい何を」
「詳しい話は後じゃ。わっちはあいつをどうにかするから、それまでは回復に努めるがいい」
「は? どうにかするって、どうやって――」
「――《
話してる最中、大男から斬撃が放たれた。
しかし、それはまたも青い炎に阻まれ勢いを殺される。
だが大男は止まらない。
なりふり構わずに何度も斬撃を飛ばす。
「至明、わっちは嬉しかったんじゃ」
「こんな時に、何言ってんだよ」
本当に何を言っているのか。
玉藻はこちらを見ずに、斬撃を青い炎で防ぎながらも言葉を続けた。
「目覚めた時、世界が様変わりしていて、仲間の気配も感じられず、お前に千年以上の時が過ぎたと知らされて、どうしていいかわからなかった。じゃが――――――お前はいてくれた」
「《
大男が地面を蹴って飛び上がり、中空から剣を高速で振った。
空からいくつもの斬撃が俺達目掛けて降り注いだ。
青い炎はボワッと火力を上げ、俺達を覆い隠せるほどに広がった。
「お、おい、大丈夫なのか?」
「お前は千年以上の時が経とうとも、姿形は違えども、わっちの前に現れてくれたのじゃ、それだけでわっちは」
玉藻は斬撃を防ぎながらも、振り返り俺の方を見た。
また、涙を流していた。
でも顔は少し笑っていて、安堵してるようにも見えた。
何が何だか、本当にわからない。
「――面妖な力だ。ここで確実に消しておかねばなるまい」
中空から放たれた斬撃は周囲の地面を深く抉り、攻撃を防いでいた俺達の場所と比べるとかなりの段差が出来ていた。
その段差の先には砂煙に紛れて大男が立っていて、剣を上段に構える。
「これで、終わりだ――――《
大男の二の腕がはち切れんばかりに膨張したかと思えば、その内に秘めた力を解き放つかのようにして剣を十字に荒々しく振り切った。
今までの斬撃が小技に見えるほどの、圧倒的で明確な殺意を宿した十字の斬撃が飛んでくる。
「お、おい、大丈夫なのか?」
斬撃と青い炎がぶつかり、せめぎ合う。
先ほどの斬撃はすぐに消えたが、今回のはこちらの炎を斬り裂くかのような勢いを保っている。
「ふ、愚問じゃ」
炎の勢いが少しずつ増して、十字の斬撃を押し返す。
玉藻は笑っていた。
「わっちは、お前とならこんな奴に負けはしないっ! ――《極狐炎》!」
瞬間、玉藻の叫びに呼応するかのように炎の勢いが爆発的に膨れ上がり、斬撃もろとも大男を呑み込んだ。
「――――ぐ、ぐおぉぉっっ……」
視界が炎で埋め尽くされる程の火力。
吹き飛んだのか、あるいは燃え尽きたのか、大男は断末魔を残してその場から消え去った。
「……やったのか?」
何とかして立ち上がり辺りの様子を見る。
気づけばもう腹の傷は完璧に塞がっていた。
大男の気配も感じられない。
今までダンジョンで何度も危険な目に遭ってきたが、今日はそれらの比じゃないくらいにヤバい一日だった。
何でまだ生きているのかわからない程に。
「なぁ、玉藻、そういえばお前さっき何か変なこと言ってなかったか?」
さっきはそれどころじゃなかったが、割と気になるようなことを言っていたような気がする。
というより、そもそもこいつはいったい何者なんだろうか。
今日会ったばかりだから当然といえば当然なんだが、あまりに謎が多すぎる。
「聞いてるのか?」
返事がないので、軽く玉藻の肩を揺すると、
「――――おい、大丈夫かよっ」
力なく俺の方に倒れてきた。
何度も声をかけたが、返事はなかった。
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