第3話 星辰と落日
またしてものんびりとした週末。最高だ。
今日も仕事がないなら──
「戦え!爽やか!」
敵と目標地点で激しい戦いを繰り広げていた時、妹の部屋のドアが突然開いた。
「ねえ!キーボードの音うるさいわよ!」
「わかったわかった、この試合終わったらやめるから、ごめんごめん!」
確かに、こんな騒音は彼女の勉強の邪魔になるだろう。
もっと穏やかなゲームに切り替えよう。
「マイクラ!起動!」
数分後、自分だけの簡易住宅を作っていると、再びドアが開いた。
「まだうるさいわ!マウスの音が我慢できない!」
「はいはい!マウス触らないから」
仕方なく、私はヘッドホンを付YouTubeを閲覧し始めた。外に音を漏らすほど無神経じゃないぞ!
しかし今度は彼女が先にドアを開けた。
「オマエ、マジ?今度は何?」
私から先制攻撃を仕掛けると、彼女は言葉に詰まった。
彼女は口を開いたが、言いたいことと言わないことの間で葛藤しているようだった。結局、何も言えずに──
「ああああ!落ち着かないの!」
「???」
「じゃあ、俺が出ていく?」
「ダメ!」
「じゃあ、どうしろって言うんだ?」
「えっと……とにかく、私が部屋にいる時、あなたが外でゲームしてると思うと、体じゅうがむずむずするの」
「は?どうしろって?」
「仕事に行きなさいよ!」
「???オマエ、マジ?朝っぱらからどこに仕事に行けって?まともな人間が朝からバーで酒なんか飲むか?」
「ああもう!とにかくまともなことしてよ!」
彼女はソファに倒れ込み、クッションをバンバン叩きながら甘え始めた。
「じゃあ、椅子を持ってきてあなたの横で勉強見てる?」
「いや」
「じゃあ、どうしろって?」
「あなた……えっと……小説を書きなさい!」
こうして、私はこの週末で最も静かな一時間を過ごすことになった。騒音も喧噪もない。この一時間、私は宇宙のビッグバンから思いを巡らせ、思考は新たな高みへと昇華していった。
あの雲の上には、神もいなければ、上帝もいない。それはちょうど一時間前に開いた真っ白なWordの文書のように、何もなかった。
私がまさに悟りを開こうとした時、俗世の騒音が再び私の心を乱した。私はすぐに呼吸を整え、この慣れ親しんだ機械音に心を奪われまいと集中した。
「ねえ?お兄ちゃん?お兄ちゃん!」
「ああ、何だ?」
目を開けると、今までの出来事は全て夢だったようだ。
だが、あの真っ白なWordの文書だけは現実だった。
「一時間も経ったの?一字も書いてないの?」
「ああ……実は書いたんだけど、気に入らなくて消したんだ。今から書き直すところ」
「じゃあなぜ『元に戻す』ボタンがグレーアウトしてるの?」
「……書いてない」
「何よこれ!私、一時間も頑張って勉強してたのに!あなたは外で……寝てたのね!」
「頼むよ、受験生なのは俺じゃないんだ。それに、さっきも言っただろう?書きたいんだけど、今はどうしても書けないんだ」
「ああ~!そういえば、あなたはまだあの話をしてくれなかったわね!」
「……今はやめておこう。あなたは勉強しないと」
「何がダメなの?早く早く、ちょうど休憩中だし!」
鎖が軽く軋む。
「……」
「早く言ってよ~お兄ちゃん~」
彼女は私の手を掴み、女の子らしく甘えた。
鎖がぶつかり合い、鋭い音を立てる。
「部屋に戻って勉強しろ。俺は外出するから邪魔しない」
「え?でも……」
「『でも』はない」
私の険しい表情を見て、これ以上は無理だと悟ったようだ。
「わかった……」
彼女が部屋に消えるのを見届け、私もドアを出た。
さて、どこに行こうか?
適当に散歩しよう。
街を歩いていると、春の日差しが照りつけているのに、この街は少しも温かく感じられない。
実は散歩は好きなんだ。歩いている時だけは、自分の呼吸や鼓動に集中できる。考えるのに最適な時間だ。
だが、こんな大都会の高層ビルやコンクリートジャングルの中を歩いていると、何とも言えない圧迫感がある。自由に歩いているつもりでも、結局は人混みに流されてしまう。
「俺はどこに向かっているんだ?」
集団意識の虜になりたくないなら、この問いを考えなければならない。
「おや、今日はどうした?憂鬱な王子様?」
「宋存?どうしてここに?」
「買い物に来ただけよ。あなたは?」
「えっと……散歩」
数分後、私はこのバーテンダーと奶茶店で向かい合った。
「ねえ、奶茶店の店員って、一種のバーテンダーじゃない?」
「?」
私は相変わらず彼女の発想についていけない。
「まあ、冗談はさておき、王子様、何を悩んでるの?」
「何だその呼び方は?」
「細かいことは気にしないで。本題に入りましょ」
「わかったよ。覚えてるだろう?前に小説を書いてた話」
「ええ、その後どうしても書けなくなったって言ってたわね」
「そう、それだ」
「うーん、どうしてまた急にその話を?前は週末ゲームしてるだけで楽しそうだったじゃない」
「……(沈黙)」
「ほら、やっぱり負け続きでへこんでたんでしょ」
「…………」
「でも、本題に戻ると、何年経ってもあなたはなぜ書けなくなったのか教えてくれなかったわね」
鎖はまだ軋んでいる。
「何年経ってもわからないのか?」
鎖がカチカチと音を立てる。
「言いたくないならいいわ。でも、こういうことは自分で解決するしかないのよ」
わかっている。あまりにも脆いからこそ、あの時の打撃から立ち直れなかったんだ。
だから鎖で縛った。
「ねえ、私は帰るわ。あなたも早く帰った方がいい」
「ああ、わかった」
「でも、やっぱり一度話してみたら?一人で抱え込んでいても、何も変わらないわ」
そうだ。一人で抱え込んでいても、何も変わらない。
家に帰る途中、ふと思った。今日は彼女に少し厳しすぎたかな?
ついでにケーキを買っていこう。怒ってないといいけど。
家の前で、私は深く息を吸った。宋存の言う通りだ。一人で抱え込んでいても何も変わらない。だから、ちゃんと話そう。
他の人には理解できないかもしれない。でも、彼女は私の書いたものを全部読んでるって言ってた。もしかしたらわかってくれるかもしれない。
ドアを開けると、私は見た──
強光の彼方に隠れた星々
眼前に沈みゆく落日
地平線に消えた夜明け
そして夕焼けを眺める彼女の姿
その時、私は気づいた。
この夕日に染められた全ては、あの時の私がずっと追い求めていたものだった。
「ただいま!」
「あ、お兄ちゃん!見て!私、林宛晨みたい?」
「は?全然似てない。林宛晨の方が背が高いぞ」
「え?つまり林宛晨は実在するの?」
「そうは言ってない」
「きっとそうだ!じゃあ『星辰と落日』は実話なの?」
「誰がそう言った?」
「絶対そうだわ!」
「ケーキ買ってきた。食べないなら一人で食べる」
「待って待って!」
鎖はまだ揺れていたが、夕焼けに染まる彼女を見た瞬間、全てが繋がった。
この鎖はあの日からずっとここにあった。ただ怖くて触れなかっただけだ。あれからどれだけ時間が経っても、鎖の向こうにまだ苦しみがあるかどうか確かめようともせず、ただ鎖の音を聞いただけで逃げ出していた。
どんなに深い傷でも、酸素が必要だ。
「実は、高校の時、好きな子がいた」
「ん?」
彼女はムースを頬張り、りすのように頬を膨らませている。
「三年間、話したいことがある度に一章書いて、それを口実に会話してた」
「え~?お兄ちゃんってそんなタイプだったの?」
「クラスの隅っこにいたからな」
「で、結局どうなったの?」
「はは、ただの少年の失敗だ」
「それだけで書けなくなったの?」
「今思えば単純な話だが、当時は結構ダメージだった」
「……私が手伝う!」
「え、どうやって?」
「女の子のセリフや行動は私が考えてあげる!」
「だめだめだめ!絶対無理!」
「あんた何考えてんの!顔真っ赤よ!」
「お前がそう言うからだ!」
混乱の末、ようやく落ち着き、彼女の考えを理解した。誰があんな言い方教えたんだ?そう言われたら誤解するのが普通だろ!私のせいじゃないぞ!
だが、彼女の提案は確かに的を射ていた。
時々インスピレーションが湧く時、女の子のシーン以外はまだ書ける。しかし、女の子のセリフや心理描写になると、どうしても時間をかけて考え込んでしまう。これでいいのか?正しいのか?結局納得できず、また諦めてしまう。
そこで、私たちは私の廃棄した原稿から練習用の作品を選び始めた。
「これこれ!『海と酒』!この続きが読みたかったの!難破の後、どうなったの?」
これはある船乗りとバーテンダー少女の恋物語で、当時あるプラットフォームで人気を博し、フォロワーからSNSにまで催促が来たことがある。
だが、これは二次創作だ。そして私はとっくに二次創作はやめると決めていた。
「二次創作は書きたくない。他を見よう」
「じゃあこれ!『時だけが静かに流れる』!私もこれ大好き!花見鈴音、たまらないわ」
これは学園ものをテーマにしたライトノベルで、私の夢を元にしている。私も気に入っていたが……高校時代、この小説のヒロインが登場する前に筆が止まってしまった。どうやら彼女は私が書いたプロットをゴミの山から見つけたらしい。
「原稿はここにない……書けないな」
「じゃあこれ!」
彼女の指先が示したのは、様々なファイルの奥に埋もれた、私の失われた青春だった。
『夏と秋野』か?
これは学園ライトノベルで、宮羽清夏と中二病の幼なじみ・橘田秋野の物語だ。
「秋野は引きこもり中二病だけど、理解できる?」
「ふん、大丈夫よ。私の共感能力はプロ級だわ!」
その後、私たちは一緒に秋野のセリフや行動を考え始めた。時々意見が衝突することもあったが、以前より確実に速く書けるようになった。ようやく、あの時いくら考えても完成できなかった会話を埋められる。秋野のキャラクターも妹の助けで、私が最初に思い描いた姿に近づいていく。
"だから、私は自分を許せない"
キーボードの音が最後のセリフを刻む。
「やったね!!!できた!!!!」
「いや、『私たち』ができたんだ」
彼女はソファで跳ね上がった。
「おい、子供じゃないんだから」
「でも秋野ならこうするでしょ?」
「じゃあ清夏はどうする?」
「きっと呆れ顔で『降りろ、子供じゃないんだから』って言うわ」
「それで?」
「秋野は手を差し伸べて、一緒に来いと誘うの」
彼女は手を差し伸べた。
「そして清夏はため息をついて、秋野に加わる」
私はため息をついた。
そして彼女の手を取った。
思うに、彼女はこれらの物語を理解したのではなく──
私を理解したのだ。
私が求めていた世界がどんなものか。
私が作りたかった物語がどんなものか。
だが、一つだけ彼女が予想していなかったことがある。
私は突然彼女を抱きしめた。
「ありがとう」
「ふふ~どういたしまして」
どうやら、これも彼女の計算通りだったらしい。
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