第7話 VS デスモンキー
森中を私とデスモンキーの軍勢が飛び回る。
木から木へ飛び移り、繰り返し移動することでデスモンキーの追跡から逃れようとするが、付かず離れずの距離を変えられずにいた。
森中を駆け回る最中、腐敗臭を感じ、顔を顰める。
視線を向けると、魔物の死骸がところかしこに倒れている。
森の生態系が変わり、中域にいる魔物が移動してきたことで浅い地域一帯が過密となり魔物同士の争いが勃発している様だ。
またその一端をデスモンキーが担っていることも理解出来る。
なぜなら、デスモンキーが投げつけるもの、それが石ではなく、魔物の残骸である事もあるからである。
おかげで私自信魔物の残骸が体に触れる度に痛みと臭みを感じ、不快に感じていた。
私は現在、逃げの一手に入っていた。
デスモンキーを撒いて体力の回復に努めたいが出来そうに無い。
その上、デスモンキーの投石により逃げながらも確実に傷を負わされていた。
私が逃げの一手を選んだ理由。
それは彼らの標的が完全に私一人に縛られていると確信しているからである。
街には行かせまいと戦い始めた当初、ギリギリの距離感で牽制をしていたがどうにも奴らは私しか見ていない様に感じていた。
だからこそ、一芝居打ってみた。
それが逃走である。
そしたら、案の定、全てのデスモンキーが追いかけてくる。
私はそれを利用して、デスモンキーを中域まで誘き寄せる事に成功したのだ。
そこからは逃げの一手だ。
ひたすら『身体強化』で撒こうと必死に木を飛び移ったり、走り回ったりしているが、残念ながら一向に巻くことができず今に至る。
私は進むべき先と、デスモンキーが追いかけてくる背後の両方に意識を向けながら、逃亡を繰り返していた。
「いっ!!」
朝に痛みを感じ、小さく悲鳴を上げる。
ふくらはぎのあたりに鋭利な何かが通り過ぎ血を流す。
着地して、すぐに踏み出そうとするその足を狙う姑息さ、やはりデスモンキーは恐ろしく狡猾な魔物だ。
じんわり熱くなる足の痛みを我慢し、再び飛び上がる。
デスモンキーはキシシシと不適な笑みを浮かべて、足を投げる。
統率力のあるデスモンキーの軍勢での投石。
たかが投石だというのに、デスモンキーが行った場合、音速かと思うほどの速度と、身体だけでなく頑丈な岩壁を貫くほどの貫通力を持った攻撃に変わる。
そんな攻撃を無尽に放ってくる。
お陰で今の私は満身創痍とまでは行かなくても意識を失うほどの傷は負っていた。
「はぁはぁ」
長い長い逃亡を経て、次第に体力も底をつきかける。
『自己再生』に切り替えたいがデスモンキーから逃げる為には『身体強化』を切るわけにはいかない。
石に貫かれた肩からは血が流れ、真っ赤な服をさらに真っ赤に滲ませている。
服からは血が滴り落ちる、地面に血の痕跡を作ってしまっていた。
まさに、絶望の袋小路といったところだ。
ただ救いなのは奴らの特性により致命傷を受けていないという事であった。
傷と疲れにより『身体強化』の維持が難しくなり、気付けば移動速度が落ちていたのか再び包囲されていた。
見渡す限りデスモンキーの嘲笑が見える。
これから起こす事を考え、喜びに満ち溢れているのだろう。
「ゲスが・・・・・・」
悪態を吐くが届くはずもなく、むしろ余計にデスモンキーの卑劣な顔をさらに歪ませる結果となっていた。
尚もキシシシと不適な笑みを浮かべるデスモンキー。
私もそんな姿を見て覚悟を決める。
鎌を構えて、出方を伺う。
静寂が続くことはなく、即座にデスモンキーの軍勢が動き出す。
「くっ!」
私は『身体強化』を再び発動し直し、こちらからも駆け出す。
まずは目の前の一匹。
駆け出し、相手の動きに合わせて、鎌を横薙ぎに振るう。
確実に当たったと思っていたが驚くべき瞬発力でデスモンキーがしゃがみ込み、鎌の一撃を躱す。
「ぐはっ!!」
驚愕したと同時に鳩尾に衝撃を受ける。
血反吐を吐き、動きが止まる。
よく見ると、デスモンキーが肘を突き出した状態でこちらを睨みつけていた。
肘打ち・・・・・・。
正直、驚愕していた。
私の調べではデスモンキーは速度に優れた魔物でそこまでの筋力は無いとあった。
しかし、今の一撃。
急所とはいえ、あまりに重い一撃だった。
危険区域で育ったことが影響しているのか分からないが、認識を改める必要があった。
デスモンキーはゆっくりと離れて、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
先程の一撃を加えた時とは雲泥の舐め腐った表情だ。
頭に血が昇っていくのが分かる。
私は怒りのままに、鎌を振るった。
今度は鎌を振り下ろす。
デスモンキーは僅かに半身をずらすだけで躱す。
私とデスモンキーの顔が至近距離となり睨み合う。
デスモンキーは尚一層不適な笑みを見せ、私の怒りを買う。
「舐めやがって!!」
私は鎌を怒りのままに横薙ぎに振り切る。
風を引き裂く勢いで放たれた鎌は真っ直ぐに首を落とさんとデスモンキーを狙う。
しかし、その一撃は再び躱される。
デスモンキーは上空に飛び笑みを浮かべる。
そのまま回し蹴りを放ち、私の顔面を蹴り飛ばした。
「ぷっ!」
頬を蹴り飛ばされ、体が宙に飛ばされる。
宙で体勢を整えすぐさまデスモンキーに視線を移すが、気づいた時には別のデスモンキーの数匹が目と鼻の先まで近づいてきており、同時に立てた指で突きを放つ。
「くっ!」
同時に放たれた突きを交わし切ることはできず何体かの突きが体を抉る。
痛みに見舞いをあげそうになるが懸命に抑え、鎌を振るう。
デスモンキーは反撃で出た私に驚愕の表情を向けていたが、鎌による一撃を躱すことが出来ず首が飛ぶ。
首がゆっくりと体を離れ、ぬめった地面に落ちる。
血が吹き出し胴体が倒れる。
血溜まりが出来るが、日の当たらない森とすぐに同化していく。
私は膝をつき、抉られた脇腹に手を当てる。
やばい、意識が・・・・・・。
流石に血の流しすぎで意識が朦朧としてきている。
ふらつく体を気力で起き上がらせる。
『自己再生』発動。
僅かな時間だけでも・・・・・・。
時間を稼ぐ為に、相手を刺激しない様ゆっくり立ち上がる。
まるで満身創痍を演じる様に。
まぁ、満身創痍なんだけど・・・・・・。
「はぁはぁ」
ゆっくりと立ち上がり、デスモンキーに目を向ける。
次にどう動くのかを見失わない様に視線だけは外さない。
デスモンキーは尚もヘラヘラと薄ら笑いを浮かべていた。
仲間を斬られたのに、意に返してもいない・・・・・・。
仲間意識の低さに表情を歪める。
デスモンキーはゆっくりと私との距離を詰めてくる。
キシシシと嘲笑いながら。
私は鎌を構え、スキルを切り替える。
『身体強化』発動。
僅かだが治癒は出来た。
傷はだいぶ薄まり、血も止まった。
最も傷が浅かった脇腹も傷自体がなくなることはなかったが、最低限傷が塞がり止血はできた。
これでこれ以上の出血は避けられる。
私は鎌を構えるが、途端にふらつく。
貧血による立ちくらみ。
この戦場でこの隙は命取りとなる。
デスモンキーほどの魔物ならこの隙を見逃したりはしない。
デスモンキーは一斉に飛びかかる。
各々が飛びかかり、突きを放つなり、回し蹴りを繰り出すなら、または飛びかからずに石や魔物の残骸を投げつけるなりと統率なく繰り出してくる。
私は多少の傷は覚悟して、相手に突っ込んでいく。
どうせ致命傷は避けてくる。
それが分かっているため無理に躱そうとせずそのまま真っ直ぐと直線的に移動し接近する。
石や残骸が先に襲いかかる。
やはり思った通り、致命傷を避けている。
証拠に躱さなくても擦り傷程度で済んでいる。
石、残骸の嵐を抜け、接近してくるデスモンキーの軍勢に向かっていく。
鎌を両手で持ち、後ろに刃を向ける。
いつでも振り上げられる様に構える。
デスモンキーと接触する瞬間、鎌を振り上げる。
!!
振り上げた鎌からは皮膚を切った感覚がない。
しかし、不思議な感覚を覚えた。
鎌先に目を向けると、デスモンキーが鎌先に噛み付いて一撃を防いでいた。
鎌を口に咥えたまま、私を嘲笑う様に笑い声を上げる。
私は表情を歪ませ、力一杯、振り上げた鎌を思い切り振り下ろす。
思い切り地面に叩きつけられたデスモンキーは叩きつけられた衝撃で口を開けてしまい、口内に鎌が入り込む。
口内に突き刺さったデスモンキーは悲鳴を上げるが、そのまま素手で鎌を掴んでくる。
背後から突きを放ってきたデスモンキーに対処しようとするが、鎌を掴まれているため、僅かに対処に遅れてしまった。
半身をなんとか動かし回避するが、僅かに間に合わず頬にまっすぐ傷が出来る。
即座に反撃に出た私は、回し蹴りをしてデスモンキーの背中を蹴り飛ばした、そのままの勢いで鎌を横薙ぎに振り抜く。
それにより、蹴り飛ばしたデスモンキーと鎌を掴んでいたデスモンキーは遠くに飛ばされ、鎌の自由を手に入れる。
尚も群がってくるデスモンキー。
果敢に鎌を降り回すが、数が多すぎて対処しきれていない。
全方位から絶え間ない攻撃に晒されている私は徐々に動きが鈍っていった。
死角から突如現れたデスモンキーが心臓目掛けて突きを放つ。
それを間一髪躱し、首を落とすが、鎌を持っていない左腕をデスモンキーに掴まれる。
バキッ
「うっ!」
骨が折れる音が鮮明に聴こえる。
腕はあらぬ方向へ曲がり、動かすだけで激痛が走る。
痛みで僅かに視線をずらしただけであった。
その瞬間、私の身体は宙に浮き、次の瞬間には木に叩きつけられる。
「がはっ」
あまりの衝撃で血反吐を吐き、地面に倒れる。
身体が・・・・・・。
身体が動かない。
遂に限界を迎えたのか、動かそうとしても身体が言うことを聞いてくれない。
私は、首だけをなんとか動かし、デスモンキーに目を向ける。
未だ数えきれないほどのデスモンキーを前に表情を歪ませる。
これから、羞恥の限りを受けるのだろうか?
終わらない辱めを受けるのだろうか?
デスモンキーはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。
やがて、視界がデスモンキーで埋まり完全に包囲されてしまった。
ま、まだ・・・・・・私は・・・・・・。
絶望的な状態であることもあり、生き残りたいという気持ちが溢れかえる。
動かない体に鞭を打ち、体を震わせる。
ゆっくりと震える腕を動かして、立ちあがろうとする。
折れた左腕に力を入れるたびに、激痛が走るがそれでも懸命に体を起き上がらせる。
汗を流しながらもなんとか状態を上げることには成功したが、その瞬間、先頭にいたデスモンキーと至近距離で目が合う。
デスモンキーは前屈みになって私を覗き込んでいた。
初めはニヤついていたが、やがて表情を真顔に変える。
その顔はまさに狂気そのもの。
私に対しなんの感情も持っていない様であった。
私の体が宙を舞う。
遅れて腹部から鈍い痛みがやってくる。
「ぐっ」
すでに悲鳴を浴びる元気もなく、私の身体はなすすべもなく木に叩きつけられる。
そのまま滑り落ち、木に体を預ける状態で止まる。
もう言葉を発することもできない。
意識も今に飛びそうになり、いよいよ絶望的な状態となる。
目の前には無表情で近づいてくるデスモンキー。
無表情とはどういうことなのか?
思い通りにならなくて怒りを覚えているのだろうか。
だとしたら、いい気味だ。
私はお前たちの思い通りになどならない。
心にしこりの残したまま生きるがいい。
私はそっと目を瞑った。
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