第4話 世間の評価②

冒険者ギルド。


全国各所に存在する組織であり、その多くが国によって統制されている。


冒険者になると冒険者証が発行され、それが身分証代わりとなる。


冒険者ギルドへの登録は誰でも出来るものではあるが、依頼の選択には制限がある。


重要となるのがランクだ。


ランクとはその人物の能力を示したものであり、各依頼にはランク制限がある。


これを破れば厳しい処分が待っているため、自ら破るものはあまりいない。


ランクは魔物と同様10段階に分けられる。


SSSランク、SSランク、Sランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランク、Eランク、Fランク、Gランクである。


ギルドランクも標準をDランクとしており、指標となっている。




現在、私はAランク。


これはトレストの街における最大のランクであり、トレストのエースと呼べるものであった。




受付員の後ろを着いていき、扉も前に着く。


受付員はノックをする。




「Aランク冒険者のカーフェが参りました」




すると、男性の渋い声が聞こえてくる。




「分かった。入りなさい」




促され、扉を開ける受付員。


続いて中に入る私の目に映ったのは、向かい合わせでソファーに座る4人の人物であった。























ギルド長室に入って視界に納めたのは4人の人物。


まず片側のソファーに1人で座っているのがギルド長、ガロ。


着崩したスーツの上からでも分かる鍛え抜かれた肉体。


そして歳に似合った髭に渋さを醸し出す声。


元Sランク冒険者のギルド長である。




そしてもう片側のソファーに座っている3人組。




私はこの3人を誰よりも知っている。




奥に座っているのは、めんどくさそうに姿勢を崩し、怠そうな素振りを隠しもしない柄の悪い青年、レアード。


真ん中には、礼儀正しく座り、穏やかな表情を浮かべている青年、カイン。


最後に、お淑やかに座り、私に笑みを浮かべて手を振っている女性、リリイ。


3人とも孤児院の家族であり、ともに苦境を乗り越えてきた仲間だ。




「ご苦労だったな、カーフェ」




まず口を開いたのはギルド長ガロ。


元冒険者ということもあり少々厳つい風貌をしているが根は優しい人だ。




私も初めて姿を見た時は恐怖のあまり泣き出したことは内緒だ。




ガロは立ち上がり、書斎の椅子に移動する。


ソファーに座れということなのだろうか?




横目で受付員に確認をとる。


受付員は笑みを浮かべて頷く。




私はソファーに座り、その座り心地を堪能する。




「怪我はねえかよ・・・・・・」




レアードの声が聞こえたので視線を向ける。


レアードは窓の外に目を向けて、こちらを見ようとしない。


彼は、誰かの心配をするときは決まって視線を逸らす。


恥ずかしがっていることは分かっている。


だからこそ憎めないし、嫌いになれない。




「大丈夫」




「・・・・・・そうか」




顔は見えないがなんとなく恥ずかしがっているのが想像できる。


それを想像し笑みを浮かべる。




「おい、何笑ってんだよ」




いつの間にか視線を向けていたのであろうレアードが私を睨む。


獰猛な目つきを向けられるが、慣れっこなので全然怖くない。




「ふんっ」




無駄を悟ったのか、レアードは再びそっぽを向いた。




「カーフェ、服が切れてるわ」




いつの間にか隣に移動していたリリイが服の切れ目を確認していた。


服の切れ目を見て、肌の具合を見て、怪我がないことを確認して一安心しているように見える。




「リリイ姉、大丈夫よ。私には『自己再生』があるから・・・・・・」




「だとしてもよ。あなたは立派な乙女で妹なんだから、心配するのは当たり前でしょ?」




「ありがとう。でも大丈夫よ。本当に怪我はないから」




「そうみたいね。安心したわ」




リリイ姉は本当に優しい人だ。


私だけじゃない。


冒険者からも非常に高い評価を得ている。


私にはないものを彼女は持っている。




「やっぱり一緒に行動したほうがいい」




最後にカイン。


冷静さが武器で、滅多に感情が高ぶらない。


冷たい印象を覚えるときもあるけど、その分、行動で導いてくれる頼りになる人。




「ううん。大丈夫よ、カイン。私は強いし、それに1人のほうがやり易いから」




「カーフェ・・・・・・」




カインは何か言いたそうにしている。




「心配しないで。皆を置いてどこか行ったりなんてしないから」




私は笑みを浮かべた。




「・・・・・・」




尚も何か言いたげであったが、ここでガロから声がかかる。




「レアード達、”希望の守り手”からの情報で以前から深淵の森の生態系に変化が起きつつある可能性があるとの情報を得ている。カーフェ、お前の感触はどうだ?」




その話を聞き、私はレアード達に目を向ける。




「最近、徐々にではあるが高ランクの魔物が浅いエリアにやってくることが増えてきている気がする。あくまで感覚の問題であり確証はない」




と、カイルが補足をする。




”希望の守り手”。


Aランクパーティであり、レアード、リリイ、カイルの3人で結成されている。


Aランクのレアードをリーダーとし、Bランクのリリイ、カイルのバランスの取れたパーティである。そのためトレストの街においては最強のパーティの肩書を持っている。




私はここ数日の事を思い出す。




そういえば、ホーンラビットの群れが浅いエリアにいた。


あの時は気のせいだと思っていたけど、異常が起きていたというのかしら?


それにキラービー。


今日見かけたキラービーはコロニーの移動を目的としているかのように、縄張りを抜けて行動をしていた。


考えてみれば、奇妙なことはたくさんあったわね。




「確かに、気になることはいくつかあったわ」




私はここ数日の出来事を皆に聞かせた。




「そうか。やはり本格的に調査すべき時ということか・・・・・・」




「しかし、深淵の森を調査するための人員が足りていないと思いますが?」




ガロの発言にカインが反応する。




「ギルド員から何名か優秀なのを選別し、調査に向かわせる」




「では我々は?」




「いつも通りやってくれればいい。だが、くれぐれも無茶はするなよ」




「分かりました」




簡単な報告と計画だけで話し合いは終わる。




「すまんな。本来ならお前たち若い連中にこんなことやらせたくないんだが・・・・・・」




帰り際、ガロの悲痛な声が辺りに響き渡る。




皆足を止め、ガロの言葉に耳を傾ける。




「約束の1人1億ホルン。俺たちも全力でサポートする。だから、それまで耐えてくれ・・・・・・」




するとレアードが視線をガロに向ける。




「1つだけ言わせてくれ。あんたの慈悲には感謝してるし、信頼もしてる。・・・・・・だが間違っても同情だけはしないでくれよ。自分らが哀れに見えるからよ」




「かたじけない」




ガロは私たちに頭を下げてくる。




そうして、私たちはギルド長室を後にした。























私たちは受付員とともに広間へと戻る。




「本日はありがとうございました。こちらが本日の依頼金と討伐金になります」




私たちは各自金を受け取る。


そして、帰るために踵を返す。


広間は先ほどと変わらずの賑わいを見せている。


私たちが戻ってきたことで一瞬、静寂が訪れたが直ぐに賑わいを取り戻す。




「おい、レアード、今日もお疲れさん!」




冒険者から労いの言葉がレアードに贈られる。


もちろんレアードだけではない。


リリイとカインにも同様の労いが贈られる。




「レアード、酒おごってくれよ!!」




「ふざけんな!これは大事な金なんだよ!!」




「冗談だ。そんな怒んなよ!!」




などとレアード達は冒険者の仲間と言葉を交わしながら扉に向けて足を進めている。


しかし、私が通るときは・・・・・・。




労いの言葉もなければ、冗談もない。


あるのは憎悪の目のみ。


冒険者の殆どが私を歓迎していないのが分かる。




私はいたたまれず下を向く。


なるべく憎悪の目を見ないように。




すると、誰かの手が頭の上に乗せられる。


視線を上げると、怖い顔をしたレアードが辺りに鋭い視線を送っていた。




「てめえら、カーフェには何か言うことねえのかよ!!お前らが今でも安全に生活できてるのは誰のおかげか知らねえわけじゃねえだろうがよ!?」




途端に静寂に包まれる広間。




レアードは隣で酒を飲んでいた連中ーーレアードに冗談を言っていたーーに睨みを利かせる。




睨まれた冒険者はそこでようやく口を開く。




「お、お疲れ様です」




すると、少しずつ労いの声が聞こえてくるようになった。




戸惑いの表情を浮かべていると、リリイとカインが隣にやってくる。


2人は私に視線を向けると笑みを浮かべる。




「てめえら、もう少し考えろよ。クソどもが」




レアードは悪態をついてギルドから出て行った。


その後を追って出ていく私たち。




私は彼らと家族でいられることが何より幸せだと感じ、そっと涙を流すのであった。























レアード達がいなくなった後のギルドの広間。


レアードの叱咤により賑わいは鳴りを潜め、静寂が空間を支配していた。


そんな中、口を開いたのは1人の若い冒険者であった。




「あの、今のは?」




話しかけられたのはベテランに位置する冒険者。


彼は遠く離れたテーブルで成り行きをうかがっていたが、話しかけられたことでようやく口を開くことが出来た。




「お前さん、新人かい?」




彼は若い冒険者に目を向ける。


歳は15くらいだろうか。


泥だらけであるが傷を負っている様子は見られない。


おそらく採種依頼などの安全な依頼をこなしているのだろう、と結論付ける。




「はい。入ったばかりで。Gランクです」




「そうか。さっきの質問だが彼らはこのギルドのエース様達だ」




「その割には・・・・・・」




おそらく『死神』に対する態度のことを聞いているのだろう。


素直に教えることにした。




「あの子は『赤い死神』と言われている。名をカーフェ。Aランク冒険者で、ここのエースだ」




「でも、みんなあの方を嫌っているような感じでした」




「そうだな。彼女は冒険者の間では『赤い死神』以外にももう1つ異名を持っている」




「もう1つ・・・・・・ですか?」




「そうだ。『仲間殺しの死神』という異名だ」




「そ、それは・・・・・・」




若い冒険者は息を呑んで耳を傾けていた。




「彼女は冒険者として深淵の森での討伐を強制されていた」




「!?それは!!」




「ああ。それは彼女が孤児だからだ」




「孤児?」




「孤児は領主の奴隷であり、領主から深淵の森での魔物討伐をする代わりに衣食住を保証するという契約がされているらしい」




「そ、そんな!」




「ああ、俺も聞いた話だから詳しくは分からないけどな。だが、知ってのとおり深淵の森は1人でこなせるようなところではない」




「・・・・・・」




「だから、初めは俺たちも協力しようと近づいたんだが、それが間違いだった。依頼をこなすたびに彼女だけが生き残るという状態が続いたんだ」




「!!」




「もちろんそんなことになれば、良く思わない奴もいるだろう。死んだ奴らの関係者・・・・・・とかな」




「・・・・・・」




「そしてその関係者どもはカーフェを妬み、憎み、そしてある噂を流した。仲間を囮にして自分だけ生き残った、とな。当然、賛否両論が起こるが、あろうことかカーフェ本人はそれを否定しなかったんだ。そこから、噂は真実だと広がり、今に至る。というわけだ」




「そんなことが」




「もちろん俺は彼女を責めてはいない。冒険者をやっている以上、同じようなことは多々ある。弱肉強食の世界だからな。強ければ生き残り、弱ければ死ぬ。だから、俺は彼女を責めたりはしない。だが、他の連中は違う。皆仲間思いのところがあるせいで、カーフェを許せねえって思ってる連中が多い。だから、こんなことになっちまってる」




「かわいそうですね」




「そうだな。だが、その関係者の気持ちが分からなくもない。だからそいつらを否定もできない」




「教えてくれてありがとうございます」




「おう。まあ、つまり自分の目でちゃんと見ないと分からねえこともあるってことだ。がんばれよ!」




そして若い冒険者は去っていった。




話し終えたベテラン冒険者は辺りを見回す。


会話はない。


ただ、皆黙って酒を飲んでいる。


レアードの一言が効いているのだろう。


皆表情が暗い。




きっと皆心のどこかでは分かっているのだろう。


彼女を責めるのは間違っていると。


けどここの冒険者は皆、結びつきが大きい。


実際、その関係者ってやつの泣き叫ぶ姿を皆が見ているからこそ、言わずにはいられないってやつが大半だろう。


だが、それは本来俺たちには関係のないこと。


関与すべきではない問題なんだ。


それが分かっているからこそ、今こうして皆自分を悔いている。


思わず嫌悪してしまったことを。




だからこそ、俺は何も言わない。


それが正しいことだと信じているから。























ギルド長室ではガロが椅子に座り、一息ついていた。


秘書がやってきて茶を出す。


ガロはそれを飲み、溜息を吐いた。




「お疲れ様です」




「ああ、すまんな」




秘書はガロに目を向け、そして徐に口を開く。




「領主に面会しに行くのがそんなにご不満ですか?」




「ああ、まあな」




ガロはゆっくりと茶を喉に流し込み、味を満喫している。




「あいつは嫌いだ。別にあいつらの事だけじゃねえ。あいつは俺たちのことを肉壁ぐらいにしか思ってねえからな」




「・・・・・・」




秘書は黙って次の言葉を待つ。




「すぐに領主のもとに出かける。支援は期待できないがな」




「畏まりました」




準備した後、ガロはギルド長室を出るのであった。

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