第48話 祈祷
チコと茅野による祈祷が止むことなく続く。茅野の額からは汗がしたたり落ちている。
「あー喉痛いよー」
「私もだ」
繰り返し読む経文に対して、良き兆候が羽多の身体に現れないことを茅野は心配になってきていた。
「おーい、どうだい?」
重々しそうに身体を引きずりながら小清水が現れた。足元にはキツネがついてきている。
「キセツは?」
「下でドンパチやってたから、ちょっとヘルプをしたけど、後は知らない」
「そっちに協力してやれよ」
「それはやまやまだけど、体力的にギブ」
「そっか、で。そのちっこいキツネはまさか」
「ああ、ふじ。君に協力したいんだって」
「協力?」
「らしい」
ふじは、羽多の身体を覗き込み、注連縄の周りを歩く。
「足らんな」
「何がだよー。いちゃもん付けんならとっとと協力しろよ」
闖入者からのダメ出しにキレる茅野。
「慌てるな」
そう言って、ふじは羽多の身体から一メートルほど距離を取った。
「慌ててんだよ。早くしないと、この子の身体がって。お前がそれのきっかけでもあるのか。これが終わったら祓ってやる」
「それは後でいい。ちょっと避けていろ」
チコと茅野と小清水が後ずさりをしたのを見て、ふじは口を開けた。呼気とともに、口から火の玉を放った。その火の玉が羽多の身体の上で三つ揺らめいている。
「ほら、経文をまた読み始めよ」
「これがホントの狐火って?」
能天気に状況に感嘆して小清水が言う。
「ンなこと言ってる場合じゃないだろ、お前も読め」
懐から経文帳を取出し、小清水に渡した。
「ボクは、経は読めないけど」
「大丈夫だ。ふりがなも振ってあるから読んでみろ」
「疲れてんのにー」
「始め」
チコ、茅野、小清水によって再開だった。すると、それに呼応するように火の玉の燃える勢いが増していく。さらにはその火の玉は旋回を始める。ビックリしながらも読経を続ける。
経が読み終わりに近づいた時、羽多に反応があった。わずかに呻いたような声を発したのだ。
「よし、読み終ったら、次のページを開いて。そこに書いてあるのを今度は読む」
「これって観音経……えー、すげえ長い経文じゃん」
「しゃべってないで読むぞ」
読経が続き、小清水が嘆いた長い経を読み終える頃、火の玉の旋回と火力が弱く、うっすらとしたものになっていった。
「良い兆候だ」
羽多の顔を覗き込んで茅野がほっとした表情を浮かべた。
「な、我が協力すると言ったろ」
ふじはしてやったりといった具合である。
「当然だ」
経が終わる。青白かった羽多の顔色はしっかりとした肌艶に戻った。火の玉は消え、注連縄も同時に燃え、灰となった。完了の合図だった。
「あー疲れた」
コンクリートの床に大の字に伸べる小清水。
「汚れるぞ」
とは言ってみるものの、他人のことは言えず胡坐をかいて肩が力なくだらりとする茅野。
「ねえ、シキは、大丈夫だよね」
唯一チコがトコトコと階段に向かおうとする。
「これ、ムジナ。そうちょこまかと動くものではない」
警護するかのように横に並んでふじが動く。
「そうそう、なんて言ってもキセツのことだから、もう少ししたら戻って来るって」
「多分戻ってくる途中でぶっ倒れるだろうけどね」
「ありそう」
などといって、茅野と小清水は笑ってみた。腹筋に力が入らなかった。乾いた笑いになる。
「あおゆきもいるもんね」
チコが戻って来る。
階下では一瞬の静寂の後、激しい物音がとどろいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます