第47話 志喜、奮闘する
しばらく天井を旋回していた幽体は、志喜とあおゆきに交互に襲撃をしていた。
志喜はそれに触れないように、かわすのが精いっぱいである。気づけば次第にあおゆきとの距離が遠のいていく。それが幽体の作戦だったようだ。あおゆきというあやかしの攻撃力と拮抗するよりかは、人間である志喜に的を絞った方がいい。それはまた幽体の元主である羽多の思いが志喜に向かっていることとも同義であった。
志喜は飛来する幽体をかわしながら階下に向かう。それは、幽体と羽多の肉体との距離を作るためであった。一階と二階の中間地点である、階段の踊り場まで進んだ。そこにも幽体が襲ってくる。身を屈めて、やりすごしたと思った志喜はその油断によって足を階段から踏み外して、階段を転げ落ちてしまった。
「都筑君!」
二階からあおゆきが身を乗り出して、冷たいコンクリートの上で悶える志喜の名を呼ぶ。その彼目指して幽体が一直線で向かっている。
「させるかー」
言うが早いか二階の縁に足をかけると一線。剣を振り下ろしながらあおゆきが飛んだ。寸でのところまで接近していた幽体は、やはり身のこなししなやかにそれをかわす。
「都筑君」
身体を起こそうとする志喜に
「もうここでじっとしているんだ」
言ってみるものの
「大丈夫。まだやれるよ」
志喜は立ち上がろうとする。が、その足元はおぼつかない。
「見ろ、大丈夫なものか、フラフラじゃないか」
それだけではない。顔色も艶を失っている。
「あおゆきさんだけに」
答える志喜は、息苦しそうだ。
「あおゆきさんだけに背負い込ませるわけにはいかないだろ」
――そんなになってまで、どうして君は……
「離れろ!」
小清水の声が響く。幽体がスピードを上げ、二人に近づいていた。それを間一髪に身を反らすと、幽体は二人の間をすり抜けて行った。あおゆきは避けられたものの、志喜はバランスを崩し、後方にあった自動販売機脇の空き缶入れに、背中からぶつかってしまった。再び尻餅状態になる。
「都筑君」
「大丈夫。あれならあっちに行った」
幽体が向かった先を指さす。
「いいな、そこでじっとしているだぞ」
あおゆきは怪我だらけの志喜を制して、そちらへ消えて行った。
「ったく……」
そう言われたものの、志喜はプラスチックの空き缶入れを支えに立ち上がろうとした。が、ふらついて、それとともにもう一度倒れてしまった。
「かっこ悪」
手に力を込め、身を起こそうとする。けれども、なかなか身体が言うことを聞いてくれない。
「じっとなんてしてられないのに」
四つん這いになり、床とにらめっこをしていた志喜はものが転がる音を聞いた。倒してしまった空き缶入れからあふれた空き缶が転がっていた。ふとそのうちの一つに目が向いた。ロビーから第二資料室の方へどんどんと転がっていく。壁にぶつかり缶は動きを止めた。その壁を下から上へ見上げていく。志喜の目が開いた。そこには竹細工が飾られていた。第二資料展示室は伝統的な木工品や島内の竹細工が飾られ、それに使う道具だけでなく、職人の作成現場も再現されていた。
思い出していた。小清水が竹でできた手裏剣を持っていたことを。それを投げて、あおゆきの首飾りの紐を切ったことを。そして「竹は霊力の強い植物でね、清めに使えるんだよ」と言った小清水のセリフを。
「なら!」
ガラスの戸を支えにして立ち上がった。そして空き缶と同じ方向に、資料館内に進む。飾ってあった竹の棒を手にする。
「ごめんさい。借ります」
そう言ってから、そしてそれを杖代わりにして歩む。あおゆきと幽体が戦っている場所へ。
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