第30話 志喜、割って入る

「待ったー!」

 二人の間に空から降り立つ者がいた。志喜である。

 あおゆきは突きの剣を志喜の頬の寸前で止め、小清水は両足とともに片手を地に付けてブレーキにしてストップをかけた。

「二人ともそこでおしまい」

 志喜の声が戦闘終了を告げる。

「あおゆき」

 マントを小脇に抱え、チコが駆けて来る後に、臀部を擦りながら茅野もやって来る。魔法の絨毯状態になったマントから降りる時に尻餅をついてしまったのだ。

 無言で剣を鞘に仕舞うあおゆきは志喜の方を見られなかった。切なげな、心苦しげな表情で冷たい地面を見ている。チコからマントを貰い受け、申し訳なさそうに礼をする。

「いいところだったのになぁ」

 手についた砂を払いながら、

「でも、そっちの人の言った通りになったね」

 小清水は意に介していない様子だ。

「ボクを君の前に引きずり出したいんだって」

 あおゆきは小清水をにらんだ。

「オオ、怖いね。さすがオオカミ」

 そう言われて、再び視線を地に戻した。

「あおゆきさん」

 その前に志喜は立ち、顔を上げて欲しいと告げる。

「すまない、都筑君」

 それだけで視線を合わそうとしないあおゆきの頬を両手で挟んで、強引に見つめ合う姿勢にした。

「ほら、僕は大丈夫」

 いつもと変わらない声の調子と柔和な表情をあおゆきは見た。それが尚更彼女にはきついものだった。それを苦悶に満ちさせてしまったであろうことを思えば。

「私に触れては……。私の本性はああなのだ。野獣そのもの、見境もなくなってしまう。都筑君、だから私に近づかない方が……」

 頬から志喜の手をゆっくりと外した。

「冗談を言うなら、もっとふざけて言わないと」

「冗談ではない。ふざけてなど」

「あおゆきさんがそんなに責任を感じなくていいんだ。誰だって本性くらいある。人間だって動物や獣のような部分はあるんだ。僕にだってあるさ、抑えがたい衝動ってのはそうだからと、遠ざかるようなことはしないでくれ」

 ――本当にゴミシンケが言ったようなことを言うんだな。それでも……

「私は都筑君を傷付けたんだ。平然としていられるわけないだろ」

「ほら、それだよ。あおゆきさんは今僕に怪我を負わせてしまったことに後悔をしているでしょ。それが心だよ。心は人が持っているものだよ。だから、あおゆきさんは野獣なんかじゃない」

「けれど……」

 言葉の途中に、志喜は指を立てて制する。

「責任、感じてるなら、僕の怪我、ちゃんと治してくれない? あおゆきさんなら知ってるんでしょ。例のジュースみたいなのを。この傷にも効くのがあるって」

 チコと出会い体調を崩した志喜に提供した緑色の液体は、志喜の体調を潤すのに十分なジュースだった。今の志喜の具合の悪さはあやかしとの接触だけではなく、さすがに深手がそう簡単に治癒するわけがない。とすれば、あれだけの術を知っている者に処置を依頼するのは当然であった。

「都筑君……」

「それでこの件は終わり」

 そして志喜は振り返る。

「なんだい?」

 今度は目の前にいるレザージャケットを羽織っていない者との対峙である。

「君と話したいと思って」

「そうかい? でも、それはもう……ちょっと……」

 と言ったところで、小清水の身体が前後に揺れた。力なく崩れ落ちる身体に志喜は腕を伸ばす。瞼が下り意識がなくなっていた。両手で支えるものの右肩の激痛に堪えきれず、志喜は小清水を抱えたまま地面にへたり込んだ。痛みを堪え、苦悶から表情を開ける。

「あれ?」

 志喜は妙な感覚を思えた。感覚の先を辿る。掌だ。思わず見る。そこは小清水の胸部だった。

「やわらかい」

 志喜の思考が夜更けの邂逅からの言動を再生した。そしてこの感触。さらには漂ってくる、人ではないと認識した以外に鼻腔をついてくる、日を浴びた花のような柔らかな香り。そのいくつかの要素から導き出された驚きを口にしようとした瞬間、小清水が目を覚ました。

「いた、たたた」

 そして状況に目を配る。途端に小清水の顔が完熟したトマトへ促成栽培よりも早く実った。さらに悲鳴とともに、胸元を押さえつつ、志喜にパンチを見舞った。しかも、志喜の右肩に。志喜は一瞬にして卒倒してしまった。

「あーそういうことか、たくキセツは……」

 茅野が察したようで頭を掻きながら続けた。

「あんた、女なんだな」

 遠くで鶏の鳴き声が聞こえた。

「ねえ、シキをどうにかしないと」

 一番幼い容姿のチコがこの場合に最も必要な指示をした。

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