第28話 回復
寝息ともつかないような深い呼吸をする志喜の顔を、チコはジッと覗き込んでいた。茅野は壁に寄りかかり腕組みをしながら目を閉じていた。
「シキ」
チコの声に瞼を開ける茅野は、志喜が身じろいでいるのを見た。
「キセツ」
壁から背を離し、チコの横に腰を下ろした。ゆっくりと目を覚ます志喜は目を泳がせていた。
「シキ」
「キセツ」
チコと茅野の声がその視点を引きつけた。
「チコ……茅野……」
零れる言葉にチコも茅野も一様に胸を投げおろした。が、志喜の視線はまだ宙をさまよっている。探しているものが、そこにいるはずのものがいないのに不安を抱くように。
「キセツ……あのな……」
察して茅野が言いかけたが、
「あおゆきさんはどこ?」
「ちゃんと、……元に戻った」
志喜の焦燥に、茅野はそれくらいしか答えられなかった。
「そうじゃなくて、どこにいるんだ?」
「……」
「茅野!」
上半身を起こそうとするが、右肩の痛みで力が入らず思うように身体を動かすことができない志喜をチコは制しながら、
「先方を追いかけて行った」
「どこに?」
「分からない」
「分からないって……」
志喜は自分があおゆきのマントの上に寝かされているのに気付いた。マントを手に持ち、力を込めて身体を起こした。たったそれだけのことで彼の額には汗がにじむ。
「おい、キセツ。何しようってんだ」
「あおゆきさんを探す」
「無茶だって」
「探す」
一歩一歩、開いたままの拝殿の扉に近づく。そこにチコが両手を広げ、大の字になって立ちふさがった。
「まだ怪我は治っていない。シキは……」
「チコ……」
チコと志喜の視線が語り合った。
「私も行く。だから無理はさせない。無理思想だったら、術を使ってもシキを止める。いいネ?」
「ありがとう」
「ちょっと、どうすんだよ。どこ行ったか分かんないのに、どうやって……」
「これこれ」
チコは志喜が手にしているあおゆきのマントをツンツンと指で触れた。
「マント?」
「うんうん。そして私」
今度は、チコは自分の胸を指さしている。けれども、志喜も茅野も見当がつかず頭頂にクエスチョンマークを浮かべている。
「だーかーらー! あおゆきのマントに術をかけて、あおゆきの所に戻るようにすれば、それ追いかければいいでしょ!」
「「おーッ!」」
自分の意図をくみ取ってもらえず地団駄を踏むように大声を張るチコに志喜も茅野も思わずの拍手を送った。その称賛を照れ臭そうに頭を掻くチコ。なんとも微笑ましげな光景だが、
「それなら、早速行こう、チコ頼んだ」
一秒も急がなくてはならない。
「じゃ行くよ」
チコはいつものように指を二本立て、文言を唱え始めた。志喜の手にあったマントが宙に浮かび、ゆらりと自意識を持って、持ち主への帰還の途を探す。
「けど、間に合うのかな」
負傷中の志喜はもちろんのこと、ここからまた自転車に乗って行くには時間がかかる。
「それなら」
チコは別の文言を唱え始めた。マントが絨毯になるくらいに広がった。
「え? これってさ」
志喜は浮かんでいる真紅の絨毯を指さす。
「乗って行こうよ」
チコはそそくさと乗り込んでしまっていた。茅野も仕方ないとばかりに乗り上がった。
「ほらよ。一人じゃ上がれないだろ」
「ああ、ありがとう」
茅野の差し伸べた手に、右腕を上げようとした。しかし、その腕を下げ、左手で握り乗り込んだ。
「よし、じゃ行くよ!」
前方に坐ったチコが合図をすると、三人の乗ったマントはあおゆきを目指して飛んで行った。
「あ、チャリー」
という志喜の声を残して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます