第27話 危険素材リスト

翌日、王都からの荷馬車は、昼過ぎにひっそりと工房前に停まった。


カイルが扉を開けると、荷台には見覚えのある木箱がいくつも並んでいる。
ギルドを通じて手配していた、父と母の遺品——研究ノートや器具類だった。


荷物を工房へ運び込み、形式的なやり取りを終えると、リアンたちはすぐに立ち去った。


「これ……」


ネマがひときわ小さな声で呟き、積み込まれた箱の一つをそっと撫でる。


蓋を開けると、革張りの古いノートが現れる。何度も見た、父のノートだ。


「後ろの方に、賢者の石のページがある。詩が書いてあるはず」


ネマはペラペラと紙を捲り、あるページで指を止め、息を呑んだ。


ゆっくりと反芻するように文字を追う目の先がページの下端に辿り着くと、ネマはため息をついた。


「……やっぱり、信じるしかないみたい」


ネマは、達観と覚悟がないまぜになったような表情で笑った。


カイルはそれに答えるように、ただ深く頷いた。

今度こそ、ネマを救う。そう、胸の内で強く誓いながら。



それから数日、カイルとネマは素材リストを完成させるのに時間を費やした。


二人は黙々とノートと書籍に没頭し、素材の情報を拾い集めた。カイルの記憶を頼りに、暗号詩を一つ一つ解きほぐし、それに対応する素材の記述を膨大な書籍の中から探していく。


洗い出した素材の一つ一つを慎重に精査し、人体への影響や相互作用を調べ上げる。

ネマは錬金術だけでなく、薬草楽や魔物学の本も含めて読み漁った。

リスクの兆候や前兆、副作用の記録を、見逃さぬように。


「なんだこれ……もう本書けるぞ」


カイルはぼやきながら、最後のページに記入を終えた。


危険素材とその対策:

腐食性素材: 魔道具による遠隔操作

粉塵性素材: 防塵マスクと防塵ゴーグル

揮発性素材: 密閉保管と使用時の換気

魔導性素材: マスクとゴーグルの防魔加工マジックプルーフ


分類に当てはまらない例外──瞳呑石どうどんせき

希少素材の解説書に、次のような一文があった。


『瞳呑石の効果は、直接見たときにしか発生しない。鏡を介して見ることで、効果は完全になくなる』


こうして、考えうるすべての可能性を網羅した危険素材・対策リストが完成した。


「……思ったより、多いな」


カイルはノートをぱたんと閉じ、背もたれに身を預けた。


「というか、よくこんなもんで今まで無事だったよな……」


「……どこまで意味があるか、分からないけどね。本当にこれが原因だったら、他の錬金術師がもっと罹ってないとおかしい」


ネマは机に肘をつき、眉をひそめていた。


カイルは黙ったまま拳を握りしめる。

──それでも、やるしかない。



夕方、工房の扉が軽やかにノックされた。


「はーい、お届け物でーす!」


扉を開けると、そこには笑顔のサラが立っていた。肩からかけた大きな袋をぽんと叩いてみせる。


「約束の品、ばっちり仕上がってるよ!」


中から取り出されたのは、漆黒のマスクと、厚みのあるゴーグルだった。縁には防魔加工を示す符が細密に刺繍され、レンズには魔力遮断の紋様が薄く浮かんでいた。ゴーグルがランプの明かりを反射し、赤く鈍い光を宿す。


「結構ゴツいな……あと、なんか、禍々しいような」


「見た目の指定はなかったからねー。職人さんの好みだって。はい、ネマちゃん」


ネマは戸惑いながらマスクとゴーグルを受け取った。


「着けてみて!」


サラに満面の笑みで促されると、ネマはしぶしぶマスクとゴーグルを身につけ、カイルを見上げた。一見すると、不審者にしか見えない。


カイルは笑いを堪えながら、視線を泳がせて言った。


「……に、似合ってるよ。な?」


カイルがサラに振ると、サラは棒読みで答えた。


「う、うん。スゴクカワイイトオモウナー?」


笑いを我慢する二人を見ながら、ネマはポツリと言った。


「……二人とも、ひどい」


ネマはじっとカイルを見つめた。ゴーグルの奥の視線が、じわじわと痛い。

これは絶対に根に持つ目だ、とカイルは背筋が寒くなった。


何はともあれ、これで危険素材への対策は全て出揃った。

今度こそ、やれることは、すべてやった。


この忌々しい繰り返しを、ここで終わらせるのだ。

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