ep-00 そもそもの端緒と、羞恥の契約

物語は、遡ること三か月前――


冒険者ギルドの黒板には、依頼と通告の紙が貼られていた。


その中に、一枚だけ、赤く縁取られたものがあった。


【契約解除通達】============================

 冒険者≪フィリアン・スパークス≫は、本日をもってパーティ≪星の牙≫より除名。登録抹消。

 理由:戦闘力不足、責任感の欠如、戦術理解力に難あり。

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「…………はい、またクビになりましたぁぁぁ……」


ギルドの前でうなだれる、栗色の髪の少女――フィリアン。


一応、職業は……魔法剣士。(だが魔法は使えない)


細身の剣を腰に差してはいるが、完全なナマクラで、その刀身に刃こぼれが目立つ。


彼女は今、通算三つ目のパーティから追い出されたところだった。


「はぁ……もう、実家に帰ろうかなぁ……」


田舎から、このヴァルディニア王国の都市ファンドールに上京してかれこれ二年。


冒険者になって、戦力になった試しがない。


トラップを踏んでは転び、モンスターを見ると泣き出し、戦闘フォーメーションはグダグダ、動きは一切学習できず。


ハッキリ言って、ギルドやパーティのくだした〝戦力外〟の判断は正しかった。


「はぁ、冒険者になれば、食いっぱぐれないと思ったのに……」


フィリアンは溜息をついて、大空を仰ぐ。


「それに…………」


誰も聞いていないことを確認し、フィリアンは胸に秘めた願望を空へと吐き出す。


「ステキな彼氏……できると思ったのになぁ…………」


恋に恋し、夢を夢見る、純情なドジっ子冒険者――それが、それまでの彼女だった。



     ◇ ◇ ◇



そんなフィリアンに、突然、転機が訪れた。


それは……街の外れの貧民窟にある、怪しげな道具屋――確か『ボッタクル商店』とかいう店だった。

 

「お嬢ちゃん、コレ、掘り出し物だよ」


怪しい店の主人から、完全に詐欺まがいに押し付けられて買わされた、古びた鎧。


いや……これは……鎧……なのか……?


そんな時だった。


「……その言葉は極めて無礼で無作法と認識。速やかな撤回と謝罪を要求する」


「……へ?」


耳元で響いたのは、低く無機質な声。


同時に、手に持った装甲片が、黄金色に光り出す。


「う、わっ……鎧が……しゃべった……!!??」


「対象個体・認識。状況――検索」


「種族:人間。性別:雌体。肉体年齢:およそ210カ月。体系適合率:91.25%。

 羞恥精神力に異常な高数値を確認。

 この上無く契約媒体としての適合を認める――」


そして光る鎧が中空に浮かび上がり、ブワアアアアアッと目も眩む光を放射する。


「魔導鎧≪ヴァルミラックス≫――起動」


「ちょ、ま――いやあああああああああああああああっ!!!??」


 


   ◇ ◇ ◇


 


「……なんなのこれ……なんで、なんで全裸になってるの……わたし……」


ボッタクリ商店の雑然とした倉庫の中で、フィリアンは目を醒ました。


彼女の体には、金属片のような最小面積のビキニ鎧が張りついている。


「ちょ、なんなの? この変態的なカッコウ…………」


乳首と股間だけはギリギリ隠れている。


ただし、動けばズレる。


立てば揺れる。


回れば弾ける。


「うわー、見えてるじゃん、コレ……ばっちりと……」


「装着者の生体反応を感知――」


彼女の脳裏に、声ならざる声が響いた。


「だ、誰っ!?」


「予は≪ヴァルミラックス≫――神が作りたもうた古の魔道神器アーティファクト。汝は我に選ばれた。しかるに我が力を与えん」


「力……?」


「予はあらゆる災いを無効化する。物理、魔法、呪い、毒――」

「予を纏う汝は、この世界のあらゆる苦難労苦の危険から解き放たれ、永遠の若さと不死を約束されるであろう」


「マジで!?」


「ただし――」


「ただし…………?」


「恒久的に脱着不可」


「はぁああああ???」


「予と汝は一心同体。余は汝の肌となり服となる。もはや何人なんぴとも予と汝を引き離すこと能わざるなり」


「どういうこと!? 脱げないってこと!?

 じゃあ、私……もう一生、下着が穿けないってこと!?

 こんな痴女みたいな、頭おかしいエロビキニ鎧のまま生活しろってこと……!!?」


「〝エロビキニ鎧〟――罵倒を目的とした蔑称と認識する」


「うるさいっ!」


フィリアンはヘナヘナとその場にへたりこむ。


どうやら彼女は、いつの間にかエロビキニ鎧の女戦士に転職が完了したらしい……。


「まぁ……上からブカブカのワンピースとか着れば……誤魔化せるかなぁ」


「重ね着は不可――装備を併用した時点で、予の防御効果は全て相殺される」


「えっ!? じゃあコートとかマントもダメ!?」


「不可――鎧の遮蔽は全能力無効化のトリガーと認知。さらに他の装備を併用した場合、予の機能である反物質干渉効果により、対象物は分子レベルに分解されて霧散する」


「……どういうこと?」


「羽織ったコートやマントは、数時間で消滅分解ディスインテグレイト。する」


「マジでっ!!!?」


つまり……私は、今後一生、この(ほぼ)全裸の恰好で生きていかないといけないワケか!?


なんだその、羞恥プレイの終身刑はっ!!!?


「な、なんでそんな……露出狂に嬉しい仕様なの……!?」


「肉体の露出……それによる羞恥心とは、理知的生命体の生み出す無限の精神力。その力は戦闘意欲と魔力循環に直結。汝のその類まれな羞恥心が、予の力を覚醒させたのだ」


「ふざけんなあああああああああああ!!!」


フィリアンは怒りにまかせ、胸に被さった小瓶の蓋ほどしかない胸鎧を引っ張った。


「いだだだだだだだだっ!! もげる! 乳首もげるっ!」


「無駄だ、諦めろ」


≪ヴァルミラックス≫が平然と言う。


こ、こいつ……いつか殺す……!


「ち、ちなみに…………ひとつ聞いていい?」


「発言を許可する」


「え、と……その……出すときは……どうするの……?」


「〝出す〟…………文脈が不明」


「だ、だからっ……鎧が脱げなくてアソコが塞がってるから……もよおしちゃったとき……おしっことか……アレとかは……」


「質問内容を認識――排泄行為に関する質問に対する回答」


「問題なし――排泄物は液体/固形に関わらず、鎧による消却処理機能により直腸・尿道浅部周辺にて分子レベルで消滅分解ディスインテグレイト。併せて排泄器官の洗浄と殺菌も付与する」


「…………………………つまり、どういうこと?」


「〝気にせず、そのまま出せ〟」


「いやあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


床を転がり、悲鳴をあげるフィリアン。


「やだやだやだやだ! そんな鎧いやああああああああああああ!!」


「羞恥心指数――極めて良好」


「うるさーい!! 私はただ、普通に冒険者して……普通に彼氏作って……恋して……イチャイチャして、普通に……うぅ……っ」


「予は汝に無限の戦闘能力と完璧な防御力を付与する。汝が望めば、世界を掌中に収めることも容易いと判断する」


「そんなもん、いらんっ!! 私が欲しいのは……イケメンの彼氏だっ!」


フィリアンは裸のまま泣きじゃくり、のたうち回る。


「いまこの状態で男の人に会ったら、私、人生終わるよ!? っていうかその前に始まってないけど!!」


「問題に対する対処策を提示――すなわちダンジョンに退避」


「…………えっ?」


「身体の隠蔽に適合する場所――巨大迷宮〝大深殿ルオ=ヴァルス〟深部――」


「…………………………」


その後、フィリアンは、迷い、迷いまくり、迷いに迷って……そして。



その日から――


〝大深殿ルオ=ヴァルス〟に、新たな伝説が生まれた。


「もう、街を歩けないっ! 人とも会えないっ……! 私は……ダンジョンに引きこもる……!」


「だって、私、ほぼ全裸の変態ビキニアーマーの……痴女になっちゃったんだもん……!」


そして人々は、彼女の姿をこう呼ぶようになる。


――〝純潔の魔女〟と。


「ふええええええええええええええええん、彼氏欲しいよおおおおおおお!!」


今日もまた、死と隣り合わせのダンジョンに、戦慄の叫び声が木霊する――。

 


          つづく


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