異世界転生×ユニークスキル リサイクルマスターで無双する!?

月神世一

ゴミ箱の勇者

むし暑い初夏の夕暮れ。コンビニバイトのシフトを終えた鈴木拓也すずき たくや、二十歳は、じっとりと汗ばんだ首筋に触れながら、重い足取りで家路についていた。今日も今日とて、変わり映えのない日常。大学の講義を受け、夕方からは時給のために愛想笑いを振りまく。そんな平凡な大学生活も二年目に入り、どこか言いようのない閉塞感を抱えていた。


「はぁ……今日も疲れたなぁ……」


大きくため息をついたその時だった。けたたましいブレーキ音と、何かが軋むような甲高いクラクションが、拓也の耳を貫いた。


「んっ!?」


視線を向ければ、横断歩道を渡ろうとしていた小さな三毛猫が、大型トラックの巨大な車輪の前に竦み上がっているのが見えた。迫り来る鉄の塊。猫は恐怖に動けないのか、ただ小さく震えている。


「危ないっ!」


考えるより先に、拓也の身体はアスファルトを蹴っていた。教科書やノートが詰まったリュックを放り出し、小さな命に向かって飛び込む。柔らかな毛の感触を腕に抱きしめた瞬間、世界がスローモーションになり、強烈な衝撃と共に意識が急速にブラックアウトしていった。最後に聞こえたのは、自分のものか、あるいは猫のものか、甲高い悲鳴だったような気がする。


どれくらいの時間が経ったのだろう。


ふと意識が浮上すると、そこはどこまでも続く、まばゆいばかりの純白の空間だった。上下左右の感覚さえ曖昧で、まるで濃厚なミルクの中に浸されているようだ。身体の感覚は希薄で、痛みも重さも感じない。


「ん……ここ、は?」


呆然と呟く拓也の前に、ふわりと光が集まり、やがて美しい女性の姿を形作った。絹のような長い髪、慈愛に満ちた瞳。およそこの世のものとは思えない神々しさを放っている。


「ようこそ、鈴木拓也さん」


鈴を振るような、心地よい声だった。


「え……?」


あまりの現実離れした光景に、拓也はただ目を白黒させるしかない。


「私の声が聞こえて、姿が見えていますか?」


女性は優しく微笑みかける。


「は、はい……えっと、貴女は……どちら様で?」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。


「よろしい。私はアクア。そうですね……貴方たち人間が言うところの、『神』と呼ばれる存在、とでも言っておきましょうか。まぁ、正確にはちょっと違うのですが、その方が分かりやすいでしょう」


アクアと名乗った女神は、どこか芝居がかった口調でそう言った。


「はぁ……神様、ですか。で、ここは一体……天国、とかそういう?」


「はい。ここは『審判の場』。貴方の魂が次に向かうべき場所を決定する、いわば魂のターミナル駅のようなものですわ」


アクアはにこやかに説明する。しかし、その言葉の意味を理解した瞬間、拓也の顔から血の気が引いた。


「し、審判……? ってことは、俺、やっぱり死んだのか!? うわーマジかよ……まだ彼女もできたことないし! この前申請したバイト代もまだ貰ってないのに! はぁぁ……ついてない人生だったなぁ、俺……」


その場でがっくりと膝を折りそうになる拓也。これまでの二十年間が走馬灯のように駆け巡り、やり残したことばかりが頭に浮かんでくる。


「そうしょげることはありませんよ、鈴木拓也さん」


アクアの落ち着いた声が、拓也の嘆きを遮った。


「え?」


「私は、貴方の最後の行動に深く感動いたしました。そう、我が身を挺して、あの小さくか弱い、可愛い可愛い猫ちゃんを助け出した、その勇気と優しさにです! 実は私、何を隠そう無類の猫好きでして……毎日YouTubeで猫ちゃん動画を漁っては癒しをチャージするのが日課でしてね? あの絶体絶命のピンチから猫ちゃんを救い出す貴方の姿は、まさにヒーロー! 感動のあまり、チャンネル登録と高評価を連打したいくらいでしたわ!」


女神はうっとりとした表情で語尾を強める。その熱弁ぶりは、神々しさよりも、ただの熱狂的な猫愛好家のそれに見えた。


「は、はぁ……それはどうも……」


拓也は若干引き気味に相槌を打つ。


「つきましては、そんな素晴らしい魂の持ち主である貴方に、私からささやかなプレゼントです。異世界へのご招待、その権利を差し上げましょう!」


アクアは芝居がかった仕草で、パチンと指を鳴らした。


「そ、それって……もしかして、ラノベとかでよく見る『異世界転生』ってやつですか!?」


拓也の目に、俄かに希望の光が宿った。死んだと思っていた人生に、まさかの続きがあるかもしれない。それも、憧れの異世界で!


「ご名答。さて、どうなさいますか? 新たな世界で、新たな人生を始めますか? それとも、このまま輪廻の輪に還りますか?」


女神は楽しそうに問いかける。


「い、行きます! 絶対行きます!」


拓也は食い気味に即答した。こんなチャンスを逃す手はない。


「ふふ、よろしいでしょう。貴方のその決断力、嫌いではありませんわ。そうですねぇ……異世界で困らないように、まず『言語理解』の能力は必須ですね。それから……そうだわ、貴方にはこれを授けましょう。『リサイクルマスター』なんていかがかしら?」


「リサイクル……マスター?」


聞き慣れない単語に、拓也は首を傾げる。なんだか強そうな響きではない。


「ええ。あらゆる『ゴミ』を自由に出し入れできる、とってもエコロジーで素晴らしい能力ですわ。これからの時代、SDGsは宇宙規模で重要ですからね!」


アクアは自信満々に胸を張るが、拓也の頭には「?」マークが浮かぶばかりだ。


「なにそれ……ゴミって……それ、異世界で役に立つんですか……?」


もっとこう、剣聖とか賢者とか、そういう分かりやすく強そうなスキルを期待していた拓也は、思わず素直な疑問を口にした。


「あら、使い方次第では世界を救うことだって可能ですわよ? たぶん。それでは鈴木拓也さん、素晴らしきセカンドライフを!」


アクアは拓也の疑問には答えず、悪戯っぽくウィンクした。その言葉を最後に、拓也の足元が不意に消え、強烈な浮遊感と共に意識が再び光の中に溶けていく。


「うわああああぁぁぁぁっ!」


最後に聞こえたのは、自分の情けない絶叫だった。


期待と一抹の不安、そして「ゴミってどういうことだよ!」という大きなツッコミを胸に、鈴木拓也は新たな世界へと旅立っていった。

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