※これは「AIが書いた小説に人が手を加えた作品」を募集条件としている賞に寄せられた作品である

「実際に起こった出来事について話そうと思う」

同僚のT氏は、仕事を終えた後、グラスを傾けながら静かに語り始めた。居酒屋の薄明かりが彼の表情を陰影豊かに映し出している。初めは軽妙な談笑が続いていたが、彼の語調の変化により、次第に周囲の関心が集中した。

「やや重い内容になるかもしれない。気分が優れなくなったら遠慮せずに言ってほしい」

一人の女性が「大丈夫だよ」と微笑を浮かべて応じる。他の者も軽く頷き、T氏は一瞬の間を置いて話し始めた。

「慎重に聞いてほしい。もしかしたら、何か起こるかもしれないから」

それは数年前の出来事である。

ある大学生が、深夜の都市部を一人で歩行していた。風はなく、月は静謐に浮かんでいる。周囲に人の気配はなく、道は静寂に包まれていた。だが、その静寂の中で、彼はある種の異変を察知した。

何かがついてきているようだった。

一瞬にして背筋を冷たい戦慄が走る。歩調とは僅かにずれた足音が背後から近づく感覚がある。無意識に歩幅を大きくした瞬間、後方の足音が唐突に止んだ。

「……？」

疑念が頭をよぎり、彼は意を決して振り返った。

そこには、明らかに「人間ではない何か」が静止していた。

それは一見すると人間の形状をしていた。

しかし、決定的に異質であった。皮膚は灰色がかり、不均衡なシミが散在し、衣服は局所的に裂け、全体として崩壊が進行中のような外観を呈していた。

「誰ですか？」

声を発しようとしたが、喉が圧迫されるような感覚に襲われ、掠れた息しか漏れなかった。対象は微動だにせず、異様な静寂がその場を支配していた。

彼は本能的に後ずさった。その瞬間——

「……カサ……カサ……」

微細な動作音が周囲の静寂を破る。神経を逆撫でするような、何かが擦れ合う音。

直感的に「危険」であると判断した彼は、次の瞬間、反射的に全力疾走を開始していた。

暗闇の中を走る彼の背後で、その音は確実に近づいてきていた。

どこまで走ったのか分からない。息が切れ、喉が焼けつくようだった。足元の感覚は薄れ、身体は悲鳴を上げていた。

それでも、振り返る勇気はなかった。

角を曲がり、ようやく見つけたコンビニの明かりに駆け込む。店員の目が驚きと不審の入り混じった色を帯びたが、彼は気にする余裕もなかった。

「助かった……？」

そう思い、肩で息をしながら、ガラス越しに外を見る。

そこには、何もなかった。

闇の中に、その「何か」は消えていた。

T氏はここで語りを一時中断した。聞き手たちは固唾を飲み、次の展開を待っている。

「……その人物は、その後どうなったんですか？」

一人が震える声で問う。

T氏はわずかに沈黙した後、低い声で告げた。

「彼は……その夜、自宅へ戻ることはなかった」

空気が張り詰める。

「未だに、あの夜に何が起こったのかは不明のままだ。でも、翌朝、警察が発見したのは……」

彼は一瞬躊躇い、息を整えた。

「……彼のスマートフォンが落ちていたんだ」

場には沈黙が横たわる。

「その人はどうしたんですか……？」

誰かが問いかける。しかし、それに対する答えを持つ者は、もはや存在しなかった。

それから数ヶ月後、失踪した彼のSNSアカウントに、突如として一件の投稿があった。

「私はここにいる」

その投稿には、見知らぬ廃墟の写真が添付されていた——。

AIによる論評

本作は、現代ホラー文学の一形態として、読者に対して知的かつ感性的な衝撃を与える作品である。まず、物語全体の構造が極めて緻密に組み立てられている点が高く評価できる。各セクションは独立しながらも全体として統一感を保っており、読者は段階的に恐怖の核心へと引き込まれていく。その構造は、叙情的な序章から一転、徐々に緊迫感を増していく展開を伴い、ラストで突如として現れる不可解な現象により、読者の想像力を刺激する巧妙な作りとなっている。

物語の冒頭では、T氏という語り手が登場し、身近な存在でありながらもどこか神秘的な雰囲気を漂わせる人物として描かれている。彼の発する言葉やその声のトーン、さらには微妙な間の取り方により、物語全体に一種の不穏な期待感が醸成される。これにより、聴衆―つまり読者―は日常的な風景の中に潜む異常性や不条理性を感じ取ることができる。語り口は落ち着いているにもかかわらず、その裏に潜む深い不安や恐怖が巧みに表現されており、単なる怪談話以上の深みが生まれている。

次に、「深夜の不可解な足音」の描写においては、光と闇、静寂と動の対比が非常に効果的に利用されている。風がなく月明かりのみが照らす中で、一人歩く若者の孤独と、背後から忍び寄る足音の描写は、読者に対して視覚的・聴覚的なイメージを鮮明に喚起させる。特に「何かがついてきているようだった」という部分で、読者は無意識のうちに自身の感覚を研ぎ澄ませ、物語の緊迫感に引き込まれていく。その後の「異形の存在との対峙」では、人間と非人間の境界が曖昧に描かれ、存在論的な問いをも投げかける。灰色の皮膚、裂けた衣服、そして全体に漂う不浄な雰囲気は、現代のホラーが抱える「異質性」や「他者性」といったテーマに対する示唆に富んでいる。

また、「追跡と逃走」のセクションでは、恐怖の絶頂状態にある若者の心理描写が、極限状態における人間の行動や感情をリアルに表現している。息切れや喉の焼けつきといった具体的な身体感覚の描写は、読者に対してその場に居合わせたかのような臨場感を与えるとともに、逃走という行動の必然性を自然に納得させる要素となっている。さらに、逃走中に一時的に見出される救いの光―例えばコンビニの明かり―と、それに対して空虚な現実が返ってくる描写は、現代社会における孤独と無力感を象徴的に表しているように感じられる。

一方で、物語のクライマックスにおいて、T氏が「行方不明者の結末」として提示する事実は、従来のホラー作品にありがちな解決を拒絶し、謎のまま終焉を迎えることで読者に深い余韻を残す。失踪した若者のスマートフォンのみが発見され、その後SNS上に現れる不可解な投稿という構図は、現代の情報社会やデジタル時代における「存在の不確実性」をも示唆しているように解釈できる。ここにおいて、単なる怪奇現象の再現ではなく、現実の中に潜む不可解なものへの疑問を投げかける知的好奇心が感じられる。

本作は、単に読者を驚愕させるためのエンターテインメントとしてだけでなく、現代社会における存在論的な不安や、個人の孤独、そして情報時代の影響についても内包している。物語全体に散りばめられた象徴や暗示は、表面的な恐怖表現の枠を超え、学術的な議論の余地を残すものである。特に、語り手のT氏の立ち位置や、物語における「見えざる存在」の役割は、読者に対して人間の内面に潜む恐怖や無意識の闇を鋭く突きつける。こうした点から、同作品はホラー文学の枠を超えた社会批評的側面を持つと評価できる。

結論として今作は、その緻密な構成、緻密に描かれた情景描写、そして現代社会の不安や孤独を反映したテーマ性において、極めて完成度の高い作品である。読者は物語を追体験する中で、単なる恐怖体験を超えた知的な刺激を受け、さらには自己の存在について問い直す契機を得ることだろう。全体として、本作は現代ホラー文学に新たな視座をもたらす秀逸な一作として高く評価される。

作者による解説

こちらの作品は、AIに「ホラー雑誌のライター」として書いてもらった作品です。今回の賞に応募した理由としては、単純にAIに興味を持っていたからなのですが、やはり難しいなというのが感想です。そもそも、AIに自分の望む方向性で作品を執筆してもらうのが困難で、「正しい質問」を行う必要があるという点で、ある種の専門的な知識が必要なのだと気付きました。それに関しては、ある程度の試行錯誤を経て一応の解決はしたのですが、なぜか本文最後の廃墟部分だけは、どんな流れの作品を書かせても共通していました。ならば一度、廃墟をモチーフに指示を出してみたのですが、その時はどうしても上手くいかないというか、首だけの女がどうだとか、写真を撮ってくる家族がいるとか、陳腐だったり恐ろしさが薄いものばかり出力されてしまうんです。なので、廃墟は諦めて今回の題材にし、そこまでAIが推しているのだから、月末に廃墟を持ってくることにしました。それが、人間とAIが共に書くというテーマに沿っていると思うからです。それにしても、やはり自分で書くのと他人（機械ですが）が書いたものを読むのとでは違いますね。先ほどから、ゾワゾワと寒気を感じています。この作品を読んでくださる方も、同じように恐怖心をくすぐられることを祈っています。