独白

 僕は人を殺した。ただし、ナイフだとか銃と弾丸だとか、そこら辺に落ちてるちょっと大きい石だとかあるいは己の拳でやったわけじゃない。

 僕は、「文学」で人を殺した。

 

 2020年8月23日発売「手を伸ばす」著者は「プロジェクト」。推定被害者数89名。発売から約二ヶ月後、その事件性が明らかになる。89という数字は、遺書に「手を伸ばす」に言及した文言があったケースだけを数えたもの。おそらくは、もっと犠牲者がいるはずだ。

 当然、マスコミもSNSも僕を非難した。簡単ではあったけれど警察の取り調べも受けた。とはいえ小説で人を殺すなんてそもそも無理な話なのはお互い理解していたし、僕は本当に人を殺すつもりで小説を書いたことはない。もちろんすぐ容疑は晴れた。でも、民衆はそう単純じゃない。

 「プロジェクト」としての僕にビッタリと押し付けらえた89人殺しの小説家という焼印。切り裂きジャックのように、そのあだ名は娯楽としてすら消費されるのだろう。当事者の気も知らずに。

 人生とは誰かの編集だ。その「誰か」の集合体が、今の僕を形作る。そんな僕が生み出した小説で最低でも89人が死んだのなら、一体誰の編集から出力されたものなのか。とはいえ、僕が著者なんだから当たり前のように知っているとも。知りたい?でもダメだ。だって、それは呪い。物語という伝染可能な呪い。この物語を知ってしまえば、きっとあなたも「手を伸ばす」を構成する不幸の物語に加わってしまう。あるいは、「手を伸ばす」を構成する不幸の物語があなたに加わってしまう。

 これは僕の独白。

 僕という「誰か」の編纂集合体。

 物語とは伝染可能な呪いだ。

 この本と紙切れ一枚を遺して、僕は命を断つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る