過多思い
空席のとなり
第1話
「凪、だいすき」
この夏。_______
僕は一人の少女に一目ぼれした。
7月、僕は父の転勤が決まり、東京からこの街に引っ越してきたばかりだ。まだなれない街並みを見ながらいつものように海辺を歩き登校していた。つんと冷たい風、きれいなさざ波の音と潮の匂い。あと、何故か甘い匂いがした気がした。
学校に着くとまだ僕に見慣れないクラスメイトたちは僕を囲うように話し始めた。僕はまだうまく馴染めない。みんな話を振ってくれるが曖昧な答えしか出せない。そんな自分が少し嫌い。そのままもごもごしていると聞き慣れたチャイムが鳴り、
「姿勢、礼」
「お願いします。」
日直が号令をかけると授業が始まる。僕の隣は鈴木花瑠。あまり喋らずおしとやかな印象の子だ。僕は教科書忘れがちで、よく花瑠には教科書を見せてもらっている。
「ごめん!今日も教科書忘れた。」
今日も案の定教科書を忘れたので、見せてもらった。
「しょうがないな、今日こそ寝ないって約束してくれたら見せてあげる。」
花瑠とは毎日それくらいの他愛もない会話くらいしかしない。僕は授業中よく寝てしまい、迷惑をかけてしまっている、、、。同じ班には花瑠の幼なじみの岡本蓮斗と渡辺乃々葉がいる。この2人は付き合ってるんじゃないかと噂になっていて今クラスではトレンドの2人である。この2人を見てると恋愛が恋しくなり、彼女が欲しくなる。
(えっと、彼女ができたら夏祭りに行って、花火大会に行って、紅葉を見に行き、イルミを見に行って、あれしてこれして、、、)
「皆さん!グループで班になってください。」
先生が言った。席の順番で班になるので、蓮斗、乃々葉、花瑠のちょうど4人班だ。蓮斗と乃々葉は当然のごとく2人の世界に入ってしまってずっと2人で話している。そしたら、必然的に花瑠と2人ペアになる。でも、僕は学校にいる中でこの時間が一番好きだ。
「凪、いっつも寝てるけど毎日何時に寝てるんー?」
まさか花瑠から話しかけてくれるとは思わず、ドキッとした。
「夜の1時くらいに寝てるよー」
僕は平常心を装ってカッコつけて返事をした。
「何して1時まで過ごしてるん?」
「友達とゲームしてるかな」
「私と電話してくれてもいいのになー」
僕は予想外の花瑠の解答にドキドキした。一瞬で今までの眠気がさめた。
「冗談だよ笑 私は最近Aっていうゲーム徹夜でやっちゃうくらい好きだよ」
冗談と言われてホッとしたけどどこか悲しかった。花瑠が好きだというゲームは僕もやっているゲームだった。
「そのゲーム僕も好き!」
思わず食い気味に返事をしてしまった。
「え、そうなの!今度一緒にしたいな」
その言葉に僕はあまりの衝撃と嬉しさで言葉を失った。それと同時に胸がぎゅっとなった。でも、授業が終わると目も合わせられないし、話しかけるなんて到底無理な話だ。目の前を通り過ぎるたびに、話しかけたいけど話しかけられない自分の無力さに失望する。
「……名前、呼んでみたいな」
小さくつぶやいた声は、誰にも聞こえないように、夏風に溶けていった。
その夜ゲームを立ち上げると花瑠からゲームでフレンド申請が来ていた。花瑠から送ってくれるとは夢にも思わなかった。眼の前の世界が180°変わったように輝いていた。
「鈴木さん左に敵いるよ気をつけて」
「わかったありがとう」
「てか、花瑠って呼んで」
「うんわかった……えっ!い、いいの?」
「もちろん!」
ゲーム内だけだけどエスコートするように心掛けた。このときだけは花瑠の彼氏になれた気がした。
この日をきっかけに僕たちは一緒にゲームをすることが多くなった。ゲーム中は電話を繋いでいる。この上ない幸せだ。だから、放課後のゲームの時間のために頑張ってると言っても過言ではないほどだ。学校では生徒同士で連絡先を交換してはいけないという厳しい校則が設けられている。はっきり言って時代遅れな校則だと思っている。だが、花瑠とはこっそり連絡先を交換してやり取りをしている。このスリルというか2人だけの秘密な感じがまた嬉しい。
放課後、教室に差し込むオレンジ色の光が、机の上を優しく染めていた。チャイムが鳴り終わっても、僕は教科書を鞄にしまう手を止めていた。
「なあ、放課後さ、凪と花瑠と俺らの4人で遊びに行かない?」
蓮斗と乃々葉が誘ってくれた。 蓮斗と乃々葉がめっちゃノリ気の中、僕の心は別のところにいた。隣の席。花瑠は、静かに窓の外を見ていた。風に揺れる髪の向こうで、何を考えているのかはわからない。
──花瑠。
最近、気になって仕方ない。ゲーム内では話せるけれど、実際花瑠を前にするとどう話しかけていいかもわからない。
「……どうする? 行く?」と乃々葉は聞いた。
その問いに即答できなかったのは、たぶん、花瑠のことが心のどこかに引っかかっていたからだ。
もしかしたら、花瑠も誰かに誘われて、別の放課後を過ごすかもしれない。
もしかしたら、僕が花瑠を気にしてることなんて、全然知らないのかもしれない。
でも。
もし、今日遊ばなかったら──
いつもの「じゃあね」が、少しだけ違う何かに変わる気がして。
僕は勇気を振り絞って、
「花瑠も一緒に行こ!」と言った。
そしたら花瑠は頷いてくれた。その瞬間嬉しくて飛び跳ねそうだった。
ピコピコと鳴るゲーム音の中、僕たち4人は並んでリズムゲームに挑戦していた。
「うわ! 蓮斗と乃々葉、息ぴったりすぎ!」
花瑠が笑いながらそう言った。
確かに、2人は見てるこっちが照れるくらいに自然体で、リズムゲームですら呼吸が合っている。
カップルって、あんな感じなんだろうか──ふと、そう思った。
「じゃあ、次は私と凪?」
花瑠がこちらを振り返る。指先で自分を指しながら、微笑んだ。
胸の奥がドクンと鳴った。僕の名前を呼ぶ、その声がやけに近く感じる。
「うん、いいよ」
隣に並ぶ。さっきまで見ていた画面が、急に遠くなったような気がした。隣の花瑠の存在感が、強すぎて。
「負けたらジュース奢りね?」
蓮斗はそう言って笑った。
肩がちょっとだけ触れた。たぶん、偶然。だけど、意識してしまって動きがぎこちなくなる。
音楽が始まる。ドン、カッ、ドン──リズムが合うたび、何かが少しずつ近づいていく気がした。
途中で彼女と視線が合った。
不意に笑うその顔が、少しだけ恥ずかしそうに見えたのは、気のせいじゃないと信じたかった。
そして曲が終わる。
スコアは、僕たちの負け。
「よし、凪、ごちそうさまっ」
笑いながら、自販機の方へ歩き出すカナ。その背中を見ながら、僕は思った。
この放課後は、もしかしたら少しずつ、彼女との距離を変えていくための一歩なのかもしれない、と。
家に帰えりながら「今日はありがとう」と連絡するべきか悩んでいた。送らないと距離ができてしまう気がした。けれど送るのも変じゃないか、引かれないか。と心配ごとが絶えない。その時だった蓮斗からメールしてくらい送ってやれよと連絡がきた。この言葉が背中を押してくれた。
「よし決めた。明日告白する」
次の日____
放課後の教室には、もう誰もいなかった。
机の間を吹き抜ける風が、カーテンをふわりと揺らす。
僕は、握りしめた手のひらに汗がにじむのを感じながら、目の前の花瑠を見つめた。
「どうしたの? こんな人気のないとこに呼び出して。もしかして……」
口元に笑みを浮かべ、小首をかしげた。
「ち、ちがっ……いや、ちがくはないけど……!」
自分でも何を言ってるのか分からない。喉が渇いて、声が裏返った。
「顔、真っ赤だよ? 大丈夫?」
いたずらっぽい瞳で見つめられ、僕は思わず視線を逸らす。
……いつもこうだ。花瑠は何気ない言葉で、簡単に僕の心をかき乱す。
「花瑠は、さ……」
息を整えて、もう一度、顔を上げた。
「花瑠はいつも何考えてるのか、ぜんぜんわかんないし……ドキドキさせてくるし……その、ずるいよ」
しどろもどろの言葉。でも、全部、本音だった。
花瑠は目を丸くして、ほんの少しだけ、頬を染めたように見えた。
「……ずるいのは、そっちでしょ」
「え?」
「そんなに不器用なくせに……いつも真っすぐで、一生懸命で。見てるほうが、ドキドキする」
花瑠の声が、いつになく優しかった。
僕は、思いきって言った。
「俺、花瑠のことが、好きなんだ」
「……」
一拍の沈黙。
教室の外から、部活帰りの生徒の声が聞こえてくる。日が傾き、窓から光が差し込む。
綾瀬は、ふわりと笑った。
「待ってたよ。ずっと」
そして、小さな声で続けた。
「私も、好き」
まるで夢みたいだった。
でも――彼女の言葉が、風よりも優しく耳に届いたとき、
僕は確かに、世界が少しだけ変わった気がした。
付き合えた瞬間、まるで長い冬が溶けていくような音がした。心の奥で凍っていた何かが、そっと動き出すのを感じたのだ。恋なんて、ただの偶然のすれ違いだと思っていた。でも、花瑠の笑顔は、運命という言葉を信じさせるには十分すぎた。こんなに可愛くて大好きな人が僕の彼女になるなんて。
帰り道、見慣れた街並みを見ながらいつものように海辺を歩き登校している。花瑠の温かい手と、きれいなさざ波の音と潮の匂い。あと、隣から甘い匂いがしている。
「花瑠、だいすき」
過多思い 空席のとなり @kn_0q
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