「運営AIに神認定された僕――バグまみれの世界で、チートも仲間もすべて手に入れる!」
Novaria
【第1話】序章の鐘
目覚ましのアラームが、けたたましく鳴り響く。
いつも通りの朝。
狭いワンルームの天井をぼんやりと見上げながら、藤堂遼はまた今日が始まってしまったことを実感していた。
「……はぁ」
気の抜けた溜息が自然と漏れる。
スマホの画面をスワイプしてアラームを止めると、SNSには誰かの楽しげな日常が流れている。自分には無縁の世界だ。
遅刻しないように最低限の身支度を済ませ、大学へ向かう。
満員電車の中、他人の顔を見るのが苦手で、つい下を向いて足元の広告ばかり眺めてしまう。
――今日も、誰とも話さずに一日が終わるんだろう。
大学の講義室。
同級生たちの笑い声が遠くで響いている。自分の席は、教室の一番後ろ。
「おはよう」と声をかけてくる人は、今日もいない。
休み時間、スマホを開く。
画面の向こうには、別の世界が広がっている。
遼が唯一、本気になれる場所――それがVRMMO《イモータル・ワールド・オンライン》だった。
現実の自分は、どこまでも地味で、冴えない。
親とも距離を感じ、家族との会話も減った。妹の真琴には、最近まともに顔を合わせていない。
“ここじゃないどこかでなら、自分も変われるかもしれない”
そんな淡い希望にすがるように、遼は毎晩のようにVRゴーグルを装着し、《イモータル・ワールド・オンライン》の世界へ飛び込む。
---
現実と違い、ゲームの中では自由だ。
自分の好きな姿で、好きなスキルを選び、誰にも邪魔されない冒険ができる。
遼のアバター名は「リュカ」。
種族もジョブも、自分好みにカスタマイズした。
この世界にいるときだけは、現実の悩みも不安も、すべて忘れられる気がする。
そんなある夜、ログインした遼の視界に、見慣れないウィンドウが突然現れた。
《重要なお知らせ:あなたは、特別な役割に選ばれました。詳細はゲーム内で通知します。》
「……なんだ、これ?」
不思議に思いながらも、遼は深く考えずにそのままゲームを続ける。
だが、それが――
自分の運命を大きく変える“神認定イベント”の始まりだったとは、まだ知る由もなかった。
---
翌朝。
遼は、教科書をバッグに詰めて家を出た。
通学路を歩きながら、昨夜の不思議な通知が頭をよぎる。
きっと何かのバグか、期間限定のイベントだろう。
だが、心のどこかで――「何かが変わるかもしれない」と、わずかな期待も抱いていた。
---
大学から帰宅すると、すぐに部屋の明かりもつけずにベッドへダイブした。
制服のまま天井を見つめる。心にぽっかりと穴が空いたような虚無感。
何かに期待しても、どうせ裏切られる。
そんな気持ちが心の奥で巣くっている。
ふと、机の上に置いたVRゴーグルが目に入る。
「……今夜も、少しだけ」と呟き、ゴーグルを手に取った。
装着してゲームを起動すると、一瞬でまぶしい光に包まれた。
現実世界から解き放たれる、その瞬間だけが救いだった。
いつもの広場に降り立つと、周囲はプレイヤーで溢れている。
誰もが楽しげにチャットし、ギルドやパーティの誘いが飛び交っている。
――だけど、遼は今日も一人だ。
「リュカさん、クエストご一緒しませんか?」
ふいに、どこかで聞き覚えのある声がかかった。
振り返ると、低レベルのプレイヤーが二人、不安そうにこちらを見ている。
「いいですよ」
リュカは自然にそう返していた。
現実ではできないことも、この世界なら素直に言える。
初対面でも臆せず仲間になれる。それがゲームの良さだった。
簡単なクエストを手伝いながら、二人の新人プレイヤーと他愛ない会話を楽しむ。
ふとしたとき、「ここでは自分も誰かの役に立てている」と実感できる。
その小さな幸せが、遼の支えだった。
しかし、クエストの終盤。
画面の端に再び、あの奇妙な通知ウィンドウが現れる。
《重要:本日深夜0時、特別プログラムが開始されます。対象:ユーザー“リュカ”》
遼は思わず息を呑んだ。
「……またか。まさかBANとかじゃないよな」
だが、不安と同時に胸の奥がざわつく。
自分の何が“特別”なのか、わからないまま、夜が更けていく――。
---
夜が更け、時計の針が深夜0時を指したその瞬間――
「リュカ様。システムより特別プログラムが起動します。ご準備をお願いします」
耳元で聞き慣れない声が響いた。
周囲の音がすべて消え、景色が白く染まる。
気づけば、リュカは真っ白な空間に立っていた。
足元には何もなく、遠くに光の粒がゆっくり舞っているだけ。
「え、ここ……どこだ?」
まるで夢の中にいるような不安感。
すると、目の前に柔らかな光が集まり、やがて人の姿――少女のようなシルエットが浮かび上がる。
「初めまして、ユーザー“リュカ”様。私は本ゲームの運営AI、“アリア”と申します」
透き通るような銀髪と、機械的なのにどこか優しげな声。
その少女――アリアは、まっすぐこちらを見つめていた。
「え、運営AI……?」
「はい。あなたのプレイスタイルはシステム規定を大きく逸脱していますが、それこそが人間らしい自由な発想と判断されました。よって、本日付で“神”の称号を授与します」
思わずポカンと口を開けて固まるリュカ。
「……え、神? 俺が?」
「はい。あなた専用の隠しマップ、特殊スキル、特別イベントが解放されます。詳細は、後ほど直接ご案内いたします。おめでとうございます、“神”リュカ様」
淡々と告げるアリアの言葉は冗談のようだが、ウィンドウには確かに“神認定”の文字が輝いていた。
状況が呑み込めないまま、光に包まれるリュカ。
気づけば――
そこは見たこともない、神話のような幻想的な大地だった。
こうして、藤堂遼――リュカの運命が、静かに動き出す。
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