その翡翠き彷徨い【第56話 998年、秋】

七海ポルカ

第1話



 998年、秋。



 メリクはエデン西北の街サラグリアにいた。


 旅を供にするエドアルト・サンクロワとは別行動をしていて、丁度待ち合わせの場所として彼を待っている時期だった。

 エドアルトはメリクと寝食を共にして、常に傍らで彼から魔術及び世界の知識などを学んだがメリクの勧めから、定期的に彼の元を離れ貴族の依頼を受けたり大陸ギルド協会の傭兵らと短期間契約をしたりして、己の技を研き確かめる機会を持つようになっていた。

 メリクは彼のいない間はどこへ行くも自由だったし、大体このくらいの時期にここで落ち合おうという感じで約束を交わせば、再会を果たしまた二人で旅をする。

 そういう生活を繰り返していた。


 待ち合わせ場所にはメリクが先に辿り着くこともあったし、エドアルトが先に来て待つこともあった。

 今回はメリクの方が先に辿り着いたらしい。

 サラグリアは大きな商業都市なので冒険者が夜通し辿り着いては出発する。

 その為遅い時間まで酒場も開いているし常に街のどこかが賑わっていた。

 メリクは宿を取るのはエドアルトと合流してからでいいだろうと思い、数日間を酒場や街角で吟遊詩人として手琴を爪弾きながら過ごしていた。


 その日は朝から少し街を出て、周囲をぶらぶらと散策した。

 街の北東にはエデン大陸を東西に分ける大きな山脈が走っていた。

 ここは旅の難所なので、よほどの装備がない限り北のガルドウーム方面に迂回をして海路か陸路でエデン東部に行くのが主流だった。

 ゴツゴツとした山肌に一カ所ふさふさと緑の生い茂る、丁度良さげな寝場所を見つけたメリクは、そこに横になると気持ちの良い昼下がりからずっとうたた寝をしていた。

 夕刻になって目を覚ますと、北東の山に夕陽の黄金色の光が当たって険しい山の陰影を不思議な優しさで浮かび上がらせていた。

 その黄昏時の一瞬をメリクはあぐらをかいた姿でぼんやりと眺めた。


 やがてその陽も沈むと彼は腰を上げサラグリアへの道を戻った。



 夜の街は今宵も賑やかだ。


 様々な格好をした人間達が大陸中から集まって過ごしている。

 エドアルトはまだいないようだった。

 メリクはあまり腹も空いてなかったので、グラス一杯でも飲みながら夜を過ごせるような場所を探して街を徘徊した。

 やがてほどよい感じの店を選びふらりと立ち入ると、賑わう店内でも迷う事無く座れる場所を見つけるとそこに難無く座る。


 メリク自身はあまりエドアルトの存在によって、自分を変えようという意識はなかったが、さすがに二人でいる時は基本宿は取るようになった。

 もちろん取れない時はエドアルト共々街角でゴロ寝ということにもなるのだが、メリクとしては少年と出会う以前は、基本形が宿無しの生活だったので、むしろこういう夜の過ごし方の方が身に染み込んでいる。

 しかし旅を始めた最初の頃はそうではなかったなぁと、ふとメリクは時間を潰す過程で思い出していた。


 最初の頃は酒場のこの賑やかしい空気も彼は苦手だったのだが、そこに溶け込む術を身につけてからは苦痛ではなくなっていた。

 


◇   ◇   ◇



「……じゃあ……最近北の方で不死者が多く出没してるっていうのは本当なんだなあ」


 近くの席に旅人らしい三人組が座った。

「今は避けた方がいいかもしれんな」

「北っていうと……アリステアとかか?」

「いやアリステアは元々魔力的な観点から、そういうのが留まり難い土地なんだってよ」

「それよりあれだ……サンゴール王国の方がマズいって話だぜ」

「サンゴール?」


「サンゴール王国の東に【竜の墓場】っていう場所があってそこがな、代々王位継承者が成人する時に、竜の首を狩って捧げるって風習があって、こーんなでっけえ竜の頭部とか骨とか死骸とかがそこにはゴロゴロしてるらしいぜ。

 そんな曰く付きの場所だから、不死者や魔物を結構呼び寄せやすいんだと」


「うおー竜かぁっ!」

「どうやってそんなの斬るんだろうな。俺達なんか命からがら逃げるのがやっとだぜ」

「バーカ魔法だよ。女王アミアカルバの武が最近じゃ前面に出てるけど、元々サンゴールは魔法大国だぜ。中でも王族は凄まじい魔力を持って生まれるんだとか」

 三人の男達は酒を飲み始めて話に没頭し始めた。

「サンゴールの宮廷魔術師団は有名だもんな。こりゃ俺らみたいな傭兵に出番はなさそうだねぇ」


 それがそうでもないんだよ、と一人が言う。


「どうやらサンゴール王国、最近情勢不安定らしいぞ。女王アミアカルバの後継が色々と決まんないとかでな……」

「後継って……あの国王子が一人いただろ?」

「その次だろ問題は。その王子が妃を迎えないからさ。女王には娘がいるが、サンゴールは王女には王位継承権は与えないのが慣例だからな」

 サンゴールの内情に詳しい者が、どうやら一人いるようだった。


「その王子っつーのがまた厄介なんだよ。ほら……例の……」


魔眼まがん】……、という囁きと驚きと嘲笑が入り交じった声がした。


「並の魔術師が束になっても敵わねぇ魔力の持ち主なんだと」

「怖いねぇ。それは花嫁も命がけだ」

「でもその王子、最近臥せってるって聞いたぜ」

「いつ?」

「いやこの前立ち寄った街で。十日前か? サンゴール方面からやって来たっていう商隊から聞いたから間違いないぞ。サンゴールは最近外も内も情勢不安定で城下町にも以前みたいな活気がないって」

「へえー。あのサンゴール王国がねえ」

「【魔眼】なんぞ持ってても病にかかるのかよ」

「所詮人の子ってことさ」

「しっかし不死者相手じゃ俺達みてえな剣じゃ無理だな。いずれにせよ魔術師連中にお任せだ」


 違いねえな。

 男達は笑った。



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