Scene14:不甲斐なさ

ひとつの命が、消えたはずだった。

けれど、叫びも、涙も、どこにもなかった。


そこにいたのは、抜け殻のような翠と、沈黙に耐えきれず苛立つ俺だけだった。


 (なんなんだよ……全部、こんな風に終わるのかよ)


とっくに息を呑むのも忘れていた。

代わりに、胸の奥で泡立つようなざわめきだけが、しつこく耳の奥にまとわりついていた。


 「……翠」


呼びかけても、返事はなかった。



翠は、膝をついていた。

俯いたまま、肩がわずかに震えている。


蓮の喉奥で、低く唸るような音が漏れた。


――どうすりゃいいんだ、これ以上。


「……クソが」


ぼそりと呟いて、俺は翠の隣にしゃがみ込んだ。

追跡の機会は……もう、消えかけている。


でも――まだ、追えるかもしれない。


「翠、今ならまだ――」


「……やめて」


その声に、動きかけた身体が止まった。

翠は、和真がいた時と同じ“空気”を纏ったまま、動けずにいた。


ひとつの命が、消えたはずだった。

けれど、叫びも、涙も、どこにもなかった。


そこにいたのは、抜け殻のような翠と、沈黙に耐えきれず苛立つ俺だけだった。


(なんなんだよ……全部、こんな風に終わるのかよ)


とっくに息を呑むのも忘れていた。代わりに、胸の奥で泡立つようなざわめきだけが、しつこく耳の奥にまとわりついていた。


「……翠」


呼びかけても、返事はなかった。


翠は膝をついたまま、床を見つめていた。まるで、その一点にすべての感情を押し込めているように。


「……あいつ、連れてかれたんだぞ。魂ごと。分かってんのか?」


黙ってるその背中が、妙に小さく見えた。


不意に、どくん、と胸が痛む。俺の中にいる“何か”が、ザワついた。


――九尾。いや、違う。


もっと原始的で、獣じみた何かが、喉の奥で軋んでいる。


そのときだった。


翠が、ゆっくりと顔を上げた。


「蓮……」


潤んだ瞳は、けれど涙を零すこともなく、まっすぐに俺を射抜いた。


「俺……見てた。鳳城さんが、何をしたのか……」


その声は震えていたけれど、どこか、冷えた湖面のように静かだった。


「和真の魂……俺、止めなかった」


そして――ぽつりと呟いた。


「……あの時、手を伸ばしてたら、間に合ったのかな」


胸の奥に棘が刺さる。


(……違う。手を伸ばせなかったんじゃない。――伸ばさなかったんだろ?)


けれど、それを口に出すことはできなかった。


「もういい。後悔しても意味ねぇ」


俺は、強引にその言葉を断ち切った。


「まだ終わっちゃいねぇよ。和真は消えてねぇ。取り戻せる。やるなら今だ。……今しかねぇんだよ」


言葉に勢いをつけながらも、どこかでわかっていた。


俺の温度とは別に、翠の中の冷静さが――妙に引っかかっていた。


翠が、じっと俺を見つめていた。言葉もなく、ただ、その瞳だけが――どこか、遥か先を見据えているようだった。


その視線に、一瞬、鳥肌が立つ。

あれは、翠じゃない“何か”が、奥底で蠢いているようで――


(なんだよ……お前、どこまで分かってる?)


俺は、静かに立ち上がる。


「行こうぜ、翠。和真を取り戻す。それが……今の、お前と俺の“繋がり”だろ」


ほんの少しだけ、翠の影がぐらついた。

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