第2章:呼ばれたのは、誰――?Scene1:きっかけ。
「これ見て。さっき拾ったんだけど」
特別な宝物でも見つけたかのように、声を弾ませていたのは、川崎由奈だった。
秋の終わり、修学旅行の最終日。
観光名所として知られる古い街並みの裏路地を歩いていた。
表通りには古民家をリノベーションした小料理屋やお茶屋が並び、学生でも入りやすいカフェや古着屋も点在していて、にぎやかだった。
自由行動の時間を利用して、仲良し4人でお土産を探したり、カフェでひと休みしたりしているうちに、集合時間がすぐそこまで迫っていた。
人混みの表通りを避け、少しでも早く戻れるようにと、静かな裏路地を選んだ。
石畳が続く道の脇には、淡竹や庭木が整然と植えられ、空気も澄んでいる。
もうすぐ夕暮れ。道を照らす光が、柔らかなオレンジへと変わり始めていた。
「急がないと集合時間に間に合わないよ」
「大丈夫だって、置いて行かれることはないから。ははは」
「もぅ……ほんと、マイペースなんだから、由奈は」
先を急ぐふたりに遅れないように、ゆなも足を速める。
裏路地に沿って、細い水路が静かに流れていた。
水はちょろちょろと絶え間なく流れ、底の石まで透けて見える。
その清らかさに、ふと好奇心が芽生えた。
(もしかしたら魚がいるかも……)
水路を覗き込もうとした、その時――
石畳のすぐ脇、水路の縁。湿った土の中から、小さく金色の光が覗いていた。
しゃがみこんで、そっと拾い上げる。
それは、親指の爪ほどの小さな鈴だった。
紫の紐が結ばれていて、少し土にまみれている。
――誰かの落とし物、かな。……でも、なんだか、違う。
両手でやさしく転がしているうちに、詰まっていた土がこぼれ落ち、
やがて、鈴はその音色を奏で始めた。
ヂリン……ヂリン……
古びた金色の鈴が、手のひらの上で澄んだ音を響かせる。
表面には細かい傷があったけれど、瑠璃のような光沢が残っていて、まるで猫の目のようだった。
由奈は紐を持って、耳のそばでそっと揺らす。
チリーン、チリーン……
金属の音とは思えないほど、澄んだ高い音色。
その響きに、由奈は一瞬で心を奪われた。
――この鈴、欲しい。
新しい宝物を見つけた子どものように、胸が高鳴る。
「由奈、早く!」
遠くから声が飛ぶ。提灯の影が、赤く石畳に落ちていた。
どこからともなく、甘く湿った香のようなものが鼻先をかすめる。
「はーい!」
ギリギリ集合時間に間に合った私たちは、バスの前で息を切らしていた。
「ほんと、間に合わないかと思った」
「ねぇ、あの小川先生の顔、見た? めっちゃ睨んでたよ」
ともみの一言に、私たちは一斉に振り返る。
バスの前に立つ小川先生と、目が合った。
「うぇっ、キモ……目が合ったし」
「私も見られた!」
「見て、小川先生の頭の上……じゃなくて、あのバスの上。カラスが、じっとこっち見てる」
「ぷぷっ。笑える」
見上げると、観光バスの屋根の端に、一羽のカラスがいた。
黒く光る羽をふくらませて、じっと動かず、こちらを見下ろしている。
ひとしきり笑ったあと、鞄の内ポケットに忍ばせていた鈴を、ゆなは取り出した。
「さっきね、いいもの見つけちゃった」
「なによぉ、もったいぶっちゃって」
「ふふふ……じゃーん!」
自慢げに広げた両手の中で、金色の鈴がきらりと光る。
「……鈴?」
「うん、めっちゃいい音するよ! とにかく、聞いて!」
チリーン、チリーン……
由奈が嬉しそうに揺らすその音に、ふたりは顔を見合わせた。
「うーん。ただの鈴だな」
「……うん、鈴ね」
2人の反応は、由奈の期待とは違っていた。
けれど、由奈は負けじと、もっと近くで聞かせてみる。
――りーん、りーん。
「えっ、いい音じゃない?」
「……まあ、由奈が気に入ってるなら、それでいいんじゃない?」
2人はそう言って微笑み合い、由奈もそれ以上は何も言わなかった。
ただ、掌の中の鈴だけを――じっと、見つめていた
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