何かを出来るようになって行くって、こんなにも嬉しい。

とても面白く興味深かったです!

こういった「受験はこういう風に乗り越えよう!!」的な話は、正直あんまり興味がありません。
いわゆる塾講師や流行りの参考書の「楽しんで得点をあげろ!」みたいなものも、その楽しんで勉強しない奴は馬鹿だみたいなノリが受験生の時も非常について行けず苦手だったからです。

しかしながら、「受験の厳しさをあの子と同じ学校に行く為に頑張ろう!」などという御伽噺も、具体的にどう頑張ったのかを一切書かずに、想いだけ重ねて誤魔化し「これだけ大好きなら頑張れるだろう」みたいに描く青春ドラマも、現実味が無くてどうも好きになれません。


具体的にあの中学三年生、高校受験という時期に、どういった勉強方法をすればいいのか。分かりやすい塾講師のような説明を、たまたま会った図書館のおじさんがしてくれるという「塾」というあの閉鎖的な空間に行かずとも学べるという面白さと、


一番気に入ったのが、好意を抱いていた白石さんへの気持ちが、さほど前面に打ち出されなかった展開です。
この描き方が非常に気に入りました。
具体的な勉強方法のコツで、主人公が目が覚めたように何かを吸収した時に、女の子への興味で気が散る描写が多いと、多分非常に腹が立った気がします。
しかしこちらの話は最初の導入からすると、白石さんと同じ学校に行きたいから頑張る話かな、と一瞬思わせといて、実はそうではありません。

今まで勉強をして来なかった自分、
今まで勉強の仕方を分かってなかった自分、
今まで賢くなる意味が全く分かっていなかった自分、

そういう自分じゃない、
自分の中にある可能性と出会えた喜びを重視する話になっています。

かといって白石さんへの憧れがどうでもいいわけではなく、何かの勉強が分かるようになるたびに、彼女との距離が近くなっていき、同じ「知識と向き合わなければならない時期を真剣に過ごす同志」として、ベタベタもせず、かといって無関係でもなく、時折話しかけた時に、白石さんが主人公のことを「真剣に勉強しているひとだ」と段々と理解して、打ち解けて行ってくれる感じがあり、
その様子が主人公が煮詰まった時に、ふと安心させてくれるような存在として描かれているのが非常に心地よく、美しかったです。

人間、何かに猛然と集中しなければならない時は、

何か一つに集中しなければなりません。

そこは、文字として書かれていなかった部分ですが、作品全体でそのことは語っています。

逐一、家族との団欒ややり取りなどが描かれてないのもいい効果を生んでいます。

集中している時に余計な人物との関係性は書かない方がいいのです。
ただ、受験が差し迫って来た時に「気づけば母親が何も言わず夜中に軽食を置いてくれるようになっていた」「父親は口下手なたちだが、ある時シャーペンを置いてくれていた」など、ただそれだけの短い文章でも、彼の家族にもどんな心境の変化が一年の内にあったのか、全て何から何まで書かずとも、ちゃんと描かれていました。


こんな風に全ての人が頑張れるわけではないですが、

この物語を見て「いいなぁ」と思ったとしたら、
その人たちは自分にとっての「田村さん」や自分にとっての「白石さん」みたいな存在にもし出会えたら、彼らをとても大切にして、自分の力や糧にする気がします。


こうやって頑張る人もいるのか。


そんな風に思わせてくれる、現実感と、理想像。

どちらも誤魔化したり曖昧にすることなく、「一年間勉強に取り組んでみる」という話がしっかりと集中して描かれていて、非常に好感が持てた作品です。

何を描きたかったのかがとても明確に伝わって来る。

素晴らしかったです。

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