第6話:花盗賊(お題6日目:重ねる)
竜族の聖域は、フィムブルヴェート西の果て近くの森の奥に存在する。最も濃い『霧』の壁と隣接し、
ゼファー達は、聖域を見下ろす丘の上から、それを目の当たりにすることになった。
白く焼けた大地が広がり、生命の息づく気配は無い。その先には真っ白な『霧』が立ち込め、その向こうに何が存在するのか、知ることはかなわない。
「現ヴィフレスト王は、『霧』と『鬼』の力を使いこなしてみせると覇を唱えているんだ」
チャクラムを返してもらったカイトが、『霧』の壁を見つめて、拳を握り締める。
「過去、フィムブルヴェートでは多くの野望を抱いた者が、『霧』を我が物にしようとして失敗し、災厄のような『鬼』と化したというね」
ゼファーが竜王から伝えられた過去を思い返すと、カイトは首肯する。
「その中でも最大級の災厄、『ユミール』を倒したのが、リヴァティ王さ」
「災厄の危険さをわかってて、その子孫がそんな馬鹿げたこと言ってんのか?」
カラジュが呆れるのももっともだ。『霧』によるフィムブルヴェート崩壊の危機を救った英雄の子孫ならば、『霧』がいかにひとの手に負えないものか、代々伝え聞いているはずだ。
「それでも」
カイトは表情に翳りを落とし、軽くうつむいて呟いた。
「ヴァーリ王には、誰の言葉も通らない」
そのヴァーリという者が、現在のヴィフレスト王なのか。主君の過去を知った今、彼女の半身の血を継ぐ者といつか対峙しなくてはいけない事実が迫って、ゼファーは無意識に耳を触った。
三人はしばらく丘から聖域を見下ろしていたが、誰からともなく歩き出す。深い森は去り、岩場に囲まれた、遠い昔には都市と都市を繋いでいたのだろう、がたがたの街道をゆく。
「で、お前」
最初に無言の時間に耐えられなくなったカラジュが、カイトに声をかけた。
「ヴィフレストに対抗するって、あてはあるのかよ」
「ある」
先頭をゆく少年が振り返り、深々とうなずいた。
「僕らはさるお方をリーダーに、レジスタンスを結成している。正義はある」
『正義なんて、人間が我を通す為にでっち上げた言い訳』
南方の反乱鎮圧を目にしたクリミアが、呆れ切った様子で念話を送ってきたのを思い出す。カイトの言う正義は、果たして本当に正しき義なのか。
(それも、『さるお方』に会って、確かめるしか無い)
無意識に耳を撫でていたゼファーのその耳に。
「おーい、ゼファー!」
嬉々とした様子のカラジュの大声が突き刺さった。見れば彼は、鉄扉によって閉じられた岩山の前で、ぶんぶん手を振っている。
「これ、なんかの遺跡じゃね!?」
「わ、わかったから叫ぶのはやめて。ヴィフレスト兵はどこに潜んでいるかわからないんだ」
カイトが慌ててたしなめるのもどこ吹く風。きょうだいは扉に取り付き、錆びた表面をべたべた触る。
「聖域の近くにこんな遺跡があるなんてなあ。なんか触っちゃいけねえ意味あんのか?」
確かに、歴代の竜族が調べていてもおかしくない。あまりにも不自然な存在に、ゼファーが眉をひそめると。
「おっ。お宝探検隊かい? でも、譲らないよ」
頭上から高い声が降ってきたかと思うと、竜兵並みに軽やかに岩山を蹴る音がして、小柄な影が太陽に照らされて地面に落ち、ゼファー達の前に降り立った。
ばさばさの茶髪を高い位置で束ねた、鋭い瞳を持つ少女だった。カイトと同じくらいの年齢だろう。
「遺跡ハンター、マグノリアことマギー様と探索する花を重ねることは、許さねえからな!」
はすっぱな口をきく少女に、ゼファーもカイトもカラジュも呆気に取られてしまう。しかし、はたと最初に我に返ったカラジュが、
「なんだあ!? 人間のガキが、いきがってんじゃねえよ」
「いきがってんのはどっちかなあ、おにーさん?」
マギーと名乗った少女はけたけた笑いながら、金属、おそらく真鍮の花らしき、手のひら大の紋章を取り出す。五枚の花弁を開いたそれは、一見なんの花かわからず、用途も不明だ。だが、少女がここでこれを取り出すということは。
「探すの大変だったんだからよ〜、お宝はこれっぽっちもやらないよ!」
「あ、待ちやがれ、花盗賊!」
「遺跡ハンターと言いやがれ!」
カラジュと言い争う間にも、マギーは入口の扉にあった凹みに、真鍮の花をはめ込む。
……が、何も起こらない。
びゅおおおお……と、風が虚しい音を立てて吹き抜けてゆく。
「な、なんだよビビらせやがって!」カラジュが上手を取り戻したとばかりにマギーを笑い飛ばす。「なーにが遺跡ハンターだ!?」
「うるっさ! 黙れトマト頭!」
「トマ……!? ひとの髪色おちょくるんじゃねえ!」
カラジュがマギーのもとへずんずん歩み寄ってゆく。背の高い竜兵と、小柄な花盗賊は、お互い目一杯首を傾けて睨み合う形になる。
「……止めた方がいいかな」
「……そうだね」
ゼファーがカイトと苦笑を交わした時。
ずん、と。
地面が揺れる音と共に、カラジュとマギーの足元が突然崩れ落ちた。
「え」「あ」
「アアアアア〜!!」
ゼファー達が駆け寄る余裕も無く、二人は穴の底へと消えてゆく。
「扉じゃなくてこっちが入口!?」
「わからない」
ゼファーはカイトと共に穴に近づき、自分達も巻き込まれない程度に覗き込む。一寸先は闇で、二人がどうなったかもわからない。
「彼女は自業自得だけど……」
カイトが眉を垂れてこちらを向く。言わんとすることはわかる。カラジュは大事なきょうだいだ。助けない理由が無い。だが、マギーはやましいことで銭を稼いでいる少女のようだ。知り合いでもない彼女を助ける理由は無い。
それでも。ゼファーはいつの間にか触れていた耳から手を離して、腰の短剣を抜く。
「それでも、目の前で困っているひとを助けられなかったら、君達レジスタンスを助ける資格も無いだろうね」
「ゼファー……」
感銘を受けた、とばかりにカイトがゼファーの名を呼んだ。
「カイト、君はここに残って。君まで危険な目に遭う必要は無い」
「今更だよ」
ゼファーの提案に、しかし少年は苦笑を返す。
「竜族の聖域に向かうのだって、命懸けだったんだ。それ以上に危険なことなんてあるかい?」
二人の決意は重なったようだ。それ以上の言葉は必要無かった。
ゼファーとカイトは顔を見合わせて同時にうなずくと、空いた穴へと身を躍らせた。
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