魔力0で魔王にはなりましたが、正直なところ部下の期待が重いので、『後方腕組み静観魔王』としてやっていこうと思います。

沙悟寺 綾太郎

第1話 魔王の誕生……とその裏側。

 

 そこは、帝の座す帝国。その宮殿。

 煌びやかな黄金の装飾に、白く輝くような大理石の一座。


 汚れやほこりは愚か、もはや穢れというもの全てを拒絶するような、いと美しき場所。

 艶やかで鮮やかな純赤のカーペットは、帝王の座する領域、玉座へと続いていた。


 そして、その眼前。玉座の前に集いしは、三つの影だった。


 この国、《真紅の国クリムゾン・ランズ》における五名の将達のうちの三名。


「呼ばれて御目通りに来てみたものの……果たしてその甲斐あるのかねぇ」


 一声を上げたのは、空の玉座の前。胡座を描いた女。

 獣魔族と呼ばれる一族の長、ユイラン・ファンシーだった。


 吊り上がった目と金色の獅子の如き髪に、ネコ科の生物的特徴である尖った三角の耳。胸部には最低限の薄い当て布を、腰部には獅子の毛皮を纏った女だ。


「ったく、さっさと済まして戦場に帰りたいぜ」

 

 細身ながらも、鍛え抜かれた小麦色の肉体を前にしてはいかに名剣、名弓の類であっても傷をつけるという想像すら憚られる。


「……不敬。これから我らが新たな魔王様を眼前にすると言うのに、なに? その態度は? それに、そんなボロ雑巾のみたいな衣服。不敬を通り越して、不快」


 それに連なる二声目は、静かに響いた。


「あ? 喧嘩売ってんのか? ノーディア。我が一族において、鍛え抜かれた肉体こそが正装。それをコケにするのは、許せねぇなぁ?」


「猫は猫らしく、にゃあとだけ鳴いていればいい」


 こつんと、杖の石突が床を打った。

 魔術師──ノーディア・リツキ。


 ユイランとは真逆に、極端に露出の少ない黒のローブ。表情の見えない仮面のようでありながら、それが逆に美術品の如き、風貌の一旦をになっていた。


「あ? てめえ、インテリの癖に頭まで悪くなりやがったようだな。はっ、その無駄な胸の肉に吸い取られてんじゃねぇか?」


「ふ、嫉妬はみっともない。どうやら脳がスポンジみたいに筋肉に締め上げられてるよう。直してほしい? 荒療治になるけど」


「ほお? 出来んのかよ、杖がなきゃ何も出来ねえ、乳袋が」


 二人を取り巻く空気は急激に膨らむように揺れ動いた。

 体全身を包んだ二人の魔力の本流の影響であった。


 燃えるような赤の魔力がユイランの体から揺らめき、対して、凍てつく氷のようなノーディアの魔力は静かに空気を研いだ。


 まさしく一触即発、剃刀の刃を渡るような緊張感が宮殿に満ちる。

 そして、一瞬の沈黙ののちに、


「──ぶっ殺す、インテリ豚」

「──やってみれば? 筋肉雌猫」


 神速の拳と、杖より発した光の束が互いに向けられ、繰り出された。

 しかして。


「おっと、そこまでだよ? 二人とも」


 両雄が激突するその直前、両雄の狭間に雷が落ちた。

 否、それは雷を纏った槍の一振りであった。


「「っ!?」」


 同時に、ノーディアとユイランの動きが完全に停止する。


 純白の髪をクラウンハーフアップ纏め、金色の瞳を二人へと向けた少女。

 同時にそのウェディングドレスを想起させる純白の衣装が揺れ動く。


「喧嘩はダメ、だよ? 二人とも。新たな魔王様への初の御目通りなんだから、仲良くね?」


 その場の誰とも違う独特の魔力を漂わせる少女は、和やかに二人に笑いかけた。


「……ちっ、わぁったよ」


「分かった、大人しくしてる」


 二人は口では了承し、互いに一歩退いく。


「うん。いい子だね」


 満足そうに頷いた後で、少女は振り返り、玉座へと深々と頭を下げた。


「お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ございません──陛下」


「「なっ!?」」


 瞬間、ユイランとノーディアに緊張が走った。


(く、いつからそこに居やがった!)

(あり得ない、魔力を探知できないはずがないのに……!)


 咄嗟に二人は、声の主より距離を取る。


「良い。遥々戦場より、俺のために馳せ参じたのだろう? ならば、不問とする。が、二度はない、そう心得ておけ」


 玉座の上、退屈そうに首をもたげた銀髪の魔族の青年。

 瞬く間、その鋭き眼光が放つ絶対零度の如き、冷酷なオーラによって場は支配される。


(くっ、これはかなりの化け物か)


 ユイランは、反射的に逆立った尾を一瞥し、顔を苦く歪ませた。


 これまで多くの戦場を渡り歩いたが、ここまでの反応を見せたことはなかったからだ。


(この俺の五感が探知できず……あの様子じゃ、ノーディアの魔力探知にも引っかかっていない。あいつ、どんな魔術を使いやがった)


「陛下。では、我らが五将。二名は戦地に残り、この国に尽くしております。そのため、三名。些末ではありますが、名乗らせていただきたく思います」


 二人の動揺をよそに、少女は続ける。


「わたくしは五将にて筆頭の地位を頂いております──レーゼ・ラインにございます。今より、陛下の手となり足となり、この身を粉にして尽力してゆく覚悟でございます」


 純白の少女、レーゼ・ライン。魔界においても希少種とされる吸血鬼族の生き残りにして、究極とさえされる魔術を使う稀有な存在。


 歳を取らず、その実力の底も、生まれも、何もかもを明かさぬまま、実力のみによって将筆頭へと上り詰めた傑物。


「……他の者たちは?」


 跪き、忠誠の意を示した少女を見下ろしていた圧倒する強者の視線。それは、その背後にて茫然と立ち尽くす二人へと向かった。


(や、やばいっ!)


 咄嗟にユイランは片膝を降り、平伏する。皮肉なことに、ノーディアと寸分違わぬタイミングだった。


「いや、すまん。名乗れと言っておきながら、俺こそ名乗っていなかったな」


 ふっと吹くように笑い、青年は立ち上がる。静粛に、それでいてあまりにも厳かに名乗りを上げた。


「──俺は、ゼロ・フラグメンツ。この度、戴冠選抜を勝ち抜き、お前たちの王となった者だ」


 威光。ゼロという青年の言葉より振り翳され、自ずとユイランとノーディアの脳裏に横切った単語だった。


「……が、先代のように忠義を無理強いをするつもりも、貴様らを当てにするつもりもない」


「御意」


 レーゼは頭を垂れたまま、返答をした。それに対して、いまだユイランとノーディアは動揺の中にあった。

 

「では、そちらの二人も名乗れ」


「は、はっ! 私は……」


 ユイランとのノーディアにはこの視線を向けられるまでは、新たなる魔王の眼前に立つまでは、多少なりとも疑っていた。


 稀代の魔王とさえ言われたその実力を。

 しかし、もはや──二人に服従以外の選択肢は、存在し得なかった。


***

 

 それは数秒前の出来事であった。


「え、えー、なんかやばくない? めっちゃ空気悪いんだけど……」


 王宮内、王座の左後方。伸びる隠し通路の影から見ていた青年は、玉座の前に流れる緊張と気まずさに、玉の汗を浮かせる。


「こ、これ、ほんとに俺なんかが出て行っていいんですかね? 師匠?」


 その周り、少なくとも青年のその声が届く範囲には、誰もいない。しかして、その胸に抱えられた魔導書が淡い光を放つと同時に、幼さの残る少女の声が響いた。


『おい、ゼロ。早く行かんか。こうして、見ていても状況は何も変わりはしないのだぞ』


 それは、すでに失われたとされる魔法の数々と数百年前に魔界を制した存在を封じられた魔導書。

 名を、《ラグナロク》。


「わ、分かってはいるんですけどね。あはは……」


 そして、《ラグナロク》を携えたその者こそ、稀代の魔王と呼ばれた魔族。ゼロ・フラグメンツだった。


「い、胃が痛い。あ、なんか吐きそう。ど、動悸もする……」


『緊張しすぎじゃ。もっと堂々としておるが良い。でなければ、早々にバレるかもしれんぞ?』


「いや、だって普通バレるでしょ……こんなの」


 歴代最強、または世界屈指。そのように形容される稀代の魔王 ゼロ・フラグメンツ。

 そう、彼には秘密があった。


『まあ、お主がもし雑魚バレ・・・・したならば、暗殺にクーデターと何でもあるじゃろうな』


「ひ、ひい。え、俺、腹痛持ちで頭痛持ちで、ストレスに弱いんだけど! なんでそんなプレッシャーかけるんですか! 師匠!」


『安心しろ。お主がそうなれば、妾も困るのじゃ。じゃから、お主に手を貸しているのではないか』


「そ、そうですけど……」


 ──そう。


 ゼロ・フラグメンツは恐らく、この魔界において、ミジンコ以上ネズミ以下!!


 なんならミジンコともいい勝負を繰り広げる程度の戦闘力しか持たないのだった!!!


『クソ雑魚なお主を……どうしようもなく、マンボーのようにクソ雑魚なお主を守ってやるのだから、感謝するが良いぞ?』


「あ、言った! クソ雑魚って二回も! いや、確かに事実だよ! 事実だけれども! やっぱり思いやりっていうのがさ……」


『ふん。つべこべうるさいのじゃ、ゼロ。そろそろ行くぞ』


 一人でに魔術書は浮き上がると、ゼロの手から離れ、開いた。


「へ?」


『お前が自分の足で行くのが嫌らしいからの。転移の魔法で飛ばしてやるのじゃよ』


「ちょ! ま! 心の準備が!」


 足元に、魔法陣が走った。そして、気が付くと。


「お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ございません──陛下」


 ゼロは、玉座の上。不敵、不遜に座っていた。


(や、やべええ!! なんの準備も覚悟も、出来てないんだけど!)


 心の中でそう叫ぶゼロの頭の中に、先ほどの声がこだまする。


『ゼロ、動揺するな。とりあえず、いい感じで言葉をかけてみるのじゃ』


 とりあえず、ゼロはバレないように、ふっと息を吐いてから口を開いた。


「良い。遥々戦場より、俺のために馳せ参じたのだろう? ならば、不問とする。が、二度はない、そう心得ておけ」


 以下、訳。


『あ、大丈夫です。私のようなクソ雑魚のためにこんなところまで来ていただいて、恐れ多いです。はい。でも、喧嘩はほどほどにしてほしいです。流れ弾で私めは骨の一欠片も残りそうにないので』


 眼前にて、膝を立てた三人の幹部たち。

 先程の規格外の魔力。発動までの速度、そして、威力。


(も、もしも、あんな魔力が俺に当たったら……)


 内心ひやひやで問答は続いた。獣魔族の長、ユイラン。超級魔術師、ノーディア。それぞれの自己紹介。

 既に名前は知っていたが、こうして見れば途轍のない強者であることが伝わってくる。


 そして、何よりも。


「最後に一つよろしいでしょうか、魔王様」


「な、なんだ? レーゼ・ライン」


 そして、彼女らの上司である筆頭 レーゼ。


(この人、先代の魔王より強くないか……?)


 先程の魔術の正体も、魔力の総力も、何一つ分からない。

 あまりにも埒外な強さだ。

 なんてことを考えていると、レーゼは再び頭を深く下げた。


「魔王様、我らに最初の命令を与えては頂けないでしょうか? 我らでは御身の真意を知るには至れません」


「ふ、ふむ」


「ですので、貴方様は魔王になり、何を志すのか、この場で宣言して頂きたいのです」


 恐れ慄く、ゼロの頭の中にまたも幼い声が響いた。


『ゼロ、ここはひとつかましてやろうではないか』


(え、かますって? 何を?)


『ふふふ、任せておけ』


(え、何を……)


 途端にゼロの体が動かなくなる。それは、まるで誰かに乗っ取られるような感覚だった。


「ふっ。ならば、与えよう。命令を、な──これより俺たちはこの魔界統一を果たす。お前らは、俺の手足として、その役に立て。以上だ」


(……何言ってるんだこの魔導書。あ、言ってるのは、俺の口か)


 そうして、ゼロ・フラグメントは魔王となった。良くも悪くも。

 そして、激動の初日を迎えることとなる。


***


 明くる日の朝。ストレス性の腹痛に目を覚ました魔王ゼロ。


「いてて……。はあ、ビオフ○ルミンとかあるのかなぁ、ここ」


 げっそりとした顔で天蓋のついたベッドから体を起こすと、目に入ったのは赤いカーペットの敷かれた広大な部屋。


 白の壁には王の印である紋様が縫い継がれた旗と優美な絵画、黒檀の棚や机など至る所に金の装飾が施された絢爛豪華な王の寝床だ。


「……そっか。もう、畑に行く必要もないんだよな」


 見慣れぬ視界は、否が応でも自分が魔王となったことをゼロに実感させた。

 同時に、ベッド脇のサイドテーブルに乗せていた魔導書が光を放つ。


『目を覚ましたか、我が弟子よ』


「あ、はい」


 にしても、豪華絢爛とはまさにことだろう。そんな風に思いながら、ゼロは生返事を返した。


 薄く、透けるような天幕は恐らく、魔界子まかいこと呼ばれる蝶の幼虫の分泌する希少な糸で編まれている。


「これ一枚で、金貨何百枚するんだよ……」


 じっとりと見つめていると、


『む、ゼロ。誰か来るぞよ』


「え、まだ早いですよね」


 困惑するのも束の間、ドアが二度ノックされる。


『魔王様! お休みのところ申し訳ございません! 早馬より知らせが届きました!』


「ぐっ!」


 ゼロは慌てて、魔導書を持ち上げ、ドアを開いた。


「何事だ? 申してみろ」


 威厳モード。上っ面だけを取り繕ったゼロの精一杯の魔王面だった。


(頼むから、面倒くさいのは勘弁してくれよ……)


 祈るように念じながら、ゼロは息を切らせた従者の言葉を待つ。


「──五将が、一人。ランドマリウス様が、反旗を翻し、アンデットの大群と共に西より王都に向け、進行中とのことです!」


 終わったぁぁぁぁ!!!!







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魔力0で魔王にはなりましたが、正直なところ部下の期待が重いので、『後方腕組み静観魔王』としてやっていこうと思います。 沙悟寺 綾太郎 @TuMeI

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