第3話『私の幸せを決めて良いのは私だけ』

雪が降り積もっていた。


しんしんと、冷たい雪が降り続けていた。


その雪で町は白く染まり、世界から色と音が消えてゆく。


そんな中、私はかじかんだ手で、一枚の紙を手に持ちながら、並べられた数字を順番に見てゆく。


「372,372,372……3、7、2!! あった!! あったよ! お婆ちゃん! 先輩!」


「合格おめでとう雛」


「ありがとう! お婆ちゃん! 先輩! 私、受かりましたよ! 高校受験合格です!」


「……あぁ、おめでとう。流石は星野君だ。素晴らしい」


「それで? 先輩はどうだったんです!?」


「う、うむ。どうかな。まだ分からんな」


「いや、目を瞑っていたら、分からないでしょ。私が見てあげますよ」


「ま、待ちたまえ!!」


「えーっと、番号は69番ですね。えー69,69っと」


「だ、駄目だ。星野君! 見てはいけない! ま、まだ結果は」


「あ……そんな、先輩……まさか……」


「え!? だ、駄目だったのか!? 君に勉強を見てもらったのに、駄目だったのか!? まさか、また浪人か!? 高校で!? 二年浪人か!?」


「先輩。現実を受け入れましょう」


私は先輩を前に連れて行って、69と書かれた番号の近くに連れてゆく。


そして先輩が死んだ顔で番号を順番に追っているのを見て、クスクスと笑う。


そんな私をお婆ちゃんはいけない子だと怒っているポーズをしていたけれど、お婆ちゃんもクスクスと笑っていた。


「67,69,70……ん? 69! 69だ! あるじゃないか!!」


「合格おめでとうございます。せーんぱい」


「星野君!! こんな風に人を騙すなんて、よくない! 良くないぞ!」


「べーっだ。先輩がいつまでも結果を視ない意気地なしだから、私が代わりに見てあげたんじゃ無いですか」


「くっ、それは、確かにそうだが!」


「さ。プリプリ怒ってないで。合格のお祝いしましょ! どうします? またあの店に行きますか? こういう寒い日はラーメンが最適ですよ」


「そうだな。お婆様。お婆様が問題なければ、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」


「えぇ。勿論。是非一緒に行きましょう」


「ありがとうございます!!」


「先輩は固いなー。飯食いに行く? オッケー。くらいのテンションでいけません?」


「これは最低限のマナーという奴だ。君だって僕が招待した時は緊張していたじゃないか」


「そりゃあんなとんでもない高級店に行けば誰だって緊張しますよ」


「ふぅん? そういう物か?」


「お金持ちの先輩には分かりませんよーだ」


「別に金など大した価値はないよ。金をいくら持っていようと、人の心に感動が残せなければ世界になんら存在を刻めない。それに金が欲しいというのなら、いくらでも手段はあるだろう?」


「しゅだんー? あれば苦労はしませんけどー?」


「そうだな。例えば、金持ちと結婚するというだけでも金は手に入る。そう考えれば……うん? どうした?」


私は不意に先輩がし始めた話に、先輩との未来なんかを想像して、頬が熱くなるのを感じた。


しかし先輩は何も気づかずに呑気にペラペラと話を続けている。


「別に!! 何でもありませんよ!!」


「そ、そうか?」


「ほら、早く行きますよ! お婆ちゃんも! いこ!!」


「はいはい。わかりましたよ」


「ま、待ってくれ、そんなに引っ張られては! わぁ!!」


雪の上で転んでしまった情けない先輩に手を差し伸べながら、私はまた少しだけ先輩と共に過ごす未来を想像してしまうのだった。




高校に入学し、既にあった演劇部に……何故か先輩は入ろうとはせず、映画研究会なる部活を立ち上げた。


既存の文化にただ乗っかるだけでは意味がないと言っていたが、その胸の内で何を考えているのか私はよく知っている。


「良いかね? 文化とは常に前を走り続ける者だけが得られるものであり、出来上がった場所に踏み込んで自分の世界を作るというのは非常に困難で」


「まぁ、要するにビビったんですよね?」


「ふぁっ!?」


「まー。確かに今年演劇部に入ったという人。結構格好良かったですもんね。キラキラしてて、女の子に囲まれて。時期部長候補だってもう言われてるらしいですよ。演技も凄いとか」


「なっ、なにをバカな事を言っているのかね! 君は! 逃げるという言葉は戦いの場で行われる事であり、彼は役者で僕は脚本・監督の立場を目指している以上、互いに同じ戦場に居る訳がなく」


先輩がいつもの言い訳タイムをしていると、不意に部室として貰った部屋の扉が叩かれた。


私は未だ喋り続けている先輩を無視して、扉の方へ向かう。


そして扉を開けると、そこには噂の人が立っていた。


「本当に、いた」


「あら。いらっしゃい。えーっと、イケメン君」


「池田だ。池田裕也。そんな変な名前で呼ばないでくれ」


「これは失礼しました。池田君。それで、何か用ですか?」


「実はここに、とんでもない人材が居るという話を聞いてね。演劇部にスカウトしに来たんだ」


「あら。それは大変。先輩! あ、いや、もう同学年だから先輩っていうのはおかしいか。葉桜くーん! 葉桜君! お客さんですよ!」


「客ぅ!? 僕に何の用……って、君は」


「どーも、ハジメマシテ。池田裕也です」


「葉桜、恵太」


何だかよくない空気だが、男の子同士もそういうのはあるのかもしれないと思い、持ち込んだカセットコンロでお湯を作る。


そして、お茶の用意をしつつ二人の話をボーっと聞いていた。


「噂はよく聞いてますよ。葉桜サン」


「ハハ。ロクな噂じゃなさそうだ」


「そうですね。まぁ自分で分かってるなら良いですけど。彼女。連れて行きますけど、文句無いですよね?」


「いや、それは……」


「まさか! 彼女の才能が、自分の才能だなんて勘違いしている訳じゃないですよね!? それは酷い誤解だ」


「……」


「何も言い返す事が出来ないんですか? 所詮はその程度か。さぁ、行こう。星野さん」


「ん?」


「こんな所に居ても何の意味も無い。君が入部するべきは演劇部だ」


私は湯飲みを持ったまま突然意味不明な事を言い出した池田君に固まってしまった。


今の話から、どうしてそうなるのだろう。


混乱しつつ、先輩に助けを求める様に視線を送ったら、何か目を逸らされた!!?


おい! 可愛い後輩が困ってんだぞ! 無視すんな!! いつもの勢いはどうした!?


ホント、内弁慶なんだからこの人は!


「よく分かりませんけど。私、もう入部届出してるんで。演劇部には入れないです。あ、いや。掛け持ちで良ければ入りますけど」


「ならこの部活を辞めれば良いだろう。その方が君の為になる」


「いやいや、貴方。何様ですか?」


「え? いや」


「私の幸せを決めて良いのは私だけ。他の誰にだって私の夢や幸せ、願いは譲らない。それは当然の事です。そ! の! 上で! 貴方はなんだって私の考えを否定するんですか?」


「いや、俺は、っ! 俺は、中学の時、君が主演した映画を見た!」


「それはどうも。ありがとうございます」


「素晴らしい映画だった。君の演技に引き込まれた。俺自身舞台はやっていたが、君ほどの才能を見たのは初めてだった! 正直に言おう! 俺は君に一目惚れした! 君と共に役者を目指したいし、生涯も共にして欲しい!」


「え? え?」


「あ……いや、すまん。ちょっと予定にない事まで言い過ぎたな。今日はこの辺りで失礼する。では!」


言うだけ言って、池田君は部室から出て行ってしまった。


残された私は先輩に助けを求める様に視線を送る。


「えっと、どうしましょうか」


「僕に聞かれても困るよ。これは君の問題だ。君が決めたまえ」


しかし、先輩もまたこちらを少しも見ずに部屋から出て行ってしまう。


意味が、分からない。


「はぁー?」


「いやいやいや」


「おいおいおいおい」


「はぁー!!?」


一人残された私は、世界に向けて叫ぶことしか出来ないのであった。




それから私は二人が争っていた事について自分なりに考えていた。


要するに、私が演劇部に入るか、映画部に入るかという話だ。


実際のところ、私は自分がどちらをやりたいのか決めきれずにいた。


そして、二人とも話をしないまま時間だけが過ぎて、私は色々なバイトをしながら時間を過ごしていた。


まぁ、金は必要だし。社会経験も積みたいし。


そんなこんなで今日は巨大な笹を立てて、短冊を大量に用意して、後は会場をウロウロとしながら困っている人が居ないか見て回っていた。


「む? むむ」


そして会場を歩き回っていた私は、この日、一つの運命と出会う。


その少女はどこか周りとは違い、ただそこに居るだけで思わず目で追ってしまう様な不思議な魅力を持っている子だった。


「……」


「んー。こまった」


「きみー」


「ん? ひなのこと、よんだ?」


「うん。君の事。呼んだよ」


「はい! ひなは、ゆめさき、ひな! さんさい!」


三と言いつつ、立っている指は二本である。


果たして正解はどちらか……なんて考えている場合ではない。


「えっと、お母さんかお父さんはどこに居るのかな。ひなちゃんは一人?」


「おとーさんは、いない。おかーさんはとおいばしょ」


「えっ、じゃ、じゃあ、ひなちゃんはだれとここに来たのかな?」


「おにーちゃん! とあさひさん! それに、あやちゃん!」


「そっか。でも周りには居ないんだよね?」


「うん。だから、こまった」


「そっか」


私はひなちゃんを抱き上げながら、一緒に周囲を見るが、ひなちゃんの事を知っていそうな人はどこにも居なかった。


どうしようかなと考えていると、ひなちゃんが私の手から落ちそうになりながら必死に手を笹の方に伸ばしていた。


「ちょ、あぶないよ!」


「まよったり、こまったら、おほしさまをみるの! おほしさまはいつも、そらにあるから。だからおほしさまを、たかいところに!」


『雛。一人では辛い事があったら、空を見上げてごらん。僕たちは空からいつも見守っているからね』


あぁ……。


「……お父さん」


「とどいてー」


私はひなちゃんを高く掲げて、笹の高い所へ届く様にと手を伸ばした。


その甲斐あってか、ひなちゃんは笹に持っていたクリスマス用のだろうか、金色の星を付ける事に成功する。


そして、それと同時にひなちゃんの名前を呼ぶ声が雑踏の中から聞こえてくるのだった。


「おにいちゃん!」


「あ、あの子がお兄ちゃんだね」


私はひなちゃんを下ろして、お兄ちゃんの所へ向かって背中を軽く押した。


そしてひなちゃんが掲げた星を見上げる。


迷ったり、困ったら、星を見上げる……か。


「おねーちゃん!」


星を見上げて思いを馳せていると、何かが足にぶつかる感触があり、私は振り返った。


「おねーちゃん。ありがと! これ!」


「なぁに?」


私はひなちゃんから渡された。金色の小さな星を受け取り、首を傾げながらひなちゃんを見つめ返す。


「これ、あげる!」


「これは」


「おねーちゃんもこまってたから、ひなのほし。あげるね! これでおねーちゃんももうまよわないよ! ばいばい!」


「うん。バイバイ」


私はひなちゃんから受け取った星を見て、心に決めるのだった。


私のやりたい事を。進むべき道を。

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