第7話 リリスとマリウスの帰宅

 そんな慌ただしい一日が終わり、リリスとマリウスはいつものように徒歩で家路についた。

 ほとんどの生徒は馬車で通うか、学院の敷地内にある寮に住んでいる。

 リリスの家は貧乏なので馬車を維持するだけのお金がない。

 寮に住めばいいのだけれど、そうはできない理由がリリス達にはあった。


「ただいま~」

「おかえりなさいませ。リリス様、マリウス様」


 リリスが玄関のドアを開けると、リリス家唯一の使用人、メイドのクロエが迎えてくれた。

 リリス達が今、住んでいる家は三人で住むには十分すぎる広さの一軒家だった。しかしその家は貴族令嬢のリリスが本来住むような家では無く、普通の平民が住むような大きめだが古い一軒家である。


「ありがとう、クロエ。アップルパイは好評だったわよ」

「その割には不機嫌そうですね」


 首をかしげて赤毛のメイドはリリスに問いかける。長年仕えているクロエにはリリスも心を許していた。


「色々あったのよ。マリウス様に助けていただけなかったら、どうなっていたことか。はぁ」

「どういうことですか? マリウス様」


 クロエは金髪の美少年に問いかける。


「まあ詳しいことは、あとしよう。リリスも腹が減っただろう。クロエ、昨日の赤ワインとチーズがまだあっただろう」


 マリウスは荷物をクロエに預けながら、酒を要求する。

 マリウスがちょっとしたつまみで赤ワインを楽しんでいる間、リリスはクロエが作った食事を運び始めた。

 見た目が最年少の少年が唯一、椅子に腰掛けて、手酌でワインを飲んでいるという異様な情景に、メイドのクロエはもちろん主人であるはずのリリスも何も言わなかった。まるでそれが当たり前の風景のようだった。

 この家には三人しか住んでいないため、主人であるリリスも積極的に家事を手伝うのが当たり前だった。

 クロエにとってはメイドである自分の能力を否定される行為と思っているのか、このような貴族的でない振る舞いをやめるようにと主人に言っていた。しかし、普通なら二人以上でするような家事をクロエ一人でやっているのだ、できることは手伝わないと、クロエが大変すぎる、そう強く主張するリリスに反対できなかった。

 そして、リリスとクロエによる食事の準備が終わると、三人が同じテーブルで食事をしながら、馬場で起こったことをクロエに話した。


「それでは今日は馬から吸われたのでしょうか? マリウス様」

「少しだけな。軽く力が抜ける程度だけな」


 マリウスはその青い目で、赤毛の優秀なメイドにウインクをする。


「しかしその王子のお陰で嫌がらせを行っていた方々も、今日のような危険な事は控えられるのではないでしょうか?」

「そうかもしれないけど、あのくそ軍事力王子! 人助けの何が悪いのよ! あいつには関係ないでしょうに、軍事バカが! 思い出しても腹が立つ!」

「本音が漏れているぞ。全ての領土と経済交流を持ちたいのであれば、貴族たちに受けの良いように猫をかぶっていろ」


 マリウスはその桜のような柔らかいピンク色の唇にワインを流し込む。その見た目は少年の姿をしても、似合いすぎて、思わず見とれてしまう。

 リリスはマリウスの小言を聞きながら、牛肉のワイン煮込みを口に運びながら答える。


「外ではちゃんと猫かぶりますから、ご心配なく。そのせいでストレスが溜まって、しょうがないのですよ」

「それではリリス様、今日も……ですか?」


 クロエは表情を一切変えず、「好きですねえ~」とそのブラウンアイでリリスに笑いかける。


「疲れているところに申し訳ないのだけど、お願いね」

「はいはい、分かっておりますよ」


 食事後、リリスはボウルの中のクッキー生地を練る。趣味で特技のお菓子作りは何よりストレス発散なのだ。

 クロエは食事の片付けをしながら、オーブンに火を入れる。

 マリウスはそんなふたりを見ながら、まだワインを飲んでいた。


「しかし今日、ご老人が倒れているのを見たとき、昔のことを思い出しましたよ」


 リリスはクッキーを作りながら、五年前のあの日を思い出していた。

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