忍者、真祖、鬼退治。

遊多

第1章

第1話 友達モードってことで

 今日は土曜日、雲ひとつない晴天。

 だけど、心は少し曇っていた。


「ましろー、楽しんできなよー!」

「ちょ、やめてよ……」


 駅前で偶然会った友達が、ニヤニヤしながら背中を押してくる。

 冗談めかした口ぶりでも、その奥にある興味本位の視線は、なんとなくわかる。


「うぅ……わかったよぉ」


 押し負けた私は苦笑いで手を振り返した。彼女が見えなくなったあと、ちょっとだけ深呼吸。

 私は毎日の「やらなければいけないこと」をミッションと称している。

 そして今日のミッションは……重大すぎた。


東雲しののめさん」

「はひゃいっ!?」


 名前を呼ばれた瞬間、声が上擦ってしまった。

 瀬川翔真せがわしょうま。サッカー部のエースで、誰が見ても絵に描いたようなイケメンだ。

 身長もあるし、目元の涼しげな雰囲気が女子受け抜群。教室で女子が話すときの声のトーンが一段階あがる相手だ。


「どうしたの?」

「あ、ううん。なんでもない、です」


 そんな彼に「よかったら、今度どこか行かない?」と話しかけられたのだ。

 でももっと驚いたのは、その瞬間の友達の顔。目を見開いたままフリーズしてた。

 ……まあ、私だって同じだったけど。というか、いまでも信じられないし。私でよかったのかな。


「そんなこと言わないで。誘ったのは僕なんだし、ワガママでもなんでも言ってよ」


 声まで爽やか。なんだこのテンプレ王子様。現実?


「その……ほんとに、なんでもないから」

「それならいいけど。じゃ、行こっか」


 必死に、歩き出した彼の横に並ぶ。通りすがりの女子がこちらをちらちら見てくるのが、ちょっと気まずい。

 まるで噂の対象にでもなったみたい……いや、たぶん、なるだろうな。


「なんか、緊張してる?」

「シテナイデス」

「敬語、やめてもいいよ。今日だけ友達モードってことで」


 ……友達モード。

 そっか。友達、なんだ。


「その……瀬川くんと私、釣り合ってないかな、って」

「というと?」

「ほら、私、背も声も、あと気もちっちゃいし……周りだって、すごい、変な目で見てるし」


 実際、私は女子グループの中でも2軍未満だ。

 コミュ障だし、いじめられやすいし、目立ちたくないから構わないのだが……いや彼と一緒だと、悪目立ちしちゃうかもしれない。


「僕は可愛いと思うな。その目も、ほっぺも、手だって天使みたいだ」

「〜〜〜〜っっ!」


 撫でるようなポーズで褒めてきたぞ!?

 そんなのアリか!? 触れてはないけど!! セクハラじゃないけど!!


「そんな君と一緒にいれて幸せだよ」

「そ、それなら……うん」


 し、仕方ないなー。じゃあ今日のミッションは、彼を喜ばせることだな!


 それからは、くだらない話をしながら歩いた。クラスのこととか、授業のこととか。

 瀬川くんは話し上手で、笑わせ方をよく知っていた。女慣れしてる、って言えばそうなのかもしれない。


 ──でも、あの噂。


「裏で女を食ってるって、ほんとかな」


 無意識に口の中で転がした言葉。誰にも聞こえないように。もちろん、本人にも。

 笑顔の裏の『何か』に、ずっとひっかかるものがあった。


(いや、今は会話に集中しなきゃ)


 変な気を紛らわすように目を瞑る。ぼんやりと瞼を開けると、小さな赤い鳥居が目に入った。

 そこに何気なく視線を落とすと──


(黒い折り紙)


 誰が折ったのか、そして誰が置いたのか。

 黒光りする紙で折られた狐が、まるで私を見つめるような姿勢で、祠の前に座っていた。


 おかげで背筋に緊張が走る。


「……なにかあった?」

「う、ううん、なにも!」


 瀬川が不思議そうに首をかしげているが、咄嗟に笑って誤魔化す。


「今日ってさ。どこ行くの?」

「え、まずはゲーセンかカラオケのつもりだったけど。東雲さん、そういうの好きらしいじゃん?」

「そういうの?」

「ほら、御免ヤイバー……だっけ。そういうの」


 あー、コイツも子供向けとバカにするタチか。

 御免ヤイバーは、本当にカッコよくて……いや、今日のミッションには関係ない。


「ならゲーセンにしない? 音ゲーなら一緒に楽しめそうだし」

「いいね。UFOキャッチャーとか、あとボウリングもやろう!」


 瀬川のオーラは陽キャそのものだった。


 やっぱり明るい空気は慣れない。

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