第27話 マッカーサー
まだまだ疑問が浮かぶ日々を過ごしている。今回は、あのマッカーサー元帥への疑問だ。(古い話で恐縮です)
もう十年ほど前、アメリカの美術館だったか博物館だったか忘れたが、第二次大戦の展示が行われ、入り口にヒトラー、ムッソリーニ、昭和天皇の写真像が並べられた。欧米の理解では、日本の戦争指導者は昭和天皇なのである。恐らく、日本人の間でも本心となると、あの戦争の最高責任者は天皇だと思っている人が多いだろう。明治憲法で国の主権者と規定されているし、軍の統帥権も持っていたからである。
にもかかわらず、天皇が安泰であったのは、全てマッカーサーのおかげなのだが、そのマッカーサーの指導には疑問が多い。例えば、GHQによる公職追放者の中に、石橋湛山がいる。戦前から小日本主義を提唱し、戦争中も軍部の批判を続けた人物なのに、何故なのか私には分からない。
余談だが、戦争を煽った読売新聞社長の正力松太郎、統帥権干犯を持ち出し軍部を独走させた鳩山一郎などが追放されたのは当然として、市川房枝、円谷英二が追放されたのも分かる。市川房枝は言論統制を監督していた「大日本言論報国会」の理事をしていたし、特撮で有名な円谷英二も戦意高揚映画の監督をしていたからだ。
マニラ市街戦を調べていたときも、マッカーサーの指示について疑問があった。それは、マニラ裁判で山下大将に下された死刑判決である。*[山下奉文(ともゆき)大将とは、開戦時、マレー、シンガポール攻略作戦に参加し「マレーの虎」と呼ばれ、後に満州を経てフィリピンへ派遣された軍人]
死刑判決の理由のひとつは、フィリピン人への虐待、もうひとつはマニラ市街戦の責任であった。しかし、市街戦に至った記録を調べていくと、山下大将はマニラの「オープン・シティー(=無防備都市、開放地域とも訳す)」を大本営に上申しており、マニラ市街戦の責任を訴状に入れるのはおかしいのだ。
素人の私にも分かることだが、武器や食料がなく、陣地を構築する時間もなく、兵員も足りず、しかも実戦経験のない、戦艦「武蔵」などレイテ海戦で沈んだ連合艦隊の生き残り水兵や在留邦人だけで、どうやって戦えるのか、そもそも市民を意識的に戦争に巻き込むのは国際法違反であり、山下大将が大本営に上申したのは充分に頷けるのだ。
結局、大本営の許可が下りないまま、自分の指揮下にあった陸軍をマニラから遠ざけ、在留邦人からなる野口部隊だけを、指揮権の及ばない海軍陸戦隊に合流させた。となれば、市街戦の本当の責任が、オープンシテイーの進言を許可しなかった大本営にあるのは、誰にも分かる道理である。
にもかかわらず、今になっても山下大将に対する死刑判決に異議を訴える人がいないのは、何故なのか。そもそも、ワルシャワやベルリンと同じく世界で有名な、アジア最大と言われるマニラ市街戦を知らない日本人がいるのは、私の理解に苦しむところだ。
私の不満はさておき、山下裁判に対する疑問から私が発見したのは、というより日本でタブーになっているのは、マッカーサーによって天皇が救われたことだ。
知る人ぞ知る話だが、マッカーサーはアメリカ大統領になることを考えていたという。選挙に勝つためには、欧州軍最高司令官のアイゼンハワーが最大のライバルになる。となれば、日本統治の評価が問われるが、そのためには日本人が信奉する天皇を利用することが、最良の方法だと考えるのは当然であろう。
しかし、当時の連合国からなる極東裁判官は、インドを除いて皆が天皇有罪を主張しており、天皇を無罪とするのは難しかった。なぜなら、戦争を指導した大本営は天皇直属の機関で、誰の支配も受けず、しかも御前会議では沈黙の多かった天皇なのに、大本営の会議では事細かく聞き取り、雄弁であったからだ。
更に困ったのは、百十万人が犠牲になったフィリピンのマニラ裁判である。とりわけ首都マニラの市街戦の悲劇は有名であり、責任を誰に取らせるかと言えば、皆、天皇だと考えているのだから、マッカーサーには都合が悪い。
そこでマッカーサーの思いついたのが、マニラ市街戦の責任を大本営にではなく、山下大将にすり替え、以後、天皇と大本営の関係を曖昧にしていった。全く個人的には腹が立つが、山下将軍への責任転嫁=死刑判決により、天皇の命は救われたのである。
こう考えていくと、マニラ市街戦を語ることがタブーになっている理由が分かる。少しでもマニラ市街戦をかじれば、山下将軍の行動がわかり、大本営に話が及んでしまう。それでは、マニラ市街戦の責任が大本営=天皇にあることが、見え見えになってしまうではないか。
己の野望が底にあったとは言え、天皇を守り、結果として日本統治を円滑に進めたマッカーサーの苦労を、我々はどう評価すべきなのだろうか。今更という感もするが、冒頭で述べたように、世界常識との食い違いが私には心配である。
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