第17話  デンゲ・フィーバー

フィーバーと言ってもパチンコ大当たりの話ではないことをまずお断りして、皆さんに知っていただきたいことがある。(生死に関わる問題です)

 昨今、地球温暖化により、日本国内でも大気中の温度が上がっている。特に今年は、アパートの二階にある私の部屋にも、トカゲが出没するようになった。地上の熱さに耐えきれないのだろう。

 数年前、東京でデンゲ熱が発生した。代々木公園か新宿御苑かは忘れたが、ウィルスを媒介する熱帯シマ蚊やヒトスジシマ蚊の生息が確認されている。それもそのはず、既に十年以上前から、熱帯シマ蚊生息の北限は仙台辺りになっており、もはや、デンゲ熱を他人事として考えてはいられないのだ。

 スマホで検索すると、デンゲ熱を発症しても一週間程度で回復すると、いかにもたいしたことがないように書かれている。しかし、本当は軽い病気などではなく、手遅れになると死に至る病なのだ。

 実は私もフィリピンに住んでいたとき罹ったことがあるのだが、その前に、「デンゲ」か「デング」か、はたまた「テング」か、名称をハッキリさせておきたい。

 病名は「DENGUE FEVER」である。医学用語としてはラテン語読みの「デンゲ」で、ピカソの「GUERNICAゲルニカ」、革命家の「GUEVARAゲバラ」のごとくGUEは「ゲ」と読む。英米では「デング」と発音する人が多い。「テング」は日本語の天狗から来ているので論外である。以下、私は「デンゲ」と書かせてもらう。

 私が経験した発症の経緯を説明すると、それは昼飯前のことだった。数日前から体がだるく微熱もあり、鼻血もうっすらと出ている。鼻血はティッシュの使いすぎで私は風邪のせいだと思っていたが、車から降りて歩くとフラフラする。歩くのを止めるとまっすぐ立っていられず、右に左によろめいてしまう。下手なドラマの役者になったようだと思いつつ、異常を感じた私はマニラで有名な病院に駆け込んだ。

 その日は血液検査だけで帰されたが、その間にも倦怠感は強くなり、やっとの思いで翌日再訪すると、デンゲ熱と告げられ、即刻入院となった。

 デンゲ熱がどんな病気なのか知らぬまま、やがて輸血が必要と言われる。私は輸血を拒否した。当時、輸血によるエイズや肝炎が騒がれており、フィリピンの医療は危ないと思っていたからだ。

 女医さんが駆けつけてきて、私は怒られた。「そんなことしていると、あんた死ぬよ!」と言われ輸血に同意したが、点滴に使われる器具に吊されてやってきた輸血袋を見ると、「テルモコーポレーション・メイドインジャパン」と印字されている。「なんだ日本製じゃないか。だったら早く言ってよ」であった。

 輸血が必要なのは、ウィルスにより血液中の血小板が破壊されるからである。血小板には血を固める作用があり、治療が遅れると内出血を起こし、鼻血も止まらなくなるのだ。

 一週間後、私は退院した。本調子になったのは、更に一ヶ月後である。その間、調子が戻るまでに幻覚症状を経験した。通りを歩いている時のことだ。乗用車がマッチ箱のように見える。そして車とすれ違う瞬間、肘を当てて車をひっくり返したい衝動に駆られた。

 一ヶ月以上が過ぎ完全に復調したと思った頃、私は野球をした。正確には野球というより、ソフトボールである。十数人の在留邦人が日本チームを作り、各国の企業に属する外人チームとトーナメントをしていた。

 事件が起きたのは、試合中である。私は捕手をしていたが、相手チームが二塁に出ており、そこにヒットが出た。打球はセンター前に転がり、ワンバウンドでバックホームへ球が戻ってくる。よっしゃと思い私は捕球しようとした。悠々とアウトに出来るタイミングである。ところが、球は私のグラブを抜けていた。

 私は唖然とした。はじくことはあっても、これまで捕球のタイミングを誤ることは一度もなかった。デンゲ熱ウィルスで運動神経がおかしくなっているのか、もはや以前の自分ではないことを自覚し、私は野球をやめた。

 デンゲ熱に後遺症があることを、忘れてはならない。車がマッチ箱のように見えた時、何度も肘をぶつけてやろうとしたが、そんな衝動を抑えるのに私は苦労した。返球された球がワンバウンドだったから良かったものの、ダイレクトだったら顔面にぶつかっていたかもしれない。いずれにしても、思い返すとぞっとする経験である。

 今後も温暖化現象が続くとなると、デンゲ熱が流行ると思う。日本の医師は優秀なので治療としては問題ないと思うが、厄介なのは、聞き慣れぬ病気のため、我々の対応が不充分になることだ。単なる風邪だと思い込んだり、一度罹れば免疫があるので大丈夫などと考えていると重症化する。デンゲ熱のウィルスは四種類あり、スズメバチに二度刺されると危険なアナフィラキシーショックが、デンゲ熱にも起こるらしい。

 いずれにせよ要注意だ。くどくなるが、風邪の症状に似ているので、手遅れになると死ぬことになる。私は二度目なので、皆さんとはオサラバである。

  

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