第10話 映画館の暗闇と高まる共鳴

十一月上旬の休日、秋雨がしとしとと降る午後。悠人と葵は、駅前のシネマコンプレックスへと足を運んだ。葵が選んだのは、最近評判の切ない恋愛映画だった。悠人にとってはあまり馴染みのないジャンルだが、葵が嬉しそうにしているのを見て、悪い気はしなかった。


薄暗いシアターの中、悠人の隣に座った葵は、始まる前からどこかそわそわしていた。やがて本編が始まり、スクリーンに二人の主人公の恋愛模様が映し出される。静かに時間が流れる中、葵の手が、そっと悠人の腕に触れた。そして、まるで無意識のように、彼の腕にゆっくりと寄りかかってきた。悠人は、彼女の柔らかな髪が肩にかかる感触に、心臓が静かに高鳴るのを感じた。暗闇が、二人の間の距離感を曖昧にする。


映画の中盤、主人公たちが初めてキスを交わすシーンが映し出された。切なく、それでいて情熱的なその場面に、悠人の意識は吸い寄せられる。スクリーンの中の唇が重なり合う瞬間、悠人の脳裏には、初めて葵にディープなキスをされた時の衝撃と、その後の日々で繰り返された彼女からのキスが鮮明に蘇った。隣にいる葵の存在が、映画の登場人物と自分たちを重ね合わせるような感覚に陥らせ、彼の心の奥底に抑えつけていた欲求を刺激していく。悠人は、無意識のうちに喉が渇くのを感じた。


葵の吐息が悠人の耳元にかかる。「ねえ、悠人さん」と、微かな声で葵が囁いた。その声は、映画のBGMに溶け込み、悠人にしか聞こえない。悠人は、返事をすることなく、ただ葵が自分に寄りかかっている温もりを感じていた。彼女の体温が、シャツ越しに彼の肌へと伝わってくる。


映画がクライマックスを迎え、主人公たちが困難を乗り越え、ついに深く抱きしめ合うシーンが映し出された。悠人の隣で、葵の体が微かに震えるのが分かった。彼女は感動しているのだろう。その時、悠人の指先が、そっと葵の指に触れた。それは、彼の柔道部で鍛え上げられたがっしりとした手とは対照的な、繊細な触れ方だった。これまで、葵のルールによって、自分から性的な接触を試みることを禁じられてきた悠人にとって、これは彼自身の理性に対する、ささやかな、しかし確かな挑戦だった。


葵は驚いたように、ゆっくりと顔を上げて悠人を見た。暗闇の中でも、彼女の瞳が大きく見開かれているのが分かった。しかし、彼女は拒否することなく、悠人の指に自分の指を絡ませ、そのままそっと彼の手を握り返した。悠人の心に、温かい電流が走る。これは、葵が彼の接触を受け入れた証だった。彼の胸に、微かな幸福感と、同時に、禁断の扉をさらに開いてしまったことへの罪悪感が入り混じった。


映画が終わると、場内に明かりが灯った。葵は少し感傷的な表情で、まだ映画の余韻に浸っているようだった。悠人は、握られた手を離そうとしない葵の指を感じながら、言葉少なになった。二人の間には、言葉以上の、深く、複雑な感情が流れていた。映画館を出た後も、互いの存在を強く意識し、これから何が起こるのかという予感に、悠人の心はざわついていた。

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