第2話 境界線の曖昧化と親の視線
悠人の新しい生活は、葵の“侵略”によって、予想もしない速度で日常の境界線を曖昧にしていった。特に風呂場での出来事は、悠人の冷静さを根底から揺さぶった。
その日、大学でのオリエンテーションを終え、疲れた体を癒すべく悠人は湯船に浸かっていた。浴室に響くシャワーの音、湯気の立ち込める中、突然ドアが開く音がした。
「悠人さん、まだ入ってたの?」
声と同時に、湯気の中にすらりとした人影が浮かび上がる。葵だった。悠人は思わず息を呑んだ。彼女は、何の躊躇いもなく、その健康的な裸体を晒していた。濡れたショートヘアが額に張り付き、湯気でほんのり赤みを帯びた肌が、彼の目に飛び込んでくる。Cカップの乳房は、水気の膜をまとって艶めいていた。
「な、何してるんだ葵!?」
悠人は慌てて湯船の縁を掴み、体を起こそうとするが、足が滑りそうになる。
「え? 一緒に入ろうと思って。今日、部活で汗いっぱいかいたし」
葵は心底不思議そうに首を傾げた。その表情に、恥じらいの色は一切ない。まるで、幼い頃のように、兄妹で一緒に風呂に入るのが当然だとでもいうように。
「だ、だめだ! 男と女なんだから!」
悠人はしどろもどろになりながら、必死で湯気を盾にするように身を隠そうとした。しかし、がっしりした柔道部の体格は、湯気くらいでは隠しきれない。
「えー、いいじゃん。悠人さん、お兄ちゃんなんでしょ?」
そう言って、葵は悠人のいる湯船に片足を入れようとした。悠人は間一髪でそれを制し、なんとか葵を風呂場から追い出した。彼の心臓は警鐘を鳴らすように激しく脈打っていた。裸の葵の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
しかし、この日の出来事は始まりに過ぎなかった。その数日後には、悠人が風呂に入ると、葵が湯船の蓋の上に座って待っていたり、半身浴をする悠人の背後から話しかけてきたりするようになった。最初は真っ赤になっていた悠人も、葵が全く動じる様子を見せないことから、次第に「慣れて」いってしまった。ある種の諦めにも近い感情だった。風呂場での攻防は、悠人にとっての日常の試練となっていったのだ。
顔を合わせればキスを要求されるのも日常だった。リビングで参考書を広げていると、不意に顔を近づけて「キスして」と囁かれる。悠人が困惑して固まると、葵は躊躇なく彼の唇を奪った。それはいつも、悠人が悪戯だと思って触れるだけのキスで応じた時と同じ、舌を絡めるディープなものだった。悠人がキスを返そうとすると、彼女は寸前で顔をそらす。「それはダメ」と、涼しい声で言い放つ。彼女の決めた「ルール」は絶対だった。葵が自分の意思で接触させたり見せたりするのは許されるが、悠人が自分の意思で性的な接触を試みようとすると、明確に警告されるのだ。その理不尽なルールに、悠人の内なる欲求は募るばかりだった。
ある日の夕食時、リビングで健一と朋子が見守る前で、葵は堂々と悠人にキスをした。
「悠人さん、今日の授業内容、難しかったよー。チューして元気出して」
そう言って、葵は悠人の頬にキスをする。悠人は驚いて固まったが、葵はそれを気にする様子もなく、そのまま悠人の隣に座った。悠人は、二人の親の反応に冷や汗をかいた。
「ほらほら、悠人もすっかり葵に懐かれちゃって」
朋子は微笑ましげにそう言った。健一もまた、温厚な表情で二人を見ている。彼らの表情には、何ら咎める色がない。それどころか、どこか期待しているような、全てを見通しているような眼差しを向けているように悠人には感じられた。
悠人の婿入りは時間の問題だとみなされている、という話は、どうやら嘘ではないらしい。風呂場での一件も、キスの一件も、彼らは承知の上なのだ。
「高校生である間は、万が一性的関係になっても避妊をしてくれればいいが…」
以前、朋子が健一に話していた言葉が、悠人の脳裏をよぎる。あの時は、まさか自分のことだとは思わなかったが、今となっては全てが繋がった。
(孕ませでもしたら、確実に結婚させられる……)
湯気で熱った風呂場の記憶と、唇に残る葵の甘い感触、そして親たちの容認の視線が、悠人の心を締め付けた。誠実であろうとする彼の理性は、葵の無邪気で大胆な攻勢と、周囲の甘い思惑によって、徐々に摩耗していくのを感じていた。
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