33 認めてください

 とりあえずみんなで礼拝堂に入る。いつものメンバー以外は恐る恐るの顔で礼拝堂を取り囲んでいた。


「とにかくズザナ、お前は帰ってくるのだ。そして腹の子を始末して、ハイドランジア卿に嫁ぐのが、いちばんいい人生なんじゃないか?」


「お父様にわたしの人生の良し悪しを決める権利はないと思いますわ。わたしはわたしです。わたしは生きる実感を選んだのです」


「……生きる実感」


 ズザナの母親が呟くように言う。


「そう。王都のお屋敷の暮らしは、知らない誰かが料理を作って、ただ持ってきてもらったものを食べるだけ。着るものも知らないうちに洗濯されていて、部屋も知らないうちに掃除がされている」


「便利でいいじゃない」


「でも、わたしはこの村に来て、自分で料理したりガイウスに料理してもらったり、洗濯したり掃除したり、そういうことがすごく楽しくて嬉しいと思いましたの」


「……そんなの、女中を雇えない家の女がやることだ」


「それだけじゃありませんわ。いまわたしはマメの収穫のタイミングやニンジンの引っこ抜き方だって分かる。生活魔法だって使える。一人でいろんなことができるし、ガイウスがいればもっといろんなことができるのですわ」


「大事な娘が農家の女のようになってとても悲しいわ、母は」


「それはごめんなさい。でもきっと、お母様もご自分で畑の世話をしてみてくださいまし。きっとすごく楽しくてよ。イモムシをつまみだしたりナメクジをやっつけたり……」


「おお、おぞましい」


「どうしてそれが楽しいのだ? ただの労働ではないか」


 ズザナは少し考えた。


「労働も、見方を変えれば楽しいことでしてよ?」


「……?」


「お父様もお母様も、ミューラー商会が儲かるのが楽しいから仕事をなさるのでしょう? その儲かっている、というのを、おいしいニンジンがとれる、とか、おいしいマッシュポテトが作れる、というのに置き換えただけの話ですわ」


 ズザナの両親は顔を見合わせた。ガイウスが話し始める。


「俺はなるべくズザナに、ズザナさんにツラい労働をさせないで済むように頑張っています。もちろんズザナさんが働きたいというならそれでいいし、これからは腹も膨らんで働きたくても働けなくなるかもしれないし、そこはわからないですけれど、俺はズザナさんを宝物だと思っています」


「宝物だと思うなら返してくれ……」


 ズザナの父親は涙をこらえていた。


「あなたがたにとって、ズザナさんが大事な娘だというのはよくよく分かりました。ツラい労働をさせたくない、裕福な貴族の家で幸せに暮らせるようにしたい、というのは当然の親心でしょう」


 司祭が理路整然と言う。


「しかし、ズザナさんがそれを望んでいないという現実を、受け止めるべきです。それに……私はズザナさんがこの村に来たとき、鋼の民憎さに、泥の民と罵って鞭打ってしまった。きっと背中に傷跡が残ったことでしょう。それを、貴族に差し出せますか?」


「司祭どの、そのようなことを?」


「はい。私にもさまざまな過去があります。あなたがたが『犬』や『半足人』と罵った我々にも、過去があり思い出がありトラウマがあります。犬やおとぎ話の妖精ではないのですから」


「そうだっ。この坊さんが鞭でズザナさんをいじめて、ズザナさんは傷だらけになったんだよ! それはあんたらがごうつくばりで、貴族の権力で宣伝してもらおうってまいないを渡したからじゃないのかい!? 本当にズザナさんを幸せにしたいなら、まいないなんか贈らないんじゃないのかい!?」


 カンナステラが甲高い声で言った。


「ズザナさんを信じてあげてください。ズザナさんは、自分の力で幸せになろうとしているんだ。あなたがたの用意したお仕着せの幸せでなく、自分にしか見つからない幸せを手に入れるところなんだ」


 ロビンがピーピーと鼻を鳴らした。


「ズザナさんはたいへん賢くて、優しい娘さんです。幸せになることに貪欲で、献身的な愛情を持っていて……つまりその、ガイウスとお似合いってことです。きっとハイドランジアとかいう貴族ともそうなるはずだったんだろうけど、ズザナさんがそれでいいって言ってるんだ。親なら信じてあげてくださいよ」


 リッキマルクが穏やかに言う。


「ズザナさんが不幸になることはないだろう。この村のみんなが、ズザナさんを認めてる。ズザナさんはガイウスの両親のように、村のみんなと打ち解けて……まあガイウスはそんなに村人に好かれているわけではないけれど、この村を守るために死の森の管理人をやっている。魔族との戦争の恐怖も消えないうちから」


 ダロンも冷静にそう言い、ふすんと息をついた。


「とにかくガイウスはなんでも一所懸命で、最初はわたしに洗濯もさせませんでした。一緒に暮らし始めても触ろうともしませんでした。そして貴族ならオモチャだと笑うようなものですけど、指輪を買うためにとても頑張って働いたのです。わたしはもうこの指輪を外す気はありませんわ」


 ズザナは左手を掲げた。

 ピンクの石が鈍く輝く。


「認めてください。ズザナさんとの結婚を」


 ガイウスは深く頭を下げた。


「っていうかもう式も挙げちまったし、致してるし、子供もできてるし……認めるしかなくない? そりゃ王都の医者に連れてけば子供を堕ろすこともできるんだろうけど、それは母体にすごい負荷がかかるからこの先子供を望むならやめるべき、って週刊誌で読んだよ? 貴族に嫁がせるなら子供を期待するんだろ?」


 カンナステラがそう言う。

 もうズザナの両親も、折れそうだった。


「いいじゃないですか。父親に似たら精悍な男前。母親に似たら可愛らしい美人。ねえ?」


 カンナステラがぺらぺらと喋っていると、外からずしん……ずしん……と重い音が響いた。


「おーいロビン殿。燻製のニシンを作ったからたんまり持ってきたぞ! 脂とろーりの絶品だ! おや? 鋼の民がいるじゃないか。もしかしてズザナさんのご両親かな?」


 礼拝堂のドアを器用に開けて、ハヴォクが入ってきた。でっかい。赤いウロコはツヤツヤしている。


「うわあ! ワニ!」


「はっはっは! リザードマンにワニとかトカゲとか言うとたいてい怒られるからよしたほうがいい! ここにいるのが寛大なハヴォクでよかったな!」


「ハヴォクさん! ズザナさんのご両親が、ズザナさんを連れ戻して子供を堕ろさせて貴族に嫁がせようとしてるんだ。ニシンはともかく何か言ってあげて」


「……鋼の民は、一生同じ相手と添い遂げるのではなかったか? 添い遂げると決めた二人を引き裂くのは、よくないことなのでは? 百人隊長はそこまでしてズザナさんとの結婚を望まれるのか?」


「……」


 ズザナの両親は黙り込んでしまった。(つづく)

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