32 傷つくなんて許せない
強欲なズザナの両親は、ズザナを王都に連れ戻して堕胎させ、ハイドランジア卿に嫁がせて、貴族とのパイプをもち、武器商人の仕事を復活させたいと願っている。
その話を聞いていたロビンとダロンは犬扱いというコボルトにやってはいけない差別をされて激怒しており、冷静に話ができなくなっている。
ガイウスは必死でダロンを止めながら、ズザナの両親と対話を試みていたが、そもそもズザナの両親はガイウスのことを「田舎のみすぼらしい木こり」と見下していて、話をしようともしない。
困ったことになったぞ。
せめてダロンが冷静であれば、もうちょっとガイウスも話がしやすい。しかしダロンは完全に雷オヤジになっており、今にも暴れ出してズザナの両親の喉を噛み裂きそうだ。
「お父様、お母様。わたしはこの村で暮らすと決めたのです。困難があってもそれを乗り越える愛情を、ガイウスはわたしに捧げてくれます」
「だめだだめだ。こんな貧乏暮らしをミューラー家の娘がしているなんて」
「貧乏ではありませんわ。ガイウスはご両親の、死の森を管理する仕事を受け継いで、ちゃんとお手当をもらって働いています。確かにハイドランジア卿のように裕福ではないでしょう。でもわたしは、ガイウスがいいのです」
「ふん……我が家がまた弾薬の製造販売をするためには、お前をハイドランジア卿に嫁がせて、さらなる庇護を得ねばならない。だからこんな木こりのことは諦めて、一緒にこい。いい医者を予約してある。堕胎の腕は王都一だそうだ」
「いやです。ガイウスと愛し合って授かった子を、どうして堕胎しなくてはならないのですか。愛し合っていることはハイドランジア卿にも認めていただいています」
「……ハイドランジア卿が?」
「はい。ハイドランジア卿はガイウスの従軍時代の上官ですわ」
「そ、そうです。百人隊長には大変お世話になったんです。そのよしみもあって、結婚を祝福していただきました」
ガイウスがなんとか、ダロンの背中越しにそう話す。
ズザナの父親は少し考えて、また口を開いた。
「じゃあこの木こりは上官の許嫁を寝取ったのか」
「まあ。許されることじゃありません」
「お父様、お母様。もうとっくに、エヴァレットとは婚約を破棄したではありませんか」
「ハイドランジア卿はお前を気に入っていた。宝石のように美しい人だ、と言ってな。この木こりと結婚したのを引き離して人別帳にバツ印がついて、貴族の妻に相応しくないなら、めかけでもまだ望みがある」
ズザナはどう説明していいのか分からない怒りが湧いてきた。
……怒りと同時に吐き気まで込み上げてきて、ズザナはたたたと隠れて物陰で吐いた。
「ズザナ! 大丈夫か!?」
ガイウスが一番に心配してくれた。
「ええ。これくらいの吐き気なら平気ですわ。吐いてしまったから当分吐くものもありませんし」
「ズザナさん、無理しないで。オレとダロンとガイウスで説得にあたるから、ズザナさんは休んでて」
ロビンが心配してくれたがうっかりするとロビンもズザナの両親の指を噛みちぎりそうだったので、大丈夫、と答えてズザナは両親に向き直った。
「ズザナさん……苦しかろう」
「大丈夫ですわ、ダロンさん。ご心配は無用ですわ」
この騒ぎを聞きつけて、好奇心旺盛なハーフリングたちが群がってきた。群がってきたハーフリングたちは、事情を飲み込むと怒りの顔になった。
「あんたらがズザナさんのご両親。へえー。似てないね。ズザナさんはもっと優しそうで、穏やかそうで、私利私欲で動いたりなんかしないよ。それにズザナさんは本当にガイウスが好きだから、ガイウスと結婚したんだよ」
カンナステラが強い口調でそう言う。
「そうですよ。私が結婚式のときに髪結をした理髪師です。愛し合う2人を裂いてしまうなんて、それが親のやることですか」
リッキマルクも語気を強める。
「ふん、半足人どもめ」
あ、ハーフリングに言っちゃいけないことを言ったぞ。
ハーフリングは体が小さく、直接殴ったり蹴ったりするのは苦手だが、物を投げるのはとても上手い。みんな小石を拾ってズザナの両親に投げようとしている。
「お、おい。みんなやめろよ。鋼の民は石を頭に食らったら死ぬんだぞ」
「そいつはハーフリングもコボルトも一緒だ。ズザナさんはこの村の人間だ!」
リッキマルクがそう怒鳴る。ハーフリングたちはすごい勢いで石をぶん投げ始めた。ガイウスはやっと冷静になったダロンから離れて、ズザナの両親をかばった。
「なんでそんなのかばうんだいガイウス!」
「だ、だって、俺の舅どのと姑さんだぞ!? このきれいな、宝物みたいなズザナを産み育てた人たちだぞ!? お前ら少し冷静になれ! 無礼なことを言ったのは俺が謝る!」
「こいつらが謝るまで許すもんか!」
「そうだそうだ!」
「やめてくださいまし! こんなひどい親でもわたしの親でしてよ!」
ズザナがそう声を上げると、ハーフリングたちは石を投げるのをやめた。
「ガイウス、大丈夫? 血が出ていますわ」
「ちょっと額が切れただけだ。ズザナのご両親に怪我はない」
「よかった……」
「ず、ズザナ。こんな乱暴な連中の住んでいる村はダメだ。一緒に帰るんだ」
「それはお父様とお母様が、この村の人たちに無礼だったからですわ。ふだんはみんな、とってもいい人たちですのよ?」
「それはこの木こりに言わされているんだろう?」
「あら。ガイウスがそういうことをするように見えて?」
「……まあ、みんなちょっと落ち着こうや。ちゃんとみんなで話し合おう。そうすればきっと結婚だって認めてもらえるかもしれないし、ズザナだって子供を堕ろさないで済むかもしれない。少なくとも俺はズザナが堕胎の薬を飲んで傷つくなんて絶対に許さないつもりだ。ズザナが傷つくなんて許せない」
「ガイウス、やっぱりあんたギヨームさんとウルスラさんの子だよ」
カンナステラがしみじみとそう言った。村のみんなもそれに頷いている。
「お父様、お母様。わたしはガイウスの血を、この世界に残したく存じます」
「こ、こんな医療の行き届かないところで子供を産んだら死んでしまうわ」
「医者ならいますよ」
そう声を上げたのは司祭だった。いや、この間まで司祭だったが、いまは医者だ。医者をやりながら人別帳の管理を任されている、という立場である。
「半足人の医者なんて信じられるか」
「まあ鋼の民はそう言うでしょう。しかし私は若いころに軍医だったこともあります。とにかく、みんなで冷静に話し合いましょう」
とりあえずみんなで、いまはみんなで聖典の読み合いをするだけに使っている礼拝堂に入る。空はどんよりと曇り始めていた。(つづく)
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