ココロノオトの向こう側 －恋と秘密のメロディ－

第二話 思いの丈と歌

放課後のチャイムが、空虚な音を立てて響いた。

生徒会室には、私一人。

完璧な生徒会長の仮面を脱ぎ捨て、

スマートフォンを握りしめる。

画面には、「ココロノオト」のサイトが表示されていた。

昨日、偶然耳にした、あのサイト。

自分の気持ちを歌にできる場所。

匿名で、誰にも知られずに。

ハルキへのどうしようもない恋心。

そして、誰にも言えない、

私の「欠点」や「隠れた情熱」。

この感情を、どうにか形にしたい。

そう思った時、頭の中に、

あるメロディが、ふわりと流れ始めた。

それは、白と黒のモノクロの世界に、

微かな色彩を与えるような、

切なくも、どこか希望を秘めた旋律。

心臓の奥が、トクンと音を立てた。

私は、震える指で、

サイトの「新規投稿」ボタンをタップした。

タイトル。

何にしよう。

「モノクロの鍵」。

そう、これだ。

私の心にかけられた鍵。

そして、ハルキへの、

誰にも言えないこの恋心。

全てをこの歌に込める。

まるで、心の全てをさらけ出すかのような、

そんな覚悟が、私の胸に生まれた。

私は、机の前に座り、ヘッドホンを装着した。

インストゥルメンタルのトラックを再生する。

ピアノの音色が、静かに私の心を包み込む。

窓の外は、茜色の夕焼けに染まり始めている。

遠くから聞こえる運動部の掛け声が、

どこか、別の世界の音のように感じられた。

私は目を閉じ、心の中のハルキを思い描く。

彼と目が合った瞬間。

彼がさりげなく差し出してくれた、教科書。

真剣な眼差しで、授業に集中している横顔。

一つ一つの記憶が、音符となって浮かび上がる。

歌詞を打ち込んでいく。

指先が、感情のままにキーボードを叩く。

「完璧な笑顔の裏で　息を潜めていた私」。

そう、私。

誰にも見せない、私の本当の姿。

「誰にも言えない秘密を抱え　モノクロの世界で」。

二次元アイドルへの熱狂。

誰も知らない深夜のダンス。

極度の方向音痴。

完璧な生徒会長という仮面の下で、

どれだけ苦しんできたか。

その葛藤を、言葉にしていく。

誰にも言えない秘密を抱え、

どれだけ孤独だったか。

その孤独が、胸を締め付ける。

そして、ハルキへの、

このどうしようもない「好き」という気持ち。

彼にだけは、本当の私を知ってほしい。

この醜い部分も、受け入れてほしい。

そんな切なる願いが、言葉となって溢れ出す。

「完璧じゃない私を　君は受け止めてくれるかな」。

震える指で、歌詞を打ち込む。

心の奥底から、魂を絞り出すように。

何度も書き直し、何度も口ずさむ。

ボーカロイドの透明な声が、

私の心を代弁するように響く。

まるで、私自身の本音が、

ハルキに語りかけているかのようだ。

歌詞を打ち終えると、

私は深く息を吐いた。

心の奥底に溜め込んでいた感情が、

一気に解放されたような気がした。

肩の力が、フッと抜ける。

タグには、「#完璧な私」「#秘密の趣味」「#片思い」「#モノクロの世界」「#鍵音」と入力した。

この歌が、誰かに届くなら。

いや、届かなくてもいい。

ただ、この感情を、形として残せたこと。

それが、今の私にとって、何よりも大切だった。

「投稿」ボタンを押す。

画面が切り替わり、「投稿が完了しました」の文字が表示される。

私は、スマートフォンを胸に抱きしめた。

ひんやりとしたスマホの画面が、

私の熱い頬に心地よい。

この歌が、誰かに届くなら。

いや、届かなくてもいい。

ただ、この感情を、形として残せたこと。

それが、今の私にとって、何よりも大切だった。

完璧な生徒会長の仮面の下で、

ひっそりと息づく、本当の自分。

そして、ハルキへの、どうしようもない恋心。

この歌が、私の心の鍵を開いてくれることを願う。

生徒会室の窓から、夕焼けが差し込む。

モノクロだった世界に、

微かにオレンジ色の光が灯った気がした。

私の心に、小さな希望が芽生え始めていた。

私は、完成した曲のQRコードを、プリンターで印刷した。

一枚の、小さな紙切れ。

それは、私にとっての、ハルキへの「本気のラブレター」だった。

これを、どうやって渡そうか。

直接手渡す勇気は、まだない。

顔を見たら、きっと言葉が出なくなる。

でも、きっと、ハルキなら、

この歌に込められた私の想いに気づいてくれるはずだ。

そう、信じたかった。

手に取った紙切れが、じんわりと温かい。

まるで、私の心の熱が移ったかのように。

翌日。

私は、ハルキの机の引き出しに、そっとQRコードを忍ばせた。

誰も見ていないことを確認し、素早く。

心臓が、耳元で激しく脈打つ。

一瞬、ハルキの机の上に置いてあった、

彼が部活で使っている、使い込まれたバドミントンラケットが目に入った。

そのラケットが、私の胸を締め付ける。

この歌が、彼の耳に届くのだろうか。

届けば、彼はどう思うだろう。

喜び。

それとも、迷惑に感じるだろうか。

不安が、胸をよぎる。

でも、もう一歩踏み出すしかない。

これが、私にできる、精一杯のことだから。

私は、ただひたすらに、ハルキの反応を待った。

教室で彼を見かけるたび、

無意識に彼の表情を目で追ってしまう。

彼がスマホを触るたび、

もしかしたら、と期待に胸が震える。

しかし、何も変わらない日常が続いた。

放課後、ハルキが友達と楽しそうに話しながら、校舎を後にする姿が見える。

彼の背中が、今日も少しだけ遠い。

その中に、私の秘めた想いが、確かに息づいている。

期待と、裏切られることへの恐怖。

私の心は、二つの感情の間で、大きく揺れ動いていた。

夜が更けても、私は眠れない。

ただ、静かに、ハルキからの反応を待ち続けた。

孤独な夜は、まだ明けない。