プロローグ

たくさんの赤子の鳴き声が辺りに響いている。

そんな中を看護師に誘導されながら一人の女性が歩いていく。


「・・・よろしいですか?」


一つの扉の前に立ち、女性に振り返りながら看護師から問われた言葉。


「・・・・・・覚悟はしてきました。お願いします」


女性は決意を込めた眼差しで看護師に言った。


「わかりました。・・・ではこちらへ」


女性の決意を見て取れた看護師は扉を開け奥へと進んでいく。

看護師の後ろを歩く女性が扉の中へ入る。そこは先ほどの部屋に比べ全体的に暗く奥まで見通せないようになっており、カーテンで仕切られている保育器が数多く存在している。通路も狭く足元にも様々な医療器具が置かれており、歩きにくい。


「足元が危ないですので気をつけて下さい。それと、余り周囲を見ないほうがよろしいかと」


看護師が女性に注意を促し先へ進んでいく。

女性は少し遅れて歩き出し何度か足を取られながらも看護師に付いていく。

——が、足元がおぼつかず、転びそうになるたびに左右のカーテンの隙間から赤子が見えてしまう。

そこには、両肩から先が獣のように体毛に覆われ鋭い爪をもつ赤子や、全身を鱗に覆われた赤子、両手両足が無く頭部が2つある赤子など様々な赤子が保育器の中で眠っていた。

それらを見るたびに背筋が凍る思いをしているのだが、奥に行くに従い、徐々に酷くなっていく。

半身が甲殻で覆われ甲殻から得体のしれない液体がでている赤子、腕が3本生えており、蛇のようにうごめいている赤子、下半身がドロドロに溶け、クラゲのように触手が生えている赤子など、一部人の形が崩れた赤子が多くなっていく。


「・・・・・・・」


女性は思わず、目を伏せてしまう。覚悟はしてきたがまさかこの状態の赤子より自分の子が酷い状態である現実に果たして正気を保っていられるか?そう思ってしまう。


「着きました」


看護師が部屋の中で一番大きなカーテンの前に立つ。


「再度ご確認いたします。・・・・本当によろしいのですね?」

その問いに女性は逡巡し、力強く頷いた。


「どんな容姿をしていても私が産んだ子です。お願いします」

「・・・・分かりました。ですが、産後間もない今の状態では、心身共にどの様な影響を受けるか分からないため私はここにて待機致します。それと、改めて体のチェックを受けて頂きます」


そう言って、体のチェックを始める。


「あの・・・ここに来るまで3回も受けてきましたが、このチェックには何か意味があるのでしょうか?」


看護師は真剣な表情でチェックをしつつ声のトーンを少し下げて告げた。


「・・・このお部屋に居る赤ちゃん達を見れば分かると思いますが、ご家族の方が・・・その・・・・赤ちゃんの為を思って殺めてしまう事が良くあります。病院側としては、そういう事を未然に防ぐ事しか対応が出来ないのです。酷いですよね。赤ちゃんには何の罪もなくて、少し個性的な見た目という事だけなのに」


体のチェックを終えた看護師は悔しそうに唇を噛み俯く。女性はその話を聞いて驚いてしまった。


「すみません。このような事を言ってしまって。もし、他の人に聞かれてしまったら異端者扱いをされてしまいますね。今の話は他言無用でお願いします」


そう言って頭を下げて少し横に移動した。


「お話はよく分かりました。聞かなかった事に致しますが、私は今のお話を聞いて良かったと思います。よくあなたの言葉を噛み締めて、息子に会いたいと思います。」


そう言って、女性はカーテンを開け中に入って行く。


「おはよう。今日から私が貴方の母ですよ。よろしくね。輝人(あきと)」

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