第3話
「エド、大丈夫?」
山の斜面を登りつつメリクが振り返り、随分下の方で斜面にかじりつくように登って来るエドアルトに声をかける。
「へいき……です、けど、……なんでメリクそんな身軽なんですか」
ぜいぜいと息をしつつエドアルトは樹にしがみつくようにして一旦休んだ。
「別に普通だと思うけど」
メリクは息一つ乱していない。
一時期、彼と追いつつ撒かれつつの生活をしていた時に気付いたのだが、この吟遊詩人はとにかく旅の足が速かった。
のんびり旅をしてると思いきや、風のように山谷を越えて行く。
「なんか魔法使ってるんですか? 瞬間移動的な何かとか」
紐に繋がれたバットが、荷物からひょっこり出て来て、当てつけのようにエドアルトの頭の上に腰掛けた。
メリクはしゃがみ込んで崖下を覗き込んで笑ってる。
「瞬間移動の魔法なんてないよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだ。だから基本的に魔術師一人が飛んだり浮いたりなんていうのは不可能なんだよ。それは御伽噺の中だけ」
「メリクがズルしてないのは分かりました。でもメリクと俺なら絶対俺の方が体力あるはずですよね⁉ なんでだー⁉」
「君は余計な所に色々体力を使っているんじゃないかなぁ。重そうだねその剣」
「重そうじゃなくて重いです……本音を言うと父親の形見じゃなかったら今すぐ投げ捨てたい……」
メリクが笑ってる。
「ほら頑張ってよ。もう少しで下りに入るから」
「ほんとですかっ」
「うん。この道は前に一回通ったことあるから。この辺りが一番苦しい斜面だよ」
「ほんとですかっ ほんとですねっ」
「うん。もうすぐ街道に出るから休憩はそこでしよう。ここでしたら下まで転げ落ちるよ」
「うー……」
エドアルトは低く唸った。
正直樹から手を離した瞬間谷底に落ちていきそうなほど疲れていたが、メリクが上で自分で待っていてくれるのは本当は嬉しかった。
もう置いて行くのはやめたと言ったあの日から、青年は旅の途中でもこうしてエドアルトの歩く速度に自分のペースを合わせてくれている。
それは単純に嬉しかった。
「よーし! いくぞー!」
エドアルトが大きく声を出し、両手を突きながら元気よく上って来る。
バットがぱたぱたと暢気に飛びながら、そんな四つん這いに地を這うエドアルトを見下ろしていた。
◇ ◇ ◇
エデン中央部。
リングレー地方の交易都市ギリシア。
エドアルトの頑張りもあり、彼らが到着したのは完全に陽が落ちる前だった。
宿に着いた途端エドアルトはベッドの上にバタッと倒れた。
メリクは少ない荷物を片付けて手琴を抱えた。
「エド、俺酒場に行って来るよ」
「……えっ⁉ 休まないんですか?」
「うんまだ眠くないし。ちょっと街見て来る」
「……メリクどういう体力してるんですか。それともなんか疲れない魔術とか使ってます」
「そんな魔術ないよ」
笑いながら、メリクは散歩に行くみたいにのんびり出て行く。
「あ、俺も……」
「ああ大丈夫。治安も良さそうだしね。エドは休んでおきなよ。一眠りしてていいから」
「うう……すみません……」
「いや本当にあのルートはリングレー入りするのに一番近いけど一番厳しいルートだったからさ。気にしないでいいよ」
メリクはエドアルトの頭をぽふぽふと軽く慰めるように叩くと部屋を出て行った。
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