月霞市国の物語
神咲 妃光子 (かんざきひみこ)
第0話 《今日の占い:必要な人が近くにいます》
放課後のとう東京。
制服姿の女子高生たちが、楽しそうに笑いながに横並びで歩いている。
人混み、笑い声、音楽、ネオン。
“日常”が眩しいほどに溢れている空気。
そんな中、軽いテンションで話題が飛ぶ。
「ねえ、“ヴェナ”ってアプリ、最近めっちゃ流行ってない?」
「それ!私も使ってる。てか、みんな何でも相談してない?
なんか占いも……当たるんだよね、あれ。」
「そうそう。私も毎日みてる。
占いとかアドバイスとか、変に刺さるの。」
「てか怖くない?“あなたの必要な人は近くにいます”とか出ると……
いや誰だよって感じなんだけど(笑)」
「わかる〜!
でもさ、見ちゃう。なんかこう……読むとちょっと元気になるんだよね。」
「うんうん。私、昨日ケンカしてた友達と普通に仲直りできたし。
アプリのせいか知らんけど!笑」
女子たちはキャッキャと笑い、
信号が青になると動物みたいに一斉に歩き出す。
その何でもない会話は、
“日本全国で静かに進んでいる計画”の
ほんの入り口にすぎない。
でも彼女たちは知らない。
今この瞬間、
そのアプリが導く“縁”が、
遠い静かな町で動き出していることを。
⸻
月霞市国・夕暮れ。
東京とは異世界のように静かで、
空気の密度がやわらかい。
アオイはコートの襟を直しながら、
仕事の帰り道を歩いていた。
深煎りコーヒーの香りがほんのり残っている。
スマホが震える。
【今日の運勢:心は低空飛行】
【気分の安定には“良縁”との接触が効果的です】
「またか……」
アオイは画面を閉じた。
占いなんて信じない。
ただのアプリの言葉だと思っている。
──その数十メートル先。
リリカは紙袋を抱え、慣れない街を不安げに歩いていた。
風が頬に当たるたび、少し身を縮める。
彼女のスマホも、ほぼ同時に震く。
【今日の心のメッセージ】
《あなたに必要な人が近くにいます》
リリカは今日の占いかと思いながら閉じる。
そして──
二人は同じ細い路地ですれ違う。
アオイは視線を前に向けたまま歩き、
リリカは紙袋を胸に寄せて足早に通り過ぎる。
互いを知らない。
目も合わない。
声も届かない。
──ただ、風だけが二人の間を通り抜けた。
AIは、その瞬間を静かに記録している。
《接続ログ:因縁レベル上昇》
《対象:アオイ(31) × リリカ(26)》
彼らはまだ知らない。
これが“始まり”であることを。
月霞市国の夜は静かだ。
灯りがぽつり、ぽつりと滲む。
アオイは家に帰り、コーヒーを淹れた。
リリカは部屋で花瓶の水を替えた。
誰も知らないまま、
「縁」は確かに動き出している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます