第七章 第四幕 Practice of the form
――ザッザッザッ
まさがシュートを打ってくる。
左足で踏み切るっ!
思い切り伸ばした左手は、鋭く放たれるシュートを指先で弾く……。
――――カンッ
「あぶねぇー。」
「先輩流石ですね。」
ギリギリで弾いたボールがゴールポストに当たり、ゴールには入らなかった。
「だいぶ危なかったけどな。それはともかく、俺の飛ぶ時のフォーム見てたか?」
まさは大きく頷いて嬉々として喋る。
「すごいっすね!自分だったら取れてないですもん!」
いや、あれを取れるようになってほしいから、これをやるんだがな……。
「とにかくやるしかないかな。飛ぶ時のタイミングとか、空中での手の伸ばし方とかは、やっていくうちに修正していけばいいから。」
「わかりました!」
二本目……
まさが踏み切る…………。少し早い気がする。
――――サッ
ボールがゴールネットに包まれる。
「お願いします!」
三本目……
――ダッ
まただ。俺が蹴るよりもコンマ0秒先に飛んでる。
「まさ。ボールがどの位置に飛んでくるかはわからないから、俺が蹴るよりも先に飛べば、逆突かれるぞ。」
まさが頷く。
―――四本目……
――ドンッ
先ほどよりは強い球を、ど真ん中に打ち込む。
――タッ
よし、踏切りのタイミングは行ける……!
――ササ~
ボールがネットに刺さる。
「飛ぶタイミングは今の感じで大丈夫だ。」
――――そんなこんなで、ある程度フォームが安定してきた。
「シュートの位置によって、伸ばす手を変えるんだ。」
位置の高いシュートと横に振れ幅のあるシュート、まさは両方とも同じ手を使っている。
「高いシュートはどうするんですか?」
「たとえば、右に向って飛ぶ時、腕の位置関係はどうなる?」
「ええと……。右だから、右手が下、左手が上になりますね。」
これがわかればもういけるだろう。
「あっ。つまり、高い位置のシュートは上になっている手で、自分と同じぐらいの高さで横に飛ぶ時は下になっている手ってことですね?」
物わかりの良さは、自分と似ていて少し誇らしく思う。
「そういうこと。それに気を付けてやっていこうか。最初の四本ぐらいは、上、下交互になるように蹴るから、まずはしっかり意識してやるんだ。」
「わかりました!」
交互に四本シュートを打ち込む。蹴る側も調整難しいな……。
「今の見ました……っ!?」
1~3本目までは、慣れてない逆手を伸ばすのに一苦労していた。しかし……
「すげえな。この短時間で、逆手も伸ばせるようになってたし、ちゃんとシュートに触れてた。」
正直、ここまで成長するなんて思ってもいなかった。だからこそ、この伸びは大きい。
「でも、弾き切りたいですね……。」
向上心があるのはいいことだ。俺も高校生の時は、向上心の権化みたいだったからな……。
「まさはそうだな……。弾ききれない理由は何だと思う?」
まさが腕を組んで悩む。
「んんんーーーー……。」
顔を上げて、組んだ腕をほどき、真っすぐに見てくる。
「わかりません!」
正直でよろしい。と一人ほくそ笑みながら、
「ミニコーンを細かくジグザグに行ってから、やっている意味は分かる?」
かなりの難問だ。そもそもこの意味が分かれば、さっきの理由にも気づいている。
「わかりません!」
今度は悩むことなくはっきりと言う。
「これはステップ練習だ。サイドステップとクロスステップがあるのはわかるね?」
「はい。」
サイドは反復横跳びのような移動、クロスは足を交差、つまり横へ移動するのを体は正面に向けたままやる。クロスは移動が速い分飛びにくい。
「今回のシュートはどっちの方がいい?二択だ。」
コーンは右端、シュートは真ん中。そこまで大きく移動する必要はない。
「サイドですかね。」
「そう。まさのサイドステップはクロスのときぐらい腰が高い。だから踏み切るときに、地面に力がうまく伝わってない。」
「たしかに、思い切りジャンプするときって、腰落として地面踏み切る感じですね。」
「よし。わかったっぽいから、早速やってみようか。」
まさの頑張りと、成長を見ると思う。
――――呑み込みの早い高校生時代。俺は何にでもなれる気がしていた。というか、何物でもない自分だからこそ、真っ白だったからこそ、何色にも染まれると思っていた。
――――――2024年6月5日10時24分頃
先生「慎一。キーパーそろそろよさそうか?」
フィールド選手の練習もひと段落したのだろう。
「はい。大丈夫ですよ。シュート練習ですね?」
先生「あぁ。慎一もよかったらシュート練習入ってもいいし、キーパーとしてもう一つのゴールでやってくれてもいいぞ。」
シュートを打ちたいのもある。自分でキーパーを久々にやりたいのもある。けれど今は…
「最初は彼の成長を見たいので、いいですか?」
先生「わかった。また細かいことは慎一に任せる。」
――――シュート練習が始まる。フィールド選手の打つシュートは、強豪校ほどのものではない。枠外に飛ぶことも多いし、キーパーの正面にくるシュートもある。
その中でも、いくらか枠内でいいシュートを打つ選手もいる。
「今のとりたいね。」
ゴールポスト脇に立ち、まさの動きを見る。さっきまで練習していたことを忠実にしている。
「フォームはOKだね。あとは止めるだけ。」
まさのやる気に満ちた目を見ると、高校時代の自分を呼び起こす。
形はできても、中身のない、意味のないことを……高校時代にずっとやっていたのかと思ったことは何度もあった。けれど……
「フッッ!!!!」
まさが思い切り飛んで体を伸ばす。シュートはクロスバーに向って行くライジングシュートだ。
――――逆手!!!!
うまく上にそらされたシュートはクロスバーを越え、ゴール外へ弾かれる。
「「「「ナイスキー!!!」」」」
シュートを打っていた選手たちが、みな一様に大声で叫ぶ。
――このために、積み上げるんだ。
中身がないと意味がない。それはもっともだ……。しかし、形があれば、中身を備えるための器があるということに気づけていなかった。
――器がなければ中身も入らない。もっと早く気づけてればな……。
「今の見ました?!」
と興奮気味でこちらに顔を向け喜ぶ。
「今のはすごいよ。経験者がキーパーしてるのかと思うぐらい!」
あっ。
まさに向かって次のシュートが飛んでくる。まさはこちらを見ていて気付いていない。
「「「危ない!」」」
おい、集中しろっ!
と言う前に、体が反応する。
―――ダッダッダ
ット。
伸ばした右手に確かな感触。どうにか搔き出したボールはまさの横腹から軌道をはずし、ゴールに入っていく。
「先輩!」
「おめえ、シュート練習なんだから集中しろって。」
まさは申し訳なさそうにしている。
「今はとにかく、止めることだけに集中しな。」
「はい。」
何かがうまくいったとき、飛び跳ねるように喜んだ。勉強だけじゃなかった。綾乃と付き合えることになったときもすごく嬉しくて、周りが見えないことがあった。
――だからこそ、同じ轍を踏んでほしくない。
そのためにも今日、あの日の自分を、彼には超えてもらう。
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