第七章 第三幕 ここから始まった物語

県立頭南高校

――偏差値50の平均的な高校。普通科と国際科があるが、大学の進学実績も、部活も大会で県出場が度々出るぐらいの普通の高校。

 ありふれた高校だ。


 校門の脇に立つ桜の木は青々と茂り、この先に咲く花の準備をしている。



<<頭南高校グラウンド>>


――――――2024年6月5日08時53分10秒


「こんにちは。」


「来てくれてありがとな。」


 政一先生と昨日ぶりの再会。


「なんか、久々な感じがしますね。」


 昨日は教師姿だったため、今日のようなスポーツウェアの先生を見るのは久々だ。


「確かにそうだな。俺も、慎一がサッカーするのを見るのは楽しみだ。」


「そんなこと言わないでください。サッカーやるの7年ぶりなんですから。」


 政一先生は、目じりにしわをつくって笑う。


「はっっは。それはそれで見るの楽しみだな。」


 いつも先生はグラウンドに来てからスパイクに履き替える。その癖は変わっていなかった。


「そういえば、昨日あれから慎一の代のサッカー部で来れるやついるか聞いてみたら、意外といたぞ。」


「え?そうなんですか?誰が来るんですかね…。」


 高校の時のサッカー部員が来るなんて、会うのも久々なのに…。サッカーを一緒にやることになるとは……。


「それは来てからのお楽しみだな。」


「楽しみにしときます。」


「それで……一年生のゴールキーパーっていうのは……。」


「あぁ。あの子だ。」


 遠目ながらも、意外とわかる。ソックスを膝上まで上げ、キーパーグローブを持った少年。自分と身長は大して変わらない。


「先に話してくるか?」


「いえ、最初に集まったときにでも自己紹介しますよ。」


 さすがにいきなり行くのは躊躇う。高校生からしても、教育実習生でも、外部コーチでもないただのOBがいきなりコンタクトとってきたら怖いと思う。


「そうか……。お、そろそろ着くってよ。」



――――――数分後



「よお!久しぶり~。」


「お久しぶりです先生!」


 こちらに向かってくるのは、賢斗、桂、佑樹の三人。


「来てくれてありがとな~。」


 先生は三人の姿をザっと見る。


「お前らあんまり変わってないな。」


賢斗「これでも変わったほうですけどね。」


桂「賢斗はあまり変わってないでしょ。」


 この二人は互いに同じ中学出身だ。


佑樹「俺は先生と同じ高校で働いてるから、久々でも何でもないけどね。」


「佑樹は頭南高校で何教えてるん?」


佑樹「体育だよ。めっちゃ倍率高かったけど何とかなってほんとによかった~。先生あざす!」


先生「別に俺がどうこうしたわけじゃないからな。」


賢斗「それやってたら流石にまずいですよね。」


先生「まずいというか、そもそも俺に裁量権ないからな……。」


 と苦笑いの先生。


賢斗「ともかく、誘っていただいてありがとうございます。」


「そろそろ始めます?」


 流石にOBと先生が話し込んでは、現役生の練習時間がとられてしまう。


先生「そうだな。一回集めるわ。」


――――「集合ー。」


「「「「「「おおっっ。」」」」」


 懐かしい感覚。一体感ある集まり方に体が共鳴する。


先生「今日は、ええー…OBの皆さんに来てもらいました。じゃあ、自己紹介頼んだ。」


桂「俺から行きまーす――――えぇ~名谷大学理工学部出身の大曾根桂です。暑いので熱中症には気を付けていきましょー。」


賢斗「えー。名子学院大学人類文化学部卒業した矢野賢斗です。右サイドバックやってました。」


 フォーマット崩してきたなぁ。


佑樹「愛姫学院大学スポーツ科学部の和泉佑樹です。ちなみに留年してるので、まだ社会人2年目でーす。ポジションはトップです。ドリブルには自信ありましたねー。」


賢斗「いや、ねちねちドリブルやん。」


 取られそうで取られないけど、進まないドリブルのことである。


佑樹「いや、あーいう嫌がらせだから。ディフェンスに対する。」


 俺の自己紹介前に盛り上がられるのは少し困る……。


「ええと……山北大学法学部の新汰慎一です。ポジションはキーパーでした。一応元キャプテンです。今日はガッツリ教えに来たんで、キーパーは覚悟決めといてください。」


 そう言うと、キーパーの子が隣の子に小声で何か話す。


先生「というわけで、お前らの先輩の中にも、学業で優秀な先輩もいるから、文武両道は可能だってことだな。」


 生徒たちは驚いている表情をしている子もいれば、焦っているような子もいて、反応は区々だ。


先生「それじゃあ、やるぞ。慎一。キーパーの方は全部任せてもいいか?」


「お任せください!思い出しつつ自分もやりますんで。」



――――キーパーとフィールド選手に分かれてアップと練習を始める。


「初めまして。」


「初めまして…。」


「そんなに硬くならなくて大丈夫だよ。たかがOBだしね。」


 それでもまだ表情が解れない。


「俺も知らないOBが練習に参加しに来たときは、誰やねんこいつー!ってめっちゃ思ったし。」


 明るい自虐を挟みながら話しかけると、意外にも笑ってくれた。


「先輩も思ってたのに来るんですね。」


 と笑いながら正論を突いてくる。


「先輩ってのは、後輩に世話を焼きたくなるんだよ。」


「へぇー。自分はそうならないように気を付けます!」


「なんでやねん。」


 軽く打ち解けたようだが、肝心の彼の名前を聞いていない。


「そういえば、名前は?なんて呼ばれてる?」


「まさ、って呼ばれてます。先輩もそう呼んでください。」


「よし、まさ。早速アップ始める……前に、グラウンドに石がないかどうか確認していこうか。」


 まっさは素早くゴール前のグラウンドを確認して、見つけた石を外に放る。


「オッケーです!」


「じゃあ、いつもはどんな感じでアップしてる?」


 当然のようにボールをもって、


「正面のキャッチとグラウンダーのボールのキャッチ練習して、あとは横跳びのための基礎です。」


 うん。俺の時と全く一緒。アップ方法は継承されていて安心する。


「それやってこう。」


――ドンッ

 ボールをまさの正面に蹴りこむ。足に伝わるボールの感覚が、あの日々を思い出させる。


――ッパ

 まさが綺麗にキャッチする。


「ちゃんと顔の正面でキャッチできてるね。よし。」


 ある程度正面は終え、グラウンダーもやるが、大きな問題はない。


「うん。全然大丈夫そうだね。」


 次に横跳びのための基礎。受け身までの流れを身につけるのが目的だ。最初から思い切り横っ飛びをしようものなら、首を痛めたり、受け身がうまくいかず、関節を打ってしまうこともあるためこのアップは欠かせない。


「いける?」


「はい。大丈夫です。」


――ッパ

 まさの手が届くぎりぎりを狙う。少し危なげではあるが、キャッチし、地面につくまでの流れはできている。


「悪くないね。」


 高校からキーパーを始めて、ここまでできているのであれば、あとは実践に近い練習の方に問題があるというのだろう。


――――アップ練習を一通り終え、軽く給水を取る。


「先輩、結構動けるんですね。」


 まさと一緒になって、俺もアップを久々にやってみたのだ。


「え?そんなに動いてなさそうに見える?」


「だって先輩めっちゃ肌白いんですもん。」


 と後輩に苦笑される。まぁこれは……引きこもりの代償みたいなものだ。


「いや、大学でも運動は一応してたからな。それよりも練習やるぞー。」


「はーい。」


――――次は、俺が高校生の時の世界最高峰のキーパー、マヌエル・ノイアーの練習をまねたものだが、実践に近く、アップの延長ともいえる。


「このミニコーンをジグザグに進んで、先頭のコーンまで行ったら、俺がシュート打つから、それを止めてくれ。はじきだせればOK 。俺のシュートが甘ければキャッチもしてね。」


 かなりちゃんと横っ飛びをしないといけない練習なので、試合やフィールド選手のシュート練習に入るときには重要になってくる。


――――ザッザッザ……。

 まさが先頭のコーンに来る。


――――ドッ。

 40%ぐらいの力でシュートを打つ。ミニコーンはゴールの左ポスト近く。シュートはおよそ真ん中ぐらい。流石にとれるか……?


――――ズサァ。

 まさが横跳びするも、体が伸び切らず、ボールに手が届かない。


「シュートきつくないですか?」


 いや。そんなことはない。シュートスピードもそこまで出ていない。


「フォワードのシュートだったら、もっと速くて強い球来るぞ。」


「先輩とれるんですか?」


 そう聞かれると、やってみなければわからない。


「じゃあ、やって見せようか。」


「お願いします。」


――そうして、俺はミニコーンをステップで進んでいく。小刻みに……そして素速く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る