第二章 来ない夜明けの中で 第一幕 天王山
――――――2017年8月7日10時37分10秒
「名子大学なら、今から小論文の対策をすればいける可能性はある。」
新汰慎一。こいつなら旧帝国六大学も夢じゃない。教師として本気でそう思う。しかし、
「確かに、名子大学は今から対策すればいけるかもしれません。けど僕は、
そう、慎一ははっきり言う。目指すなら高いところ、ということなのだろう。だからあえて言う。
「西京大学は国語、数学、英語に加えて世界史も入る。数学なんて文系に解かせるものとしては最高峰に難しい。それは慎一のことだし、すでに過去問も触れているだろうから実感しているだろう。」
慎一はうなずく。それに促されるように、
「なら、合格までの道のりにおいて自分がいまどういう位置にいるか理解できているか?」
慎一は少しためらいがちに言う、
「一応、河名塾の西京大学実践模試は先日受けました。結果は夏休み開けて帰ってくるんですけど、自己採点したところ、数学は大問1だけ完答しましたが、他はほぼ解けなかったですかね。」
なるほど、こいつは本当に西京大学を目指しているようだ。しかしその現状にあまり屈している様子はない。むしろ、楽しそうである。もしかしたら、こいつは本当に西京大学に受かるかもしれない。そんなわずかながらの希望が宿った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政一先生はいつも生徒に対して、意見を正直に伝え、そのうえで生徒である俺らの選択を最大限尊重してくれる。文系ニ類のクラスの担任の政一先生は数学の先生で、サッカー部の顧問でもあった。いろいろと知っている間柄だからこそ、なおさら進路のことは慎重になってくれる。
「今日は俺、部活いけないから指導頼むわ。」
「先生から見て特にやっておいてほしい練習とかありますか?」
「新人戦も近いから、セットプレーは必ずやっておいてほしい。それ以外は慎一に任せる。」
先生も忙しく、部活を見にこれない日も多く、キャプテンである俺が練習メニューを組んだりしていた時もあった。その甲斐あってか、先生が見に来ていない週でも、リーグ戦に3連勝できたときもあった。
――――――2017年8月7日10時40分31秒
「一応、河名塾の西京大学実践模試は先日受けました。結果は夏休み開けて帰ってくるんですけど、自己採点したところ、数学は大問1だけ完答しましたが、他はほぼ解けなかったですかね。」
一応、そう一応受けたのだ。しかし結果惨敗にもほどがある。英語は200点満点中32、国語も200点中28点、数学は200点中35点、一番得意な世界史も200点中67点に終わった。さすがにこれで西京大学を受けに行くのは無謀にもほどがあるかな…
「いずれにせよ、名子大学の小論文も一筋縄ではいかないからな…」
「もちろんわかっています。なので、月末の記述模試で判断したいですね。」
そう言って、大事な判断を先送りにして、そんな自分の判断を信じて疑わなかった。
「おっけー。じゃあ、それまではとにかく死に物狂いでやれ。」
そう、「死に物狂い」それが政一先生の口癖だった。
――――――
その一方で、夏休み期間中、文化祭の準備が行われている。どうやら少なくとも3日間は作業に来てほしいとのことだったので、三日連続でシフト?をいれた。
俺らのクラスはそう――――性転換メイド喫茶だった…
ふざけて誠也と憲弘が提案したところ、男子ほぼ全員が他の出し物に興味なさげで投票したため、多数票がこれになったのだ。マジでよ…
――――――2017年8月21日11時24分頃
しかし、意外にもみんな乗り気で、俺だけ気後れするのも癪なので、飾りつけの製作を手伝う。真面目に作業していると、一人の女子が来た。
――――ああ、2年の時に埼玉から引っ越してきた女の子。綾乃だ。意外にもすぐ思い出せた自分に感謝しつつも目の前のことに集中する。
「すごく一生懸命につくるね。普段の授業とか放課の雰囲気からすると、あんまりこういうの好きじゃないと思ってた!」
どうやら、普段の雰囲気は話しかけづらいのだろうか。そう思議して沈黙している隙に――――
「だって放課になっても教科書読んだり問題集解いてるからさっ」
なるほど、どうりでこのタイミングで話しかけてくるわけだ。ずっと沈黙にはいかないので、
「まあ今はこうやってみんなで一緒にクラスの出し物を作る時間で場所だから、俺もさすがにちゃんとやるさ。」
――続けて、
「でも、それ以上に、何か物を作るのが久々で、楽しいっていうのが大きいかな。」
なぜか、一瞬だけ驚いたような顔をする綾乃はすぐに、
「てっきり興味あるのは勉強だけなのかと思ってたっ。そうそう、みんなからよく噂聞くんだよね~。慎一君ってすごく頭いいんでしょ?そう考えると、意外な顔が見れたなぁ~」
なんだろう、やけに俺に構ってくるな……ふと頭をよぎる。
―――俺のこと気になってるのか?―――
まあ、年頃の男子によくある現象である。普段話しかけに来ないのに、こういう特殊なタイミングで話しかけにくる女子が自分のことを好きなんじゃないかと勘違いする現象。さすがに高校三年にもなってそんなこと考えるはずもないと思っていたのだが。
しかしまあ、こちらもこの年頃の女子の特徴は知っている。それは、派閥である。クラス内でも女子はグループを形成し、そのリーダー格的な人間が必ずいる。今目の前にいる綾乃も、俺のクラスの女子グループのうちのリーダー格的存在である。そんなことを片隅で考えながら。
「ところで、なんで俺に話しかけてきたの?普段は男子と喋ってるところ、誠也以外と見ないしって言っても誠也は使われてる感あるけど…」―――そういって苦笑していると、
「だって、せっかく同じクラスになれたのに、こんなに良いひとと話さないなんてもったいないじゃん!」
「良い人か…?」
どうやら彼女は俺のことを”良い人”と思っているらしい。まあ自覚がないわけではないが。よくよく考えて自分の現在の高校での肩書的なのを整理してみる。
―――元サッカー部キャプテン。まあサッカー部のキャプテンって言ったら女子にモテモテなイメージが勝手にあるけど実際そんなことない。なによりおれはゴールキーパーだからシュートをセーブしたり、相手フォワードとの一対一で勝利した時ぐらいしか目立てないからだ。
―――学年1位。そう、定期試験では学年1位が相場だった。なんなら2年の時は1100点満点中999点というなんとも微妙だが、とんでもない点数を出したことがある。
―――先生からの高い信頼。これは肩書というよりも、状況的にそう言えるというだけなのだが、授業中誰に当ててもわからない場合最終的に俺を当ててくる。まあ、ちゃんと正答するんだが。
おっと。意外にも俺を客観的に見れば、たしかに”良い人”といえるのかもしれない。ただ、それと恋愛が結びつくとは限らない。だからこそ、冷静に、慎重に、機を見て、適切な言葉を選び、見極めている。
――――――
「綾乃ー!この花の飾りつけってどうしたほうがいい?」
他の女子が綾乃に聞く。
「んんーー。メイド服は白黒統一だから、花はオレンジと黄色をうまく使ってほしいかも!」
「ごめんごめん。それでさ、インスタグラムってやってる?」
「一応やってはいるけど、部活の投稿見てるだけだよ。」
「じゃあフォローさせて!」
「ああ、フォローしてじゃないんだ。」と笑いながら言うと、少し怒り気味に、
「じゃあフォローもして。」
そうして今日の作業は綾乃と話しながら、喫茶のテーブル装飾を作った。
――――――2017年8月21日22時48分19秒
「んんーーーー。」
体を軽く伸ばす。今日は整数問題を徹底的にやった。西京大学の鉄板問題だ。一文のくせになかなか骨の折れる、しかし面白い問題である。
――――夏休みそれは天王山である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます