第1巻 第7章:Together
部屋に閉じこもれば、壁の向こうの世界は無数の知らない場所で溢れる。それは双方向のルールだった。目を閉じてる間、いつも何か起こってる。窓の外の馴染みの通りだって、一瞬ごとに変わる。人々が笑い、泣き、生まれ、死んでいく。
見えなくても、見たくなくても、世界は存在し続ける。
じゃあ、私? 私が存在してると言える? 「存在」って言葉、どれだけ正確に定義できる? 分からない。ここにいたって、胸を張って言える自信なかった。
「これからどこ行く?」
「ん…ちょっと考えさせて」彼女は人差し指を口元に当て、空を見上げた。「面白い場所があるよ」
「ん? 面白い?」私は首を傾げて聞き返した。
彼女の考えが読めなかった。面白いとそうじゃないの境目は?
山に登ったり、森や川を越えたりするなら、賛成できた。でも、前に彼女が立ち止まったのは…ただのベンチだった。
冗談かと思った。彼女の顔に笑みはなかった。座って、私を誘って、ただ座った。ベンチの下を覗いたけど、面白いものなんて何もなかった。当然だ。
「これだけ?」って視線で聞いた。
「友達って大事だよ。信頼できる相手。そして、君を信頼してくれる相手が必要」
否定できない。彼女の言葉には重みがあった。でも、何を言いたいのか、すぐには分からなかった。
もう一度周りを見た。急な風が顔に当たり、目を細めた。風が止むと、ぼんやりした風景が目に入った。細い、かすかな線、まるで鉛筆のスケッチみたい。
一本一本、誰かの手が輪郭を描くように、線が太く、はっきりしていった。そして、色。透明な瓶にソーダを注ぐように、底に溜まり、泡立って上まで満たし、絵に命を吹き込んだ。
それが私の知ってるもの、理解できるものだった。目の前の風景でハッキリ分かった――ただのベンチじゃなかった。
学校の後に別れる、いつもの場所。公園の端、カンファーの木と古い絶縁テープが巻かれた電柱の間。少しチカチカする街灯が、長い影を落とし、通り過ぎる人を見てるみたい。昼は普通だけど、夕方には温かい孤立感が生まれた。
そこで友達と座って、くだらない話をして、なんでもないことで言い合い、めっちゃ大声で笑った。そんな会話に意味はない。でも、全部だった。子どもの落書きみたい――雑だけど、心から。
そんな昔のこと、もう作り話みたいだ。なんでここに? ってことは…
「じゃ、私たち、友達だよね?」からかうように聞いた。
「さあね」彼女は無関心に肩をすくめた。
「え? 何それ?」疑うように聞いた。
「ふふ」
何だその「ふふ」って!
ニヤニヤしながら、彼女は私の肩を叩いた。私はイラついたつぶやきで返した。なんか、慣れてきた気がする。彼女、いつもこんな…彼女らしい。
ありきたりかもしれないけど、彼女は空気みたいだった。ここに空気がないから、彼女がその代わり。共に過ごすたび、彼女がいない人生なんて想像しづらくなった。
しばらく、黙って見てた。人影みたいな変な影が、アスファルトをいろんな方向に流れ、日常のルーティンを模してるみたい。でも、生きてる人は誰もいない。私たちだけ。生きてるって言えるなら、だけど。
で、話した。驚くほど建設的に。まるで大人になった友達と、同じ場所で再会したみたい。いや、そう思っただけかも。
まあ、いいか。
だから、今回、彼女が「面白い」って何を指してるか気になった。遊び場? 森の切り株? それともあの古い樫の木?
誰かが言ってた。百年以上そこに立ってるって。なんでだか忘れたけど、行くたび抱きついた。長年の奉仕に感謝するみたいに。で、別れ際にまた。
今、何年も経って? 子どもの頃みたいに抱きつける? 無理だろう。バカらしいからじゃない。その木がどんなだったか、どこにあったか、思い出せない。木を見すぎて、特定の木に気づかなくなった。
「ね、君」
何か柔らかいものが頬に触れた。痛くはないけど、しつこい。瞬きすると、彼女の指が水の中で揺れるように動いてた。
「考えすぎだよ」と彼女。
手を振って頬を擦った。
「何!?」つぶやいた。「歯でも数えてる?」
「そんな感じ…」
その口調、謝る気ゼロ。むしろ、観察結果を口にしただけ。よく見ると、彼女の顔に笑みの気配。罪悪感なんて微塵もない。
「会話の途中でボーっとするのは失礼よ」と彼女は腕を組んで続けた。
「は、私が悪いって?」って思ったけど、別の道を選んだ。
「それ、君が言う?」私は眉を上げた。
「私の声、分からない?」彼女も眉を上げて返した。
彼女は横に体を傾け、突然手を振った――またしても、ただ払いのけるように。
マジで?
時々、まるで私が声付きの背景みたいに感じた。音声アシスタントみたいに、決まった台詞なら必要だけど、考え込むとスルーされる。もう少し本気で私を見てほしい…なんて、思うときもあった。
「いいよ」彼女が急に言った。「周りを見て。何が見える?」
「ん?」私は目を瞬かせ、声を伸ばした。「どういう意味?」
少しずつ、目の前にイメージが浮かんだ。時間に削られた壁が、地面からロープで引き上げられるように現れた。建てられたんじゃなく、埃の下から浮かび上がる遺跡みたい。
ある壁は落書きだらけ、ある壁はひび割れて、漆喰の下のレンガが見えてた。
言葉が現れた――擦れて、誰かが手で消したみたいにぼやけたもの。別の言葉は、チョークで今書いたみたいに鮮明。
周りを見ると、空間がその壁に縮まった。「死ぬ前に、したいこと…」そのフレーズが、何百回も壁に繰り返されてた。その一つ一つに、告白が隠れてた。
建築に根付いたような街灯が、乳白色の埃を浮かべる空間を薄暗く照らした。光がいろんな角度で落ち、脆い長い影を残した。時々、誰かの言葉を覆って、読めなくしてた。
近づいて、壁に触れると、冷たさが伝わった。ここに書かれたものは、永遠に失われたみたい。誰かの希望や願いが、聞いてもらえなかったように。
皮肉なことに、自分に誓った約束が一番脆い。ここはそんな場所だった。約束の墓場。
壁沿いに歩き、指先でそっと撫でた。誰かの言葉を消そうとしてた。たとえ作り物でも、この宇宙の外で――本物だった。
ほとんどの言葉は、もう読めなかった。覚えてなかっただけ。いつも、楽しそうなものか、本当に大事なものしか目に入らなかった。例えば、この言葉:
「宇宙を見たい」
これを書いた人は何を思ったんだろう? 今なら、望遠鏡を覗くのだって簡単。プラネタリウムもある。実際の飛行の感覚には敵わないけど、具体的に何を望んだかは書いてない。
少し進むと、別の言葉にぶつかった:
「勇敢になりたい」
正直、この言葉が一番心に残った。どれくらい勇敢になれば、自分に満足できる? 勇敢さと無謀さの境界はどこ?
それでも、本物の願いの中にも、ぼんやりしたものがあった。心からだけど、曖昧。だから、つかみどころがない。
願いが曖昧だと、叶えるのが難しい。叶っても、満足するのがもっと難しい。
昔も今も、このテーマは哲学的すぎる。だから、あんまり考えないことにした。
彼女に目をやった。壁の前でかがみ、何かをじっと見てた。その時の彼女の楽しげな輝きは、衝撃的だった。あごを手に支え、同じ言葉を何度も読み返してた。薄暗くても、目が動いてるのが分かった。
何をそんなに見つけてるんだ?
「何見つけたの?」
「どう思う?」彼女はウインクして、体を起こし、近づくよう誘った。
彼女の謎めいた態度に、好奇心を抑えられなかった。近づいて、見た。
「ずっと…」
一秒も無駄にせず、慌ててその言葉をこすった。彼女は大爆笑した。
「マジで…本気?」
彼女の笑い声が大きく、 melodious に響くほど、首から耳まで熱が上がった。それでも、跡形もなくなるまで、必死に言葉を消した。
終わると、地面に崩れ落ちた。体に軽いチクチクが走った。たぶん、下の小石が小さな槍みたいに肌に刺さったんだ。
「壁の言葉を消したら、私の記憶からも消えると思う?」笑い止めて、彼女が聞いた。
「その通り。いや、強く推奨する」うなずいたら、軽い埃の雲ができた。
「へえ?」彼女は本気で驚いたみたい。「なんか可愛いと思っただけなのに」くすくす笑い、手で口を覆った。
「何のこと? 全部過去だよ。…待て。なんか見たよね? 気になるな。私、何も見てないよ」
めっちゃふざけて喋ったら、彼女の頬がハムスターみたいに膨らんだ。笑いを飲み込むように、肩を下げ、うなずいた。
「分かった、分かった」少し考えて、続けた。「じゃ、 今は何?」
「今?」
彼女の言葉が響く前に、最後に自分に言ったこと。軽い戸惑いを感じ、立ち上がり、足を組んで座った。
私の願いは明らかだった。前と本質的には変わらない。でも、口に出せなかった。勇気が足りなかった。
頭を下げる前に、彼女をチラッと見て、弱々しく微笑んだ。
彼女と過ごした瞬間で、人が死にたくない理由が分かってきた気がした。死そのものの恐怖じゃなくて…見逃すこと、失うことへの恐怖。見る、会う、感じるチャンスを失うこと。
「ってことは、今って、懐かしむためじゃなくて…ただ、そこにいること?」
その問いは誰かに向けたものじゃなかった。虚空への独り言。言うまでもなく、答えはなかった。この問いは自分で解くしかない。
人生は暗く見えるときもある。記憶には、晴れた日だけが残る。大人の私は、昨日のことを笑顔で思い出せなかった。でも、子どもの頃なら…たぶん。
実際、灰色の影が鮮やかな色を完全に消すことはなかった。いつも隣り合ってる。どっちに目を向けるかは、自分次第。
彼女は教えてくれた。どんなバカみたいな場所も、目を向ければ素敵になる。普通のベンチだって、顔を上げて周りを見れば、面白くなる。時には、裏切りさえ許せる相手を見つけることが大事なんだって。
私の願いは明らかだった。死で終わるものじゃなく、永遠に続くもの。でも、口に出せなかった。だから、別の道を選んだ。
地面から立ち上がり、小石を払い、手を伸ばした。
「チョーク、貸して」
彼女は軽く微笑んでうなずいた。驚きも質問もない目――私が話す前から、全部分かってた。
彼女が手を上げると、チョークが指の間に砂粒が集まるように現れた。それを私に渡した。
受け取って、うなずいて感謝した。壁の前に立ち、あごを掻いて、書き始めた。私の言葉は壁全体を占め、数十の言えなかった言葉が、一つの願いに――私の願いに――つながった。
「死ぬ前に…もう一度全部を見たい。そして、もっと…」
満足げに手を叩き、チョークの粉を払い、彼女を振り返った。
「いい感じでしょ?」
「んー」と彼女は声を伸ばした。「自分勝手だね。それ、どういう意味?」
「え?」
彼女は深くため息をついた――か、似たようなもの。こういう時、冗談か本気か分からない。
「まだメッセージを残してない人はどうなるの?」
「でも、ここに他の人いないじゃん。問題ある?」私は驚いた。
ここには私たち以外いないって、ほぼ確信してた。いや、知ってた。なのに、彼女の質問で、何か見落としてる気がした。
「そっか。分かった、分かった」彼女は背を向けた。「じゃ、私の居場所はないんだね?」
腹筋が締まり、殴られたみたいだった。顎が軽く痙攣し、唇が勝手に動いたけど、言葉にならなかった。
ずっと彼女のこと考えてたのに、なんでその時、彼女を思わなかった? 複雑すぎる考え。でも、私の中で渦巻く感情を確かに表してた。
「いや、待って、私…」言い訳しようとしたけど、すぐやめた。「ごめん…調子に乗った」
彼女は片目を開けて肩越しに私を見た。ようやく納得したみたいで、振り返って弱々しく微笑んだ。
「いいよ。どうせ、私の書きたいことはもう書いたから」
「え? いつ? どこ? 何書いたの?」
「秘密」彼女は人差し指を唇に当てた。「君、忙しすぎて隣にいる人気づかなかったね」くすくす笑って、どうでもいいことみたいに。
彼女を問い詰める権利はない。でも、めっちゃ知りたかった。彼女みたいな人の夢って何?
理性は待てって囁いたけど、せっかちに踏み出した。もう一度周りを見回し、彼女の字を――どんな字か知らないけど――貪欲に探した。見つめるほど、新しいものは何もなかった。
肩が下がり、石の板が乗ったみたいに重くなった。目を開けていたかったけど、濡れた砂みたいな重い二重のまぶたに引っ張られた。体は固まり、「私」は星が生まれる前の宇宙みたいに膨張した。
自分の書いた言葉をもう一度見た。その大きさは、壁にも、これから来る人にも失礼だった。声が大きければ大きいほど、周りの空間は空っぽになる。
書いたものを全部消したかった。私の言葉は、もう見られる資格がない気がした。爪が生えて、醜い傷を引っ掻けるみたいに手を振り上げた。
でも、その前に、壁が崩れた。指先で触れただけで、ドミノの鎖が倒れるように。岩石が爆発するような轟音で、地面が跳ねたみたい。
埃の渦に埋もれるように、壁は消えた――現れたときと同じく、跡形もなく。
それが、昨夜見た夢だった。
夢が心の錯覚だなんて、ますます信じられなくなった。なぜ? だって、夜ごとに過去の窓が開くから。私が見る夢には、現実の感触があった。どこが本当か、だんだん分からなくなった。
部屋はまだ暗かった。いつも昼しか見ない私には珍しい。でも、最近は月だけでなく、夜明けや黄昏にも出会った。
寝返りを打つと、枕が濡れてた。頬も。最近、よくあること。たぶん、体が心のどこかに溜まった重さを解放してるんだ。
まあ、いいか。
鼻をすすり、拭った。パジャマの端をつかみ、顔を拭った。
私の夢の特徴は、直接参加しないこと。まるで観察者。主人公と一緒に動くけど、操るのは私じゃない。
これって完全な没入? それとも半分だけ? いい質問だ。
背中に戻った。毛布の下は暑すぎた。手足を出し、ベッドに雪の天使みたいに広がった。
窓の外は吹雪――長く、うなり声みたいに、誰かが壁を引っ掻く音。風の突風で窓が震え、枠の隙間に薄い霜が溜まった。普段なら頭までくるまったけど、今は…
家の中は驚くほど暖かかった。7月の真昼みたいに、暑さがまとわりついた。緑の石と違って、赤い石は働きすぎ。見えないヒーターが部屋に隠れてるみたい。
また横に。膝が痛々しくぶつかり、骨が鋭すぎて、クッションがないみたい。毛布の角を間に挟んで、少しでも柔らかくした。
肩甲骨の下、首、ふくらはぎが痒くなった。体がどこで落ち着かないか分からないみたい。
無意識に掻いた。心臓が不規則にドクドク。どうでもいいことなのに、全部一緒になると、落ち着いて息ができない。
彼女、壁に何を書いたんだろう? その質問が頭から離れない。
もし彼女の願いが少しでも私に関係してたら――叶えられなかったよね? 自分勝手な考えかもしれないけど…もし?
旅を通じて、彼女は生き方を教えてくれた。壁の外の世界があること、目を向ける価値があることを。必要なのは、勇気を出すことだけ。
でも、人は理由なく石を投げる。強いやつが傷つけたら、弱い奴にやり返す。笑顔でも、本物の笑いは悪意でしか見せない。
だから、昔は孤立が一番安全だと思った。痛みから守ってくれる。
臆病は弱さじゃない。でも、それを乗り越えて初めて、本当の強さが生まれる。
…そう思う。
でも、彼女の教えの裏で、一番大事なものを見逃した。彼女自身の願い。教えに隠れた懇願。冗談に隠れた本心。
彼女は世界を広く見る方法を教えてくれた。彼女もその一部だと信じたかった。でも、それは嘘。私、彼女を当たり前だと思ってた。
ずっとそばにいるって、自分に信じ込ませた。彼女がいなくなった時、裏切られた気がした。自分が何度も彼女を裏切ってたのに、気づかず。
助けは叫ばない。静かに乞う。誰かが大事でも、その声を聞いてるとは限らない。愛と注意は別物。
愛は盲目。
私、盲目だっただけじゃない。
耳も聞こえてなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます