第25話 禁じられた肝試し

「思考実験って言う、主に正解のないものを答えるクイズですね」

僕が最近仕入れた“ウミガメのスープ”とはまた別物か?


「へえー、そんなのあるんだ。」


「それ私知ってる!シュレディンガーの猫…だったっけ?」


「はい。箱の中身の猫を生存できるギリギリの状態にして、猫は生きているか死んでいるか…というものですね」

中々詳しいな。理系かさては。


「ま、俺たちもまさに今そういう状況ってわけだな。」


その言葉の通り、外で蠢く何か。動物なのか人なのか虫なのかそれ以外か。

そもそもここが現世この世である保証すらもない。

自らの身を投じて僕を調べに来たんだ。その説明はコイツらには不要だろう。


「よし!じゃあ頑張ってこいっ!」


「ありがと!頑張る!」

…本当にわかっているのかコイツらは?




『禁じられた肝試し』

都会からは遠く離れ、田んぼや牧草なんかが日常風景の廃邸宅。二階建て、倉庫、祠のある曰く付きの土地。

「…だってよ」


「いいじゃん!楽しそー」

あたしらはそういうのが好み。廃病院とか地図に載ってない廃村とか。

都会じゃ酒とタバコで溢れるし人間関係だってめんどう。

だったら、立ち入り禁止を掻い潜って肝試ししてる方がよっぽど楽しい。

おんなじ思いの彼と一緒にね?


「じゃあ今夜ここね?また車借りてくるからいつものとこで。」


「おっけー!」


メッセージのやり取り。

人の多いところだ。人に聞かれたくない内容だしメッセージの方がなんだかんだ楽。

さて、またスプレー買ってこよ。



 彼のレンタカーに乗っていざ廃邸宅。

立ち入り禁止の看板やテープ、柵をくぐってライトをつける。

“〇〇邸宅”

クモの巣が張りめぐる塀と表札。

表は開かず裏口。


 さっそく中へ。

長い間誰も入っていないようで扉の建て付けが悪い。結構力強く押してようやく開いた。


中は当然暗い。それにホコリっぽい。

置かれたままの家電や棚にはホコリがうっすら。

どんどん奥へ進んだ。

邸宅ともあって訳のわからん部屋がいっぱいで広い。趣味の悪いカーペット。シャンデリア。高級そうな食器棚。まるでお城のような住まい。

外装は割と古い茶屋みたいな感じなのに、中は洋風なんだ…。

トイレにお風呂場、客間、書庫。どれもテレビで見たような部屋ばかり。特に何もない。

よけホラー番組でありがちな、骨が飾られていたり画面が置かれている…みたいなことはない。普通の家。


「なんもないじゃん。」


「でも、ここの説明書きで裏に祠があるらしいからさ!行ってみよ!」


「うん。そっちが本命だもんね?行こ!」

一度外に出た。



 時刻は午前2時半。

風はなくてとても静か。

もちろん周りには田んぼばかりで民家なんてない。


「ここだ」


彼が指さす先には祠があった。

石碑は倒れ祠の屋根が落ちかけている。

つまり荒れている。

これはひどい。家が荒らされているのと同じ感じだ。

あたしは別に清掃屋でもないから何もしないけど、管理する人がいなくなるとここに眠る何かも怒るのはわかる。


「怒ったって何にもならないよ」

そうつぶやいて次は倉庫へ向かった。


 その途中、薮道から音が聞こえた。動物かな?とも思ったがどうやら違うらしい。

とりあえず先へ向かった。

このくらいはよくあること。


 倉庫は蔵のような使われ方で、木箱や掛け軸がびっしり。食器などの陶器や照明装飾のガラスも床で割れている。

「足元気をつけてね?」


「うん、ありがとっ!」


蔵は二階建て…といっても2階は屋根裏部屋みたいなもので神棚があったり魔除けでよく見るお札があったりするくらい。


とりあえず蔵からは出た。


「あ、スプレー忘れた」

いつも来た場所には印をつけて帰るあたしたち。車に一度戻ろう。


「俺ちょっと行ってくるわ」

颯爽と走って行ってしまった。一緒に行きたかったな。


「おまエ」


…うめき声じゃない。

確実に“話しかけられている”


「…まあ良い。もうここには関わるナ。

オレたちはおまエの行いを知ってイる。

もうこれ以上何もしないでくれ」


風でも動物でもない“異物”。相手の姿は見えない。


「知ってるってなにを?あたしが廃墟で肝試ししまくってんのをってこと?

アンタには関係ないじゃない。」


「オレ、知ってる

壁を汚される。その印は…」


「おーい!持ってきたよー!」

彼氏。きっと彼は何も知らないんだろうな。聞こえないんだろうな。


「ありがとう…ごめんねー持ってこさせちゃって!」


「いいのいいの!さ、やるんでしょ?なんか、あの変なマーク書くの」


そう。これは儀式。

私は代々陰陽師として修行を積んできた。それを世間に公表する気はないけど、

こうして霊のいる可能性がある場を無理やり鎮めるのが仕事。

今回も土地の持ち主に頼まれて任務。

確かに祠から有象無象の霊が飛び出していて。

名前がつく前に処理できてよかった

と、思う反面

あたしを知ってる霊がいたのがまだまだ修行が足らないなと思う反面。


「コの土地の祠は代々受け継がれてきた最後の砦なんだ。ここにいられなくなればどこに行けば良い…?」


「天には極楽浄土という考え方がある。

人間のときのおこないによって天国か

はたまた地獄で罪を償うか。

行ってみるが良いさ」


「え、なに、いきなりどしたん?」

行き場のない霊。

というより、行き先を忘れた霊。

あたしはそいつらに行き先を教えて道案内する役割。


「ありガとう。そうだよね…

オレ死んじゃったんだもんね。すっかり忘れていたよ」


儀式。壁に落書き……印を書いて霊を強制的に成仏させる。描き終わるとそれが発動し、成仏…。納得さえさせれば簡単。


「良いね今回もかっこいいの描けてるじゃん!」

何も知らない彼はこれがトンネルとかにある落書きに見えているらしい。そっちの方がありがたい。


「さ、帰ろ!ちょっとお腹すいちゃった…」


「え!あたしも…」



祠は霊にとっては暖かい家も同然。

いなくなればすぐに入ってくる。

場所が場所。

“お化けが出る廃邸宅”

みたいな報道のされかたはお化けサイドに

“邸宅のお化け”

という名をつける。

そしてまた霊が集まる。


つまり一時的に追い出して除霊しても

結局は同じ。

彼女はそれをわかってやっている。


なんせ仕事が来ることは稀だから







彼は蝋燭を吹き消した


「おーしまい!」

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