第11話 とおりゃんせ

「あ、ちょっと。息を吹きかけないで手で消してくれ。」


「それはなぜ?」


「あ…ああ。それはね…」


「ま、なんでもいいんじゃね?どうせ百物語のルールとか設定とかそんな感じだろ。寺の出身だしあのほら…なんかあんだろ。」


「まあ、いいか。」


「次いくね」


「おう!行ってこい!」




『とおりゃんせ』

「もし、こちらを通してくだしゃんせ」

つぎはぎの着物を着た女性。俺のように傘もなく日差しの強い中歩いてきたと言うのか。


「どんな用事だい?用のない者は通せんのだよ」

俺はここの門番。ここから先は神が住まう地。簡単に汚れた人間を通してはならない。でも、例外もあって…


「この子の一つのお祝いにお札を納めに参りました。通してくだしゃんせ」


「行きは良いが帰りは暗い。夜は人を喰う動物もうろつく。それでも通るか」


「それでも行かねば。来年もまた一年元気を祈るのです」


「行ってよし」

こうして女は通って行った。この先には小さなお堂がぽつんとある。そこには坊主がひとりでおり、こうして札を納めに来た奴らの相手をしている。

が、実際はそうじゃない。

本当は……さあ!見てくれば良いさ、わかるから。

“通ってよし”


 母は子を抱いて札を納めるため薮道を進む。獣道どころか目的の方向すらわからなくなるくらいだ。

「あ、あった」


木製の古い建物。それらしい台にお札を置く。

「この歳もどうか見守りください」


両手を合わせて目を閉じて安泰を願う。


“お前は何を望む”


「へ?」


“お前は何を望む”

不意に声が聞こえる。上からか…後ろからか…耳元な気もする不思議な感覚。


「あなた様は…いえ、私はこの子がまた一年元気に過ごせるようここまで祈りにきました。」


“ふむ……”

だれか…は置いておいて。品定めしているのか?


“本当に?”


「もちろん。この子の健康以外に願うものなど、変わるものなどありませぬ」


“そうか…”

“では、その願い承った”


母の抱く子が瞬きの間光った。


“安心せい。一年は約束しよう”


「ありがとうございます!」

そう言って母は来た道を引き返して行った。


“して……”


“おぬしよ”

母は薮に消えた。だれに話しかけているんだろう。


“お前しかおらぬだろう。”


「僕でしょうか?」


“そうじゃ馬鹿者。おぬしはなぜここにいる”

薮に隠れてきたつもりだったのに見つかっている。


「門番に『母について行けば真実がわかる』と言われたのでこっそり後をつけました」


“ほっほっほ!素直でよろしい。

では、面白いものを見せてやろうか”


「おもしろい…?」


「きゃあっ…!」


…?

近くで叫び声。

女の人……まさか!


“『さあ、見てくれば良いさ、わかるから』

『行ってよし』

さ、おぬしの見たかったものが見られるぞ。

早ういけ”


どこかで聞いた言葉を捨ててそれ以上声は聞こえなくなった。

とりあえず小走りで母の後を追う。

…意外と早く見つかった。


「あぁ…」


そこには強く子を抱く母と

それを睨み、よだれを垂らすクマがいた。


「せめて……」


母は子を薮にそっと置き、クマを引き連れ走っていった。

子はまたキャッキャと笑っている。

手をバタバタさせて僕顔を見るなりあざ笑うように目を細めている。


一瞬、

鳥の羽ばたきとともにあの母の声が聞こえた気がした。

そら耳だと切に願うが、

子の顔を見るとそれはなんだか違う気もした。

「あむー」

と喋る子。とりあえず門まで行こう。ここにいては母と同じこと。

すっかり暗くなった闇の中で自分が踏んできた薮の方をしっかりと確認し、帰る方を見定めて走った。

子を抱きながら。


 案外遠くなかった。

門には誰も居ず、門番のかぶっていた傘だけがそこにかけられている。

キンギョソウがニヤリと笑った気がした。


「確かにお前は無事だったな」

あと一年は生きられるだろうよ。




また一本蝋燭が消えた。

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