残念美人の嫁き遅れ女魔術師は恋愛が、結婚がしたい!?
推摩 一黙
第一章 残念美人な宮廷魔術師が婚活に挑んで垣間見るは、社交界の‟残念”
第1話 過労で強制休暇から始まる物語(挿絵あり)
「ドクターストップだ」
厳かに白衣の法衣姿の宮廷医師から告げられたのは、その一言だった。
初老の――宮廷に勤める宮廷医師の長でもある彼より、その診断の結果、厳格な表情で一切の反論も許さぬ口調で告げられたのは……
「……極端な過労と不摂生が祟ったのだ。大人しく休暇を満喫したまえ!」
との、強制的な休息を命じる、その一言。
ちなみに『休め!』といわれたのは、一人の少女……のように一見すると見える、小柄な妙齢の女魔術師であった。
名はシェリナ・ユアノーアフィロード・ナーディシアといい、ここ帝都の宮廷で宮廷魔術師として勤める魔法使いの一人。
だが果たして今は、宮廷の一角にある医務室のベットの上で、身じろぎひとつせず横たわるその姿は、まさに病人そのものとった感じでボロボロであった。
なにせ漆黒の髪は、手入れがされておらず艶を失いボッサボッサだし。
顔立ちは小顔で整っていたが、髪の色と同じ黒の瞳は半眼に座っており、一見するとその目つきの悪さと、目の下の隈がとにかくヒドイいのも手伝って、ドコか人を寄せ付けない空気を醸し出していた。
しかもトドメに、女性だというのに化粧っ気がまるで無く、それでも意外と肌は荒れていないようにみえていたが、体調不良と疲労による貧血でも起こしているのか蒼い顔で、まるで精気が感じられない。
職場の宮廷内で倒れ、急遽医務室に運び込まれた時には、何かの病気か、あるいは毒を盛られたのか? はたまた、なにかの呪いでもかけられたのかと思ったほど状態は悪かった。
しかし……
「患者の君の記録を見るに、働・き・す・ぎ・だ。うら若い女性がブッ倒れるほど、わが国の労働環境はブラックだったとは初めて聞いたよ」
ため息混じりに、医師長が呆れたその通り、ナーディシアという名のこの患者は、なんのことはない、ただ単に疲労と寝不足、不規則な生活の不摂生が祟って、立ちくらみを起こしたダケだった。
と、その時、医師長の隣から、
「そうなのよ~、ナーちゃんってば、目を離してるとすぐ研究に没頭して、こんな風に飲むのも食うのも寝るのも忘れちゃうんですよ~」
困ったように、そういって、注意するよう同意を求めて来たのは、長身糸目が特徴の年配の宮廷魔術師の女性だった。
ナーディシアが担ぎ込まれた時、一緒に付き添いで共にやって来た、その同僚の宮廷魔術師だという。
そんな彼女は、その開いてるんだか開いてないんだか判らない瞳で、宮廷医師長を見やりながら言葉を続ける。
「オマケに宿舎にも帰らず、研究室に何泊も何泊もっ。先生からも言って上げてくださいなっ」
もちろん糸目の彼女に言われるまでもなく、宮廷医師長の手元のカルテと、その他の患者(ナーディシア女史)に関する勤務記録等の記載された資料を見れば、働きすぎなのが原因であることは、一目瞭然であった。
そう!、患者の同僚の彼女に言われるまでも無かった。
診察の結果は『貧血』――ただし重度の。
極度の疲労と睡眠不足が重なり、そこに不規則な生活と碌な食事を取っていなければ、貧血を起こしてブッ倒れてしまっても当然だ!
その上、記録が正しければ、ここ数ヶ月間、ナーディシアという名のこの宮廷魔術師の女人は、まともな休みも無しに宮廷での仕事と研究に明け暮れていた様子だったので。
まさに過労死寸前で運び込まれて見つかったのは、むしろ行幸だったとしか言いようが無い。
一応、念のため一通りの診察検査を受け、他に怪我や病気、毒や呪術の類の影響なんかが無いことも確かめられたし、幸い異常はなかった。
しかし点滴を受け、回復魔法を掛けられ続けているのに関わらず、未だ顔色は戻らずベットから起き上がられずにもいる。
「だ・か・ら~ぁ、ムチャだって言ったんだよ。回復薬のチャンポンで乗り切ろうだなんて」
続いて聞こえて来た、糸目の同僚女魔術師のその言葉に、宮廷医師長は頭痛がしてそうな表情で、こめかみを押さえた。
宮廷勤めの若い文官や宮廷魔術師、錬金術師の間で、密かに回復薬と栄養剤のチャンポンで日々の激務を乗り切ろうとする者がいる――なんて話を密かに聞いたことがあったが、実際に診たのは今回が初めてだった。
「同僚の彼女の言うとおりだ。もうちょっと体を労わりなさい。ナーディシア一級魔術師殿」
なので、都市伝説だと思っていたヨタ話の実例に、呆れた声を誤魔化さないまま医師長は改めてそう諭すと共に、
「手続きはコッチで進めておくから、今日から一ヶ月は休みたまえ」
そう、診断を下す。
こうして、目は開いていても死んだ魚のように精気無く、声も上げられないほど衰弱した彼女ナーディシアは、思いもしなかった一ヶ月の休暇を、強制的に取らされるコトとなったのだった。
◇
「宮廷医師長も大げさなのよ」
それから三日後、起き上がれるまでに回復したナーディシアは不満げにそう口にしていた。
すると、そんな彼女を
「そんなこと言わないのっ。バッタリ倒れるのは何度目か目だけど、今回はホント無茶が祟ったんだから。反省しなさ~い」
彼女にしては少し強い口調で、そう叱り付けるが、癖なのか間延びする口調では、いかんせん迫力がない。
なので、年上とはいえど同僚に叱られたコトが逆に不満なのか、プウっとナーディシアは頬を膨らませて横を向いてしまう。
そんなナーディシアの様子に、サーベィリルは苦笑すると、
「いい機会だからゆっくり養生したら~? せっかく一ヶ月も休めるんだから~」
そういいながらプックリと膨らんだナーディシアの頬を突つくのだった。
すると
「……一ヶ月も休みを貰っても、ど~しろっていうのよ?」
ナーディシアは、ベットの上で突っ伏し、戸惑ったよーにそう呟く。
その呟きを聞いて、サーベィリルは突つくのを止めると、
「そだわねぇ? でも時間があるからって魔法の研究とかはダメだよ?」
一緒に悩みつつも、釘を刺すのを忘れない。
医者からは、ナーディシアは、しばらく仕事に
もちろん私的な魔法魔術の行使や研究も。
ナーディシア、彼女の、なにか一つのことをやり始めたら飲食睡眠を忘れて
命じたのは診断書を書いた医師長だけでなく、報告を受けた上司の宮廷魔術師長からでもある。
ナーディシア、彼女は、宮廷魔術師、魔法使いの中でも若き才女として期待されていた。
その期待に
問題は、与えられた仕事に、いさかかのめり込みすぎる点だった。
現在、ナーディシアたちが仕えるのは、大陸有数の帝国であったが、その宮廷は規模も大きいが人員は充分に足りており、国情も国内はもちろん周辺国との関係も良好で、さしたる問題もない、今まさに絶頂期という感じだった。
なので現状、急ぎの懸案や差し迫った危機というものもとりあえずはなく。
宮廷魔術師の仕事といっても、昔ほど実戦での魔法の技を直接必要とされることも少なく、むしろ、その知識や見識を生かして、帝国の経済活動や日常の利便を向上させるような新しい魔法や魔道具の研究開発に、役割の重きが置かれていた。
そうした
先に医師長が『錬金術師の間で密かに回復薬と栄養剤のチャンポンで日々の激務を乗り切ろうとする者がいる』などというヨタ話を耳にするくらいには、代々の王宮お抱えの宮廷魔術師や錬金術師の中には、日々の研究に没頭するあまり、ムチャをヤラカス輩が現れるのが頭痛の種となっていた。
とはいえど、男性職員でもナーディシアほど仕事に没頭する人間は、他には見あたらない。
むしろ繁忙期や研究が追い込みに入ってでもない限り、宮仕えの気楽さで定時で切り上げる者の方が多く、いささかワーキングホリック気味の彼女の方が、今では珍しいのでないだろうか?
時代は着実に『二十四時間闘エマスカ?』より『
そんな次第だったので……
「ひまー、ヒマー、暇~あ」
宿舎のベットの上でナーディシアは、駄々っ子のように手足をバタバタさせていた。
昨日まで、王宮の医務室のベットの上で動けずにいたものの、三日目の今日、ようやく退院を許され宮廷魔術師に割り振られた官舎の自室での休養を許されたのだが――
「ナーちゃんの部屋。見事に生活臭がないもんねー」
普通、宮廷魔術師として仕官が叶うと、市中に家か、宮中の敷地内に部屋を与えられる。
そこで、まだ独身で、仕事場に近いからと、ナーディシアは宮中に置かれた官僚向けの官舎の部屋を与えてもらっていたのだが……
いかんせん仕事の虫な彼女は、与えられた部屋に帰ることは少なく、仕事場に泊まるコトも多かった為、むしろ私物の多くは職場である研究室の物置代わりの個室に巣を作り私物化していた。
その為、与えられた本来の私室には、着替えや少しの私物しか置いていなかった。
なので、据付の家具以外は、女性らしい姿見付きの化粧台一つない殺風景な室内に、サーベィリルは思わず呆れたのであった。
と、そんな同僚の呆れ顔に頓着する様子もなく、
「ねー、研究室からノートか魔法書もって来てよ~」
「だから~、仕事は忘れなさいって言ってるでしょ~?」
次に、暇だ~と騒ぐのを止め、ベットのサイドに腰掛け直しながら、ナーディシアは、サーベィリルに頼むが、もちろん却下だった。
もしも、研究室に置きっぱなしの書きかけ読みかけの論文やら、解析途上の魔法書なんて持って来たら、何のために休養を取るよう強いられてるのか判らなくなる。
医師長の診断では、今の彼女は肉体的な神経系への疲労だけでなく、彼女の体内の魔術経路にも負担が溜まり疲弊していた。
その魔術経路への疲弊を回復させるのにも、他の体の部位や神経同様、何もせずにゆっくり過ごして休息を取るコトが一番だという。
よって今のナーディシアは、魔法の行使もできないよう杖を取り上げられ、外見から一見すると首輪のように見える魔法封じの刻印まで科せられている。
さすがに、これじゃまるで罪人扱いだと抗議する彼女だったが、聞き入られるコトはなかった。
と、いうのも、いかんせん普段の行いが悪すぎた。
一級魔術師として杖の補助なしでも、その気になれば魔法を行使できるナーディシアは、普段の職務でもポンポンと魔法を使い、魔道具や魔法薬の作成で……と、魔力切れを起こしかけては魔力の回復薬を飲む――なんてムチャをやらかしていた為、魔法の使用禁止を強要しても、素直にはいうコトを聞かないだろうと判断されたのだ。
その結果が、杖を取り上げられ、魔法封じの刻印まで首に首輪のように施される措置だった。
かくしてナーディシアは、暇を持て余していたのであるが……
『暇だー、ひ・ま・だー』と子供のようにダダをこねるナーディシアの姿に、魔法封じの首輪をかけたその姿に、サーベィリルは、なんとはなしに家で飼っている黒猫の姿を思い出しながら(失礼)、彼女はその手にしていたバケットから何やら取り出すと、
「暇を持て余すと思ったから、いいものを持って来たわ~」
そういってサーベィリルが差し出したのは、少し大きめの布袋であった。
中になにやら嵩張り重い物が入っているのが、外からも見て判る。
どうやら何冊か判らないが、書籍の類が入っているようだった。
「魔法書の差し入れっ!?」
それを目ざとく観て、ナーディシアが目を輝かせる。
だがサーベィリルは、そんな彼女の様子に眉をひそませながら首を横に振ると、
「そんな訳ないじゃない~。仕事関係から離れてユックリ、リラックスして過ごすのが今のあなたの仕事なのよ~」
そういいながら袋を差し出すが、
「じゃあ、なにを差し入れしてくれるってのよ?」
その袋を受け取りながら、ナーディシアが首を傾げると、
「ジャーン。今、帝都や宮殿で話題の流行の娯楽小説よ~」
サーベィリルは、ドヤといわんがばかりの笑顔でそう告げたのだったが……
「娯楽小説ぅ? ……って恋愛モノばっかじゃん!?」
期待もせずに袋の中を覗き込んだナーディシアは、袋の中身に思わずそう怪訝気にサーベィリルの方へと視線を向けた。
「娯楽小説……しかも恋愛モノだなんて、普段読んだことない私にコレをどーしろと?」
「普段読んだこと無いからいいんじゃない~。オススメを厳選して来たから嵌るわよ~」
差し入れの内容を、なんか嫌そうに見やるナーディシアに、サーベィリルは自信たっぷりにそう太鼓判を押してみせる!?
「まあ、騙されたと思って読んでみなさいって♪」
「騙されたと思ってって……」
グイグイと推され、乗り気もしない様子でナーディシアは再び、袋の中のジャンルが恋愛モノらしき娯楽小説を見やった。
いかにも恋愛モノ“らしい”美麗で装飾過剰な表紙と挿絵が描かれた“ソレ”は、どれも意外と厚みがある。
シリーズモノらしく、巻数がズラーっと振られているのを見て、
「とりあえず、ありがとサーベィリル。まあ暇つぶしに読んでみるわ」
全然乗り気がしないのを隠さず、それでも一応礼を述べる。
……だが、今だ彼女は知らなかった。
この興味も欠片も無かった娯楽書の差し入れが、後に彼女の人生と帝都に大きな波乱を招くキッカケとなることを――
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――――――――――――――――――――――――
追記!
シーンイメージイラスト(挿絵01)を近況ノートの方でUPしています。
https://kakuyomu.jp/users/suima-itimoku/news/16818792435743987188
もしよろしければ、ご覧くださいね?
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