フクスイ盆に返るまでーワスれた記憶と元カノ

@beniyuzu

第1話

僕は、記憶喪失だそうだ。

とはいえ、全部が消えてなくなったわけでないようだ。

具体的な期間はわからないものの、ふとしたキッカケで蘇ることもある。

 よく考えていたことは比較的簡単に思い出せるよとお医者様も言っていた。


ガラガラガラ。

 やや立て付けの悪い横開きのドアが声をならす。


「こんにちは。ヨウ。」


 白に染まり切った病室。

 かろうじて、その名は覚えた。

 葉と書いてヨウ。僕の名前だ。


 対する彼女は赤みがかかった茶髪。

 とはいえ特段派手な色でもないから、地毛かもしれない。

 家族以外で誰よりも先に来た、恋(レン)さんでもない。

 はじめてみる子だ。


 瞳には黒色の決意。

 凛とした佇まいは、それだけで彼女のパーソナリティを形容しているようだった。


 そんな彼女は冷静に。

 または、そう見えるように声をかけてきた。


「キミは?」


 そう、僕が口にしたとき。

 彼女のキリリとした瞳が、大きく揺れた。

 まるで、信じられないものを見たかのような。そんな顔だ。

 あちらからしたらびっくりかもしれない。

 でも、僕にとっては4,5回目だ。

 特段その反応に衝撃はない。

 申し訳ないが、中身を知っているびっくり箱に驚いたりはしない。


「ごめんなさい。事故の影響で記憶がなくて」


 敬語を使うべきかどうかいつも迷う。しっかりしていそうだから、年上だろうか。だとしてもそこまで差はないだろう。

とはいえ、とりあえず敬語を使っておくに越したことはない。


 ……見た目で年を判断するのはよそう。

 特に、女性は。


「…キミの彼女だよ」


、だけどね」


 元カノ。

 それが僕の病室に来たらしい。


 彼女の発言に包含された真意はなんだろうか。

 なにかあてつけがましい恨み言?それとも純然たる心配?


「おっと、ごめん。余計なことを言ったね。今はゆっくり休んで。はい。りんご持ってきたから」


 どうやら後者らしい。

 僕もそうであってほしいと思っていたところだ。


それはりんごにも表れていた。出荷場所は少し遠い県のシール。そのへんで適当に買ったりんごには見えなかった。


 白く美しい手が、赤い果実へと惹きつけられる。

 握る手は、どこか危なげで。

 その動作から、包丁さばきが達者そうには見えなかった。


「僕が切ろうか?」


 自然と、そんな言葉が出た。

 僕も達者ではないが、できる自信はあった。


「大丈夫だよ。私だってりんごくらいは切れるよ」


 こちらをチラとも見ずに、手のひらをこちらに向ける。

 NOのサインだ。

 声音もどこか心外そうだった。


 どうにも、切るまでがお見舞いと思っていそうだ。


「……って、ホントに記憶なくなってるの?」


 そう小さくぼやいたが、返答に困った。


 おそらく、返事を期待したものでもなかったのだろう。

 そのままたどたどしい手で皮剥きにいそしみ始めた。


 5分ほど経つと。赤の果実はすっかりなりを潜めた。

 削りすぎていた箇所もところどころあったけれど。


 残っていた皮はなかった。

 これは、できるといった手前、半端なものは出せないプライドの現れなのか。

 それとも、元々完璧主義のきらいがあるのか。


 あまりにも集中していたので、声はかけられなかった。

 病室でけがしました

 だなんて笑えないからね。

 集中力をかき乱さないのが一番だ。


 無言だが、息詰まりは感じなかった。


「ありがとうございます。ええと……」

 と、口にして一度止まる。

 そういえば、肝心なことを忘れていた。


「名前を聞いてもいいですか?」


「……そっか。まずはそこからだね」


「翼、だよ」


 彼女らしい、いい名前だ。

 どこにでも羽ばたくような。

 綺麗で、儚い。


「翼さんですね。覚えました」


「キミは【さん】なんてつけてなかったけど」


「そこは大目に見てください。実の弟にすら、さん付けをしているので」


 彼女は腕を組んだ。そして少し偉そうにいいった。


「ふーん。陸くんにもか。ならしょうがないね」


「お見舞いに来てくださってありがとうございます。何にもないけど、ゆっくりしていってください」


 僕の顔を覗き込んで、少し止まり。

 彼女は吹き出した。


「何それ?ホテルかなんか?ゆっくりするのはキミのほうだよ。病人なんだから」


「そうは言っても元気ですよ。記憶以外は、万事問題なしです」


 グイっと力こぶを示す。


「でも、ごめんね。そろそろ行かなくちゃ。明日も仕事で早いんだ。また来るよ」


「お仕事はなにを?」


「CAだよ。あ、キャプテン・アメリカじゃないよ」


「そんな勘違いはしませんよ。ビーフorチキンですよね」


「……はそれで間違えてたけどね。あと、やっぱりその認識なんだ」


「道理で。お仕事できそうな雰囲気です」


「そ、まだまだフライトは先だけど忙しいの。また来るから、そろそろ帰るよ」


 そういって彼女は右手を数回、無気力に振った。ちょっと不自然な振り方だった。


「あ、あの……」

 なんで、別れたんですか?

 別れたのに、なぜ来てくれたんですか?


 彼女の気持ちが、無性に気になって呼び止めてしまった。

 けれども。

 この発言はあまりに無神経だ。

 だから僕は、またに希望を託して飲み込んだ。


「また来てくれることをお待ちしています」


 聞こえているのかはわからない。


 でも


 僕は確かにそう言ったし、そう思っていた。

 

 *


「……ホントに」


 居ても立っても居られなかったから、きてしまった。

 絆創膏を、左の人差し指に当てる。


 一つは恐怖。

 事故に遭ったと聞いた。

 もう二度と彼に会えないとしたら。

 それが何よりも怖かった。


 一つは希望。

 これをきっかけに、彼とまた繋がれるかも。

 止まっていた何かが、回りだすかも。


 長い髪をサラリと梳かす。彼女の考え事をする時の癖だ。

 唯一できた、元カレに指摘された癖。


 実際には、記憶を失っていて。

 彼は彼でないけれど。


 やっぱり彼だった。

 

 こんなことを知るのなら。こんな想いになるのなら。

 ーーー絶対に


「来なきゃよかったよ」


 エレベーターで一人。そう吐き捨てた。

 心臓がきゅうっとなる。

 言いたくない。でも、言わざるをえない。


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