転生侯爵令嬢、あなたと結婚したくて 領地を豊かにして国を救い、ようやく許された恋です

五平

第一部:秘密の冒険と意地っ張りな恋の始まり

第1話 侯爵令嬢、王都を抜け出し冒険者になります!

薄闇が帳を下ろす頃。

王都の中心。筆頭侯爵家の広大な屋敷は、

いつもと変わらぬ静けさだった。

が、それが私には息苦しいほど窮屈だった。


いやいやいや、だって考えてみて?

アリシア・フォン・グランツベルク。

それが、この生まれ変わった私の名前。

誰もが羨む筆頭侯爵令嬢、

だとか言われちゃってますけど、

実際は、未来の王妃候補なんて声もある

絵に描いたような政略結婚要員。


……まじか。

いや、これ絶対詰んだやつじゃん。

前世で、平凡OLやってた私には

ハードル高すぎなんですけど!?


豪華なドレスも、

刺繍の施された手袋も、

優雅な社交界での振る舞いも、

全部、決められたレールの上。

そこに、私の意思とか、

感情とか、自由とか、

そんなキラキラしたもん、

カケラも存在しなかった。

ま、政略結婚ってやつ?

それ、絶対ムリだから!

だって私、恋とかしてみたいし!


前世の記憶。

それが、今の私の頭の中を占めてる。

この世界、まるで緻密に作られた

ロールプレイングゲームみたいで、

魔法とか、剣とか、魔物とか、

あと冒険者とかいるわけ。

物語の中の世界が、

そのまま目の前に広がってるんですよ?


なのに、私、

この屋敷の広間から見える窓の向こう。

楽しげに笑う市民たちの声を聞くたび、

胸が締め付けられるようだった。はぁー……。

「自由に、この広い世界を歩きたい」


何度、そう願ったことか。

数えきれない。

でも、侯爵令嬢という足枷は、

私にその自由を絶対許さない。

私の未来、もう決められちゃってる。

政略結婚という名の、

新たな窮屈さの中へ、ゴー!

……いや、ゴー!じゃないからね!?


夜空を見上げる。煌めく星々。

屋敷の庭園は綺麗。

完璧に手入れされてて、

まさに絵葉書の世界。

でも、その完璧さが、

外界との断絶を一層際立たせるの。

まるで「お前はここから出られないんだぞ」

って言われてるみたいで、余計イラつく。


その時、背後から。

微かな足音が聞こえた。

振り返ると、そこにいたのは、

幼馴染のセシリア。

侯爵家付筆頭侍女で、筆頭補佐官。

……って、肩書長すぎだろ!

彼女は私が初めて転生の話をした時も、

ただ静かに聞いてくれた。

幼い頃、こっそり屋根に上って星を見た、

あの時から、彼女はいつも私の味方だった。


「お嬢様、もうこんなお時間ですわ。

今夜の準備はよろしいでしょうか?」


セシリアの声。

まるで魔法の呪文のよう。

いや、本当に魔法じゃん!

その声が聞こえた途端、

私の心は高鳴った。

そう、今夜もまた、私、

この屋敷を抜け出すんだ。

誰にも気づかれずに。

私の夢へと続く秘密の扉を開くために!


セシリアは、私の部屋の隠し扉へ向かう。

扉は壁の装飾と一体化してて、

知らない人が見たら、

ただの豪華な彫刻にしか見えない。

ふふん、完璧でしょ?


「メイド長も、わたくしが

うまく言いくるめておきましたから」


セシリア、にこりと微笑む。

その顔に迷いは一切なし。

頼りになる、私の共犯者!

侯爵家の裏事情にも精通してるから、

私の秘密の行動を

完璧にサポートしてくれるの。


「ありがとう、セシリア。

あなたがいなければ、

私、きっと窒息してたわ」


「とんでもございません、お嬢様。

お嬢様が息苦しそうにされているのを見るのが、

わたくしには何より辛うございますもの」


セシリア、ちょっとウルウルしてる?

いやいや、泣かないで!

私が悪役みたいになっちゃうから!


セシリアは隠し扉を開く。

その奥には、簡素な階段。

薄暗い階段の先には、

屋敷の裏手にある通用口。

そこへと続く道が広がってる。


私、慣れた手つきで、

あらかじめ用意してあった

地味な平民服に着替えた。

ふわりと広がるドレスとは違う。

体の動きを邪魔しない質素な布地。

髪もシンプルな三つ編みにまとめて、

顔には目立たない薄い布を被る。

これで、侯爵令嬢アリシアは

どこにでもいる平民の娘に早変わり!

完璧じゃん、私!


だから、確実な手段。

この秘密の扉を通って、

屋敷の外へ。


「では、行ってまいります」


私はセシリアに小さく会釈し、

隠し扉の奥へと足を踏み入れた。

一歩足を踏み出すごとに、

閉ざされた宮殿の重苦しい空気が

薄れていくのが分かる。


そして、裏口の木製の扉を開けた瞬間。

ひんやりとした夜の風が、

私の頬を撫でた。


夜の王都は、

宮殿の中とは全く異なる顔を見せる。

煌びやかな大通りは人影まばら。

けれど、裏路地には、

まだかすかに人々の生活の音が聞こえる。

酔っぱらいの歌声。

遠くで鳴く犬の声。

何かの香辛料の匂い。

全てが私には新鮮!

胸が躍るような感覚!

やばい、テンション上がるー!


私はフードを深く被り、

足早に路地を進む。

目的地は、王都の裏手。

冒険者ギルド。

私がいずれ、

遠くの誰も私を知らない場所へ行く。

公的な記録が必要だった。

そのための、最初の場所。


ギルドの看板が見えてきた。

薄汚れた木製。

剣と盾のマークが描かれてる。

中から漏れる喧騒。

私みたいな令嬢が

決して足を踏み入れてはいけない場所だと

物語ってる。

まあ、侯爵令嬢の私がこんなとこ来たら、

絶対スキャンダルだよねー。

でも、私の心は

恐怖じゃなくて、期待で満ち溢れてた。


ギルドの重い扉を押し開ける。

熱気と喧騒が私を包み込んだ。

酒の匂い。汗の匂い。

そして血の匂いまでもが混ざり合い、

独特の空気を生み出す。

カウンターでは、インクの染みた帳簿に目を落とす

気だるげな職員がペンを走らせ、

奥のテーブルでは大柄な男たちが

豪快に酒を酌み交わしている。

屈強な戦士たち。

鋭い目をした魔法使い。

素早い動きの弓使い。

誰もが皆、生気に満ち溢れてて、

自分の人生を

自分の手で掴もうとしてるように見えた。

かっこいい……!


私は受付へと向かった。

木のカウンターは使い込まれて傷だらけだ。

「あの、新規登録を……」


私の声は、

喧騒にかき消されそうになった。


「あぁ? 新規か?

こんな時間に珍しいな。

身分証は持ってんだろな」


私は、セシリアが用意してくれた

偽の身分証を差し出した。

名前は、アリシア・ベル。

身元は、遠方の村から来た孤児、という設定。

ふふん、完璧な設定でしょ?


職員はちらりと身分証に目をやり、

すぐに私の顔へと視線を移した。

その目は、平民の娘にしては

あまりに整った私の顔に、

わずかな疑惑を宿してる。

ぎゃー!バレる!?

いやいや、落ち着け私。

これはそういう意味じゃない。多分……。


私は、表情を変えずに

その視線に耐えた。


「ま、いいか。規約は読んだな?

報酬はちゃんと支払うが、

命の保証はしねぇ。

魔物に食われても文句は言うな」


ぶっきらぼうな口調でそう言い放つ。

職員は一枚の紙とペンを差し出した。

私は震える手で、そこにサインした。

これで、私は侯爵令嬢アリシアではなく、

冒険者アリシア・ベルになったのだ。

やったー!これで私も冒険者!


「初心者なら、まずは薬草採取か、

荷物運びあたりだ。

ギルドの掲示板を見て、

気に入った依頼を選びな」


職員はそう言うと、

再び興味を失ったように顎に手をやった。

私は掲示板へと向かった。

色褪せた紙が何枚も貼り付けられた掲示板には、

様々な依頼が並んでる。

「ゴブリン討伐」「迷子の家畜捜索」

「鉱石採掘の護衛」……。

どれもこれも、

私がこれまでいた世界とは

かけ離れたものばかり。

うわ、リアルだ。


私は、掲示板に並ぶ依頼を、

一つ一つ眺める。

今は、このギルドに登録しただけ。

依頼は、受けない。

私の本当の目的は、

もっと遠くにある。


王都近郊の依頼に交じって、

「王都から馬で一日」と書かれた

依頼も散見される。

その先にあるのは、

誰も私を知らない場所。

侯爵令嬢という立場を、

完全に脱ぎ去れる場所。


その場所こそが、

私の求める自由。

そして、私がこの力を磨く、

真の舞台となるだろう。

今はまだ、遠い。

でも、いつか。

私、絶対たどり着くんだから!


ギルドを出ると、

夜空には満月が輝いていた。

私は大きく息を吸い込んだ。

冷たい夜の空気の中に、

土と草の匂いが混じってる。

明日から、私の本当の冒険が始まる。

この胸の高鳴りを、

誰にも止めることはできない。


私は静かに微笑んだ。

この秘密の二重生活が、

私に何をもたらすのか。

まだ何も分からないけれど、

ただ確かなのは、

私の足はもう、

止まることはないってことだ。

よし、頑張るぞ、私!

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