第2話 ヒーロー、初陣を飾る

 神様との面会と、あまりに規格外なチュートリアルを終え、俺が異世界の地に降り立ってから、およそ半日が経過していた。


 どこまでも続く一本道。地平線の彼方には、目的地であろう街の影が見える。俺は、その影を目指して、ただ黙々と歩いていた。

 だが、俺の頭の中は決して無駄な思考で満たされていたわけではない。むしろ、その逆だ。俺は今、極めて重要なミッションについて、思考を巡らせていた。


 それは、ヒーロー・アークレッドの「キャラクター・ブランディング」についてだ。


 変身後の姿は、神様のおかげで完璧だ。文句のつけようがない。だが、問題は中身、つまり「立ち振る舞い」という名の演出だ。

 例えば、登場時の決めポーズ。右手を天に突き上げるAパターンは王道で力強いが、腕を胸の前で交差させるBパターンは、ミステリアスでクールな印象を与える。初登場のインパクトとしては、Bパターンの方が記憶に残るのではないか……。


 俺は今、ヒーロー・アークレッドという、最高の素材を預けられたプロデューサーなのだ。いかにして彼を、最高のヒーローとして演出し、この世界にデビューさせるか。その責務は、俺の両肩に掛かっている。


「名乗りの口上も再考の余地があるな。『愛と勇気の使者』は少し古いか……。ここはシンプルに『悪を討つ者』と……」


 俺が、そんなヒーロー論に没頭しながら歩いていた、その時だった。


「――きゃあああああ!」


 街道の少し先、森の陰から、甲高い女性の悲鳴が響き渡った。


 ……来た。これ以上ないほどに王道な展開。まるで、俺のデビューのために用意されたかのような、完璧な舞台設定だ。俺のプロデューサーとしての血が、沸騰するのを感じた。


 俺はすぐさま道の脇の茂みに身を隠し、声のした方角を窺う。そこでは、一台の荷馬車が数人の薄汚れた男たちに取り囲まれていた。馬車のそばでは、裕福そうな身なりの商人と、その妻らしき女性が震えている。盗賊だ。


「よし……最高のデビュー戦だ。プラン通り、ポーズはBパターンで行こう」


 俺は冷静に最高の演出を確定し、行動に移す。魂を奮い立たせ、叫んだ。


「変身ッ!」


 光が俺を包み、紅蓮の装甲がその身を形成する。アークレッドとしての力が、全身に満ち溢れるのを感じた。

 俺は茂みから飛び出し、盗賊たちと商人の間に、計算し尽くした角度で華麗に着地した。


「な、何だてめぇ!?」


 突然の闖入者に、盗賊たちの全ての視線が俺に集中する。完璧な登場だ。その隙を、商人は見逃さなかった。彼は、俺という存在が何者なのかも分からないまま、ただ本能で、これが逃げる唯一の好機だと悟ったのだろう。妻の手を強く引き、馬車に乗ると、一目散に森の奥、街のある方角へと走り去っていった。


 ……それでいい。ヒーローは、感謝の言葉を求めるために戦うのではないのだから。


 俺は、去っていく商人のことなど気にも留めないフリをして、腕を胸の前で交差させるクールなポーズを決め、名乗りを上げた。


「待たせたな! 我が名はアークレッドArc-Red! 通りすがりの、正義のヒーローだ!」

「ヒーローだと? ふざけた格好しやがって! 野郎ども、やっちまえ!」


 盗賊たちが、錆びた剣を手に、一斉に襲い掛かってくる。俺は舞うようにしてそれをいなし、一人、また一人と無力化していく。


 だが、盗賊の頭目らしき大柄な男は手強かった。彼の振るう巨大な戦斧を前に、俺は少しだけ攻めあぐねる。……いいだろう。折角の機会だ。神様から与えられた、あのUSBUltimate Soul Busterの力を試してみよう。


 俺は腰のベルトから、漆黒のUSB――【魔王】の力が宿るそれを抜き、アクティブスロットに装填した。


「終わりだ!」


 頭目が戦斧を振りかぶる。


「スキル、発動。――暗黒雷帝撃ダーク・サンダー


 俺がそう呟いた瞬間、空から放たれた漆黒の稲妻が、頭目を、彼の持っていた戦斧を、そして、彼が立っていた地面ごと、凄まじい轟音と共に消し飛ばした。


「…………」


 目の前にぽっかりと空いた、黒く焦げ付いたクレーター。そして、その光景を見て腰を抜かし、完全に戦意を喪失した残りの盗賊たち。


 やりすぎだ。これは、ヒーローの技じゃない。ただの破壊だ。一言で言うなら、カッコ悪い。

 俺は、まだ呆然としている残りの盗賊たちに目を向けた。……そうだ、もう一つの能力も試しておこう。


変態モードチェンジ


 紅蓮の装甲が霧散し、代わりに俺の体を黒曜石の鎧が覆い尽くす。巨大な角、燃えるような赤い瞳。俺の姿は、あの【魔王】そのものへと変わっていた。

 ただ、姿を変えただけだ。だが、俺から放たれる圧倒的な威圧感プレッシャーに耐えきれず、残りの盗賊たちは「ひっ」と短い悲鳴を上げたのを最後に、全員が白目を剥いてその場に昏倒した。


 これでは、どちらが悪役か分からない。俺は慌てて変身を解き、元の青年の姿に戻った。



 静まり返った街道。そこには、失神した盗賊が残されていた。

 人助けはできた。だが、助けた相手は、感謝の言葉一つなく、俺に恐怖して逃げていった。これが、現実。

 俺はポケットの中の、漆黒のUSBを握りしめる。この力は、ヒーローの力じゃない。あまりに強力で、あまりに禍々しく、そして、あまりに美しくない。


 これは、本当に世界が危機に陥るような、よほどのことがない限り、使うべきではない。封印だ。


 俺は、残る二本の真っ白なUSBをポケットから取り出した。

 俺の目標は決まった。この二本に、もっとヒーローらしい、多彩で、カッコよくて、そして人々に安心を与えられるような、そんな能力を収めること。

 理想のヒーロー、アークレッドを完成させるための、本当の冒険が、今、始まったのだ。

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