月の下、猫が来た夜。
青馬 達未
第1話
風がぬるい夏の夜。
風呂上がりに、冷たい麦茶をコップに注いだ。
麦茶をテーブルに置いてソファに横たわり、何をするでもなくスマホの画面を眺める。
SNS、ショート動画。指は勝手にスクロールを続け、いつの間にか眠りについていた。
――目を覚まし、外を見ると、少し明るい夜だった。
「……のどが渇いた。」
氷の溶けた麦茶を飲み干し、煙草を片手に外へ向かう。
外では、薄い雲に隠れていた月が顔を出し、月明かりがあたりを照らしていた。
一服を終え、部屋に戻ろうと歩き出したとき、ふと足元に一匹の黒い猫がいた。
「いつの間に……それに、こんな時間にどこから来たの?」
つぶやいた声に応えるように、黒猫は小さく鳴いた。
そしてすっと歩き出す。まるで、導くように。
不思議と私は、黒い猫のあとを追いかけていた。
虫の音もしない静かな夜。たどり着いたのは、小さな公園だった。
「よっ! 久しぶり。」
その声に、時が止まる。
変わらない話し方、変わらない髪型。まるでいつも会ってるたいな顔で、笑って言った。
言葉にならない感情が喉に詰まる。
彼はポケットに手を突っ込んだまま、月を見上げた。
「ここは夢じゃない。でも、夢のような場所なんだってさ。」
振り返ると、黒猫はこちらを見ながら、ちょこんと座っていた。
まるで、この再会を演出した映画監督のように。
私は、戸惑いながらも口を動かした。
「ずっと言えなかったことがあってさ。」
「あなたが悩んでるの、分かってた。あのときも……言いたかったけど、言えなかった。」
彼はポケットから何かを出そうとして、やめた。
代わりに、ひとこと、まっすぐに言った。
「大丈夫。君は、ちゃんと生きていける人だから。」
それだけだった。けれど、それはどんな言葉よりも、私を励ましてくれた。
――私は、目が覚めた。
空になったコップが、テーブルの上に残っている。
黒い糸を辿って再開した二人。
あれは夢だったのか、現実だったのか。
しかし、私の胸の中には彼の声が、静かに残っていた。
――独り、月を見上げた。あの夜より、少しだけ前を向けている気がする。
月の下、猫が来た夜。 青馬 達未 @TatsuB
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