第33話:感動の授賞式、感謝の輝き

沢村賞の授賞式の日が来た。

会場は、東京の由緒あるホテル。

豪華なシャンデリアが輝き、

多くの関係者や報道陣でごった返していた。

その華やかな雰囲気に、

私は、少しだけ、気後れしそうになった。


けれど、雄太が、私の手をぎゅっと握ってくれた。

彼の掌は、温かく、力強かった。

「大丈夫、美咲。俺の隣にいてくれればいい」

彼の言葉に、私は頷いた。

彼の隣にいると、

どんな場所でも、どんな時でも、

不思議と心が落ち着く。

彼が、私にとっての、

唯一の安らぎの場所だった。


まばゆいスポットライトの下、

雄太が壇上に立つ。

彼の右隣に、私はいた。

沢村賞――

かつて彼が一度諦め、

そして私と共に再び掴み取った、

その最高峰の栄誉。

会場を埋め尽くすフラッシュの光が、

祝福の雨のように降り注いでいた。


雄太は、満面の笑顔で客席を見渡した。

その視線が、一瞬だけ、私と重なる。

その眩しさに、私は胸の奥が震えるのを感じた。

彼の瞳は、喜びと、

そして、深い感謝の光を宿していた。


スピーチが始まった。

彼の声は、いつも通りの、

少し低くて優しい声だった。

けれど、その言葉一つ一つに、

彼の野球人生の全てが詰まっているようだった。

会場全体が、彼の言葉に耳を傾ける。

静寂の中、彼の声だけが響き渡る。


「…僕は、決して一人で、

この場所に立てたわけではありません」


彼の言葉が、会場に静かに響き渡る。

私の胸が、ドクンと大きく鳴った。

彼が、次に何を語るのか。

私は、固唾をのんで待っていた。


「高校時代、肩を壊して、

一度は全てを諦めかけた僕を、

それでも信じ続けてくれた人がいました。

僕がどれだけ不器用で、

どれだけ遠回りをしても、

いつも隣で、温かい食事を作り、

疲れた体を癒やし、

そして何よりも、僕の夢を、

自分自身の夢として、

一緒に追いかけてくれた人が――」


彼の視線が、再び私に向けられる。

私の目からは、もう止めどなく涙が溢れ落ちていた。

ああ、彼の口から、

こんな言葉を聞けるなんて。

私の頬を伝う涙が、止まることはない。

隣に立つ彼の指先が、そっと私の手を包み込んだ。

その温もりに、私の心臓が、

まるで生まれたての赤子のように震えた。

彼の掌の温かさが、

私を優しく包み込んでくれる。


「僕一人では、決してこの場所には立てませんでした。

隣にいてくれた彼女の存在が、

僕をここまで連れてきてくれました」


彼の偽りのない、温かい言葉は、

会場中の涙を誘っていた。

嗚咽が、あちこちから聞こえてくる。

私も、声を押し殺して泣いた。

彼のユニフォームの匂い。

汗と、土と、そして、彼の命の匂い。

その全てが、私にはたまらなく愛おしかった。

彼の隣に、こうして立っていられること。

その尊さが、何よりも私を幸せにした。


鈴木さんの姿が、

会場の奥、少し離れた席に見えた。

彼は、深く帽子をかぶり直して、

静かに、しかし心からの拍手を送ってくれていた。

彼の目元も、少しだけ赤くなっていたように見えたのは、

きっと私の気のせいではないだろう。

彼の表情は読み取れないけれど、

その拍手には、雄太への、

そして、彼自身の再起への、

全てが込められているように感じられた。


雄太の夢が、報われた。

そして、私のこの恋も、報われた瞬間だった。

彼の隣で、私はかけがえのない幸福を感じていた。

この瞬間の感動は、

きっと一生、忘れることはないだろう。

私たちの物語は、

この沢村賞という最高の舞台で、

一つの頂点を迎えたのだ。


佐々木コーチもまた、

客席で、雄太のスピーチを

温かい眼差しで見守っていた。

彼の目にも、涙が滲んでいるのが見えた。

彼が、雄太を信じ、

支え続けてくれたからこそ、

今日のこの日がある。

佐々木さんへの感謝の気持ちで、

私の胸は、いっぱいになった。


授賞式が終わると、

多くの関係者や記者たちが、

雄太の元へと押し寄せた。

フラッシュの光が、再び激しく瞬く。

その中で、雄太は、

一人一人に丁寧に感謝の言葉を述べていた。

彼の姿は、もう、

あの頃の、挫折を経験した若者ではない。

プロのトップとして、

堂々とした風格を身につけていた。


夜、ホテルの一室で、

二人きりになった時、

雄太が、そっと私の頬に触れた。

「美咲、本当にありがとう」

彼の瞳は、私の目を見つめ、

その奥には、深い愛情が宿っていた。

私は、彼の胸に顔を埋め、

「雄太、おめでとう。

本当におめでとう」

と、何度も繰り返した。

彼の温かい腕が、私を優しく抱きしめる。

この腕の中でなら、

どんな困難も乗り越えられる。

そう、確信した。


彼の夢は、もう彼の夢だけではなかった。

彼の挑戦は、私たち皆の希望に変わっていた。

そして、それは、

私自身の人生を賭けた挑戦でもあったのだ。

この先に何が待っていようと、

私は彼と共に、この道を歩んでいく。

そう、心に誓った。

夜空には、煌々と輝く満月が浮かんでいた。

彼の温かい掌が、私の手をそっと包み込む。

その確かな感触が、私たちの絆の深さを、

何よりも雄弁に物語っていた。

私たちは、固く手を繋ぎ、

次なる高みへと、歩み始めた。

アオハルに還る夢。

その夢は、今、確実に、

私たちの目の前で、眩しく輝き続けていた。

彼の伝説は、ここから、

さらなる輝きを刻んでいくのだ。

その輝きは、夜空の星々をも凌駕するほどだった。

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